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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第2章 相棒!
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3 俺のいいところ?


電車の中では自分の発見を大鷹に話すのは当然のような気がしていたけれど、教室に着いてみたら、それはなんだか大袈裟な気がしてきた。彼女は女子同士で話しているし。


昼休みに手伝ってもらったことには、きのうのうちにちゃんとお礼を言ったし、『五輪書』もまだ途中だ。当然、原稿も着手前で、報告できることなど何もない。それに、気軽に話せるほど仲良くなったかという点で確信がない。俺が急に親し気に話しかけたら、戸惑いの表情を向けられるかも知れない。……要するに自信がないのだ。


まあ、今日は緊急の用事じゃないから、様子を見ながら機会を待とう。同じクラスなのだから、これから何度かはあるはずだ。


女子に話しかけるって、どうしてこう難しいのだろう。


やるかやらないか、ということなら、余程のことがない限り「やらない」を選ぶ。特に、女子がグループで話しているときには目も合わせないようにする。中学のときに睨まれたことがあるのだ。


もしも俺がもっとイケメンだとか話し上手だとか、何かいいところがあれば違うのだと思う。だって、礼央はよく女子グループから「礼央くーん」なんて呼ばれて手を振られたりしている。俺が一緒に歩いていても、声がかかるのは礼央だけだ。俺はまさに“お呼びじゃない”。


「景! おっはよぅっ」

「ぐぁっ」


後ろから締められた! 油断してた!


すぐに腕を解いた礼央を振り向いて「おはよう」と返す。にこにこしている礼央を思わずしみじみと見てしまう。こんな笑顔、俺には無理だ……。


「図書新聞の原稿はどう?」


そして、礼央は友だち思いだ。困っている気持ちに寄り添おうとしてくれる。きのうだって、すぐに大鷹を呼んできてくれた。


「まだ書き始めてないんだ。借りた本を先に読もうと思って」

「そうなんだ? どんな感じ?」

「うん、意外に読めるよ。思ってたより面白いし」


今朝の出来事を話そうと、ポケットから本を取り出す――と。


「あ、その本、読んでるんだ? どう?」


本を持った右手の横にひょっこりと現れた横顔。俺の手元からこちらへと視線が移り、大きな瞳が俺を見上げる。


「お、大鷹……」

「おはよう」


大鷹が俺と礼央に笑顔を向ける。予期していなかった登場にうろたえているうちに、その隣にいちごも現れて俺の本をのぞき込む。


「それがきのう紫蘭が話してた本? ええと誰だっけ? あ、そうそう宮本武蔵だ。景ちゃん、そんな昔の人の本なんて、ちゃんと読めるの?」


ガチャガチャと失礼な質問を投げかけてくるいちごに「読めてるよ」と返す。礼央と大鷹がそれを見て小さく笑った。


「じゃあ言ってみて。何が書いてあるの?」


偉そうな態度でいちごが尋ねる。これは受けて立たなきゃならない。


「そうだな、たとえば……ここ」


電車の中で読んだ「水の巻」の最初に出てくる「兵法の心持ちのこと」を開く。


「『兵法の道において、心のもちやうはつねの心に変ることなかれ。つねにも、兵法のときにも少しも変らずして、心を広く、(すぐ)にして』……つまり、戦いのときにも普段も、同じ心持ちでいろってことだよ。不用意に慌てたり緊張したりしないで――」

