80話 一花と遊園地デート
夏休みも中盤が終わり、終盤にさしかかってきた、ある日のこと。
俺は後楽園にある、遊園地の入り口ゲート前にいた。
今日は一花とデートする予定になっていた。
先日、こんな電話があった。
『光彦くん、来週どこかで外出しない。少し話したいことがあるの。できれば二人きりが……い、いいなぁ』
ということで、俺たちは遊園地にいくことになった次第。
「光彦君♡ お待たせ」
入り口で待っていると、おめかしした一花がやってきた。
派手すぎず、地味すぎない。
シャツにチノパン、というぴちっとしたタイプの、体のラインが目立つような服装。
「ごめんなさい、平日にお休み取らせちゃって……」
一花はるしあの家で働いている。
休みが固定ではなくシフト制らしい。
8月で空いているのが今日くらいなんだそうだ。
まあ開田グループ総帥のボディガードを務めてるからな。
忙しいのはしょうがない。
「気にすんな。俺も、この間コミケで休日出勤した分の休みを、どう消化するか迷ってたところだったからさ」
俺たちSR文庫は、夏コミに参加した。
今度新しいレーベルを立ち上げることになり、お試しの同人誌を、コミケで配ったのである。
「読んだわよ同人誌。面白かったわ、白馬くんの新作」
一花が笑顔で言う。
そう言ってもらえるとうれしいもんだ。
王子の新作は俺と二人で作ったもんだしな。
「あれ? おまえ同人誌どうやって手に入れたんだ?」
「弟をパシ……三郎に頼んだの。コミケに参加するって言うから」
「なんだ。言ってくれたら分けてあげたのに」
「迷惑かなって遠慮したんだけど……」
「そんなもんしなくていいぞ。ほら、行こうか」
「ええ、そうね」
俺たちは並んで、チケット売り場へと向かう。
一日遊べるチケットを、俺は一花の分と一緒に購入。
「お金出すわよ?」
「いいって、デート代は男が出すもんだ」
「…………!」
ぐっ、ぐっ、と一花が拳を握りしめている。
「どうした?」
「えっ!? べ、別に……! ずっと憧れてた、遊園地デートをしてるんだなぁ、って舞い上がってるわけじゃないわよ!?」
ああ、舞い上がってるのか……。
俺は一花にチケットを渡す。
「学生の頃、友達と遊園地きたことないのか?」
「あるけど、女友達ばっかりね。男の人と二人きりでデートはしたことないわ。光彦君が初めてね」
王子と三人では出かけたことがあるが、そういえば一花と二人でデートするのは初めてな気がするな。
「だから……ふふっ、今日はとっても楽しみ…………………………」
「一花?」
がくんっ、と一花が膝から崩れ落ちそうになって……。
「ふんっ!」
その場でバク宙を決めて、すちゃっ、と着地する。
「お、おおー……どうした、急に?」
「ごめんなさい、寝不足で……」
「立ったまま寝ようとしていたのか……。寝不足ってどうしてだ?」
一花は頬を赤く染めると、はにかみなが言う。
「光彦君との二人きりでの遊園地デートが、楽しみでしかたなくって、眠れなかったんだ」
本当に楽しそうに、一花が笑う。
なるほど……寝不足になるほど、楽しみにしててくれたのか。
「2徹だけど体力は大丈夫!」
「あんま無理しないでくれよ……」
2日もわくわくしすぎて眠れないって、どれだけ楽しみだったのか……。
「行こうか」
「う、うん……」
もじもじ、と一花が顔を赤くして、体をよじる。
「どうした?」
「あ、ううん! 何でもないわ! いきましょう」
一花が俺の後ろからついてくる。
「……あたしのいくじなしっ。どうして手をつなごうの一言自分から言えないのっ」
「ん、どうした?」
「ああううん! 何でもないわ!」
俺の隣に一花が来る。
俺は自然と……彼女の手を握る。
「ひゃあ……!」
ばっ、と一花が大袈裟に飛び退く。
「ど、どうした……?」
「あ、え、ごめん……つい驚いて……」
ついで空手の構えみたいなのが出るのか……。
「嫌だったか?」
「ううん! ぜんぜん! むしろどうぞどうぞだよ!」
一花が笑みを浮かべて、俺の隣にやってくる。
俺は彼女の、白くて小さな手をつなぐ。
「~~~~~~~~~♡」
ふにゃふにゃ、と一花がとろけた笑みを浮かべる。
「えへへ♡ か、彼氏に手をつないでもらっちゃったぁ~……♡」
「そんなうれしいことか?」
「当・然!」
一花がぎゅっ、と痛い痛い痛い痛い痛い!
「あ、ご、ごめん光彦君!」
ぱっ、と一花が手を離す。
「つい……」
「ち、力加減には気をつけて……」
「うん、ごめんね……。そーっと、そーっとね」
俺たちは手をつなぐ。
一花が口元を緩ませて、俺を見上げる。
「夢みたい……もう死んでもいいかも……」
「いや、死なないでくれよ」
「それはもちろん! 大丈夫! 殺されても死なないから!」
確かに頑丈な一花のことだ、どうやっても死ななそうだ。
「はぁ……幸せすぎて倒れちゃいそうだわ」
「それは単に寝不足なだけでは?」
「言えてるわね」
一花がとぼけたことを言うと、俺は知らず心が穏やかになる。
「ドコ回る?」
「全部回りたいわね。時間もあるし」
「だな。平日で空いてるしな」
俺たちはまず、観覧車とかのあるゾーンへと向かう。
後楽園の園内は、2つに分断されている。
道路を挟んで向こう側には、ジェットコースターや観覧車などの主要な遊具が。
パラシュートなどの、どちらかと言えば子供向けの遊具が多い。
俺はパンフレットを広げながら歩く。
「お化け屋敷とかあるみたいだな」
ピタッ……!
「どうした?」
「えぇ!? なにがぁ!?」
「いや、なんかすっごい汗かいてるけど?」
ぶるぶるぶる、と一花が凄い勢いで首を振る。
「hahaha! 気のせいじゃなーい?」
なんか妙にハイになってる気がするな。
「大丈夫、お化けなんてないさ、お化けなんて嘘さ。寝ぼけた人が見間違えたのさっ!」
「……もしかして怖いのか?」
びっくーんっ、と一花が体を硬直させる。
「そ、そんなわけないわ! お化けなんてあたしの拳で粉砕しちゃうし!」
「おばけに実体無いけど、お化け屋敷でそれはやめてな」
うう……と一花がうつむく。
「苦手ならやめとこうぜ」
「だ、駄目よ! デートの定番じゃない。お化け屋敷! 行くわ……ええ、いきますとも……必ず」
戦場に赴く歴戦の傭兵のごとく、覚悟の決まった顔で一花が言う。
「娯楽なんだから気を抜いてな」