「平常心ってやつだね。試合のときと同じだ」


続きを礼央が引き取ってうなずいてくれた。


「な? そうなんだよ。あとは「(けん)」と「(かん)」の違いとか。視界を広くして見ることが大事だって」

「ああ。言いたいことは分かるね」

「だろ? まあ、刀の持ち方は俺たちにはどうしようもないけど」

「あはは、そうだよね」


礼央と笑う俺を大鷹がにこにこして見ている。いちごだけが不満気な顔をして大鷹の方を向いた。


「ほんとだ、紫蘭。景ちゃん、結構真面目だわ」

「でしょう? だから言ったじゃない」

「うーん。小さいときから一緒に遊んでるのに、今初めて知ったよ」


ふたりの会話が聞こえてくる。どうやら大鷹が俺を真面目だと評価し、いちごはそれを不満に思っているらしい。まったく、いちごは腹が立つヤツだ。だとしても……。


「俺は知ってたよ、景が真面目だって」

「それ、褒めてる?」


胸を張る礼央に言葉を返す。


「めんどくさいヤツ、とか、融通利かないとかの意味じゃなくて?」

「やだなあ、褒め言葉だよ」

「景ちゃん、ひねくれてるよ! 紫蘭は簡単に悪口なんか言わないよ」


いちごの指摘で、自分が大鷹に失礼なことを言ってしまったと気付いた。謝る俺に、彼女は「気にしてないよ」と微笑んだ。


「鵜之崎くんがきのう、その本を借りたでしょう? それ、実はびっくりしてね、偉いねっていちごに話したの」


大鷹が説明してくれた。見上げる表情は優しげで、俺を馬鹿にする気配は微塵もない。


「きのうの七沢先生のインタビューね、あれだけで記事をどうにか書くこともできたと思うんだ。だけど、鵜之崎くんは迷わずに本を借りに行ったでしょう? ちょっと感動しちゃったの」

「だって、間違ったことを書いたら困るし……」


実のところ、書く自信がなかったからだ。でも、感動したなんて言われると……。


「うん、そういうところね、すごいなって思ったの」


こんな笑顔で言われると、もしかしたら俺はすごいのかも知れないと思ってしまいそうだ。


「去年の先輩には、図書委員の仕事をわりとやっつけ仕事でやってる感じのひともいたの。楽だと思って図書委員になった先輩は特にね」


楽だと思って……というところに少しばかりドキッとする。


「本の紹介の原稿に文庫本の裏表紙の紹介文をそのまま書いてきた先輩もいたんだよ。雪見さんにバレて、『他人の文章を自分が書いたように発表したらだめ』って注意されてね」


それはさすがにやらないな。最初からルール違反だって感じるし、バレたときのことを想像してしまうから、小心者の俺には無理だ。


「紫蘭ってば、図書館から戻ってから景ちゃんのことやたらと褒めるんだもん。『そんなにすごいヤツじゃないよ』って言ったの」

「ふっ」


隣で礼央が思わずといった様子で笑った。俺が渋い顔をしているのを見て、「ごめんごめん」と言いながらまた笑う。


「なんだか家族を褒められて謙遜してるみたいだなあ、と思って。景といちごちゃんはきょうだいみたいなんだね」

「まあ……それはそうかもな」


礼央がさらっと「いちごちゃん」と言ったのに気付いたけれど、誰も気にしていないようだ。礼央のキャラクターのなせる業か。だとすると、大鷹のことは何て呼ぶのだろう。


それも気になるけれど、それよりも。


大鷹が俺を褒めてくれた――。


去年のやる気のない先輩との比較で、ということではあるけれど、彼女が俺を認めてくれたというのが嬉しい。さらに嬉しいのは、そのことを彼女がストーレートに口に出してくれること。


この調子で原稿も頑張ろう! ……まあ、張り切ったからと言って、文章作りが突然上達するわけないか。


「鵜之崎くん、今日のお昼休みのお当番、よろしくね?」

「えっ、当番? 今日だっけ!?」

「まさか、忘れてた?」


そういえば、当番スケジュールを携帯に入れようと思ったまま忘れていた。


ああ、大鷹ががっかりしている。せっかく褒めてくれたのに!


「行く。ちゃんと行くから大丈夫」


これ以上減点されないようにしなくちゃ。当番の仕事も早く覚えて、大鷹の負担が軽くなるようにしっかりやろう。






参考図書

『五輪書』宮本武蔵/著 佐藤正英/校注・訳 2009年 筑摩書房(ちくま学芸文庫)

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