76話 あかりと引き続きデート
俺はあかりと一緒に映画館にデートに来た。
俺たちが見ているのは、【デジタルマスターズ】。通称、デジマス。
そのアニメ映画版の【天空無限闘技場編】だ。
『レイ! 死なないでよ! レイぃい!』
主役のリョウが、相棒であるレイを失うシーン。
主役のリョウを演じる駒ヶ根 由梨恵の演技が、視聴者を泣かせに来る。
現に映画館の中では、すすり泣く声があちこちで聞こえてきた。
かくいう俺も、レイの死亡シーンは、原作を知っていても泣ける。
「…………」
あかりもまた涙を流していた。
俺はハンカチを取り出して、彼女に渡す。
無言で受け取ると、目元を拭う。
ほどなくしてリョウはヒロインのチョビを連れて、闘技場を後にする。
そして……映画版は終了。
「はぁ~~~~~~…………良い映画だったねぇ……」
あかりが目元を赤くしながら、俺に言う。
演技ではなく、本当に、心から映画を見て感動していたのだろう。
「そうだな」
「アニメ2期がすっごい楽しみ!」
俺たちは席を立ってシアターを出る。
ちょうど5番シアターも上映を終わったらしい。
人の波の中で、ターミネーターを見つけた。
「ターニャ、ディナーまでまだ少し時間ありやす。どこへ行きやす?」
「ドコデモ。イイ」
「どこでもって……おまえが行きたい場所へあっしは行きたいんですが……」
「アナタ。一緒。ドコデモ。楽シイ」
「……そうでさぁ。じゃああっちに赤ちゃん用品がありやすから、ちょっとそれを見に行きやしょう」
「気が早い。デモ、見たい」
「場所はちゃんと調べてありやすから。はぐれないようについてきてくだせぇ」
「ええ♡」
二人は仲睦まじく手をつなぐと、歩き出す。
「赤ちゃん、男の子ですかね、女の子ですかね。どちらがいいですかい?」
「授かり物。ダカラ。ワカラナイ。デモ。アナタに似て。素敵な子。間違えない」
「そ、そうですかいっ? いやぁ、ははっ! 照れやすなぁ~」
「親馬鹿。ナリソウ。ヤレヤレ」
「そりゃあターニャとの子ですかねぇ! 絶対可愛いな決まってまさぁ!」
「……恥ズカシイ。照レル。言ワナイ」
ばちっ、と途中で目が合う。
気まずそうに顔をそらすと、ぺこりと会釈をした。
俺たちは軽く手を振って、その場を後にする。
「デートの邪魔しちゃ悪いもんね~」
「そうだな」
俺たちは映画館を後にして、外に出る。
「もう帰る……わけないな」
「とーぜんっ! せっかくおかりんと二人きりでのデートなんだもん! めいいっぱい楽しむぞー!」
あかりが明るい笑顔を向けてくる。
この子は本当に笑顔を絶やさないな。
……まあ、たまに小悪魔になるが。
「普段は天使?」
「自分で言うなよ」
つん、と俺はあかりの額をつつく。
彼女はふにゃりと笑って、俺の腕に抱きついた。
ぐんより……と胸が俺の腕を挟んで、エロい形にひしゃげる。
「いこっか♡」
「ああ……そうだな」
俺はあかりを腕に巻き付けたまま映画館を後にして、ショッピングモール内を歩く。
「おかりんおかりんっ」
ニコニコとご機嫌なあかりとともに歩く。
「あたし達ちゃんとカップルに見えてるかなぁ~?」
「そりゃあまあ、手をつないで歩いてるわけだし」
「む~……それじゃあ足りないな。足りない! もっとイチャイチャを!」
ぎゅっ、とあかりが強く腕に抱きつく。
「これ以上のイチャイチャがあるというのか?」
「そうだねー……たとえば……あ! おかりんあれ見て!」
「タピオカ……?」
結構タピオカの列に人が並んでいた。
「あれ! のもっ!」
俺たちは列に並んでしばし。
タピオカミルクティーを購入した。
「ん~♡ あまくておいし~♡」
店の前で、あかりがズゾゾ……とドリンクをすする。
女性客が多いイメージだ。
みんな甘い物を求めているのだろうか。
「おっかりん♡」
ずいっ、とストローを向けてくる。
「まさか飲めと?」
「それ以外に何が♡」
タピオカの列に並ぶ人たちに、バッチリ見られてるんだが……。
「おかりーん♡ はいどうぞー!」
「むぐっ!」
あかりが俺にストローを無理矢理食わさせてくる。
じゅぞ……と吸うと、あまいミルクティーが口の中にいっぱいに広がってくる。
「ぷは……」
「どう? あかりちゃん味のミルクティーは♡」
「……甘いな。どうにも」
胸やけするレベルの甘さだ。
「じゃあおかりんミルクティーいただきまーす」
「いやちょっとそれは……」
「おそいでーす♡」
ちゅうちゅう、とあかりが俺の飲みかけのミルクティーを吸う。
平然と、何の躊躇もなく。
まったく……。
「なんですかにゃ?」
「まあいいけどさ」
「にひ~♡ おかりんも段々と、あかりちゃんといちゃつくのに耐性がついてきましたな~」
まあさすがにあかりと再会してしばらく立つし、なれてはしたな。
「うん、ミルクティーの味、覚えた! 今度お家で作ってあげるからね~」
「すごいな。タピオカミルクティーすらも再現できるのか」
「もちっ! 旦那が喜んでくれるために、色んなもの作っちゃうんだからね~♡」
「できた嫁さんだこと」
俺たちはまた歩き出す。
にまー♡ とあかりがいたずらっ子のように笑う。
「ところでおかりんさんや」
「どうした?」
「さっき、嫁さんーって、言ったよね♡」
……。
…………しまった。
「ついな」
「そっかー、つい口を滑らせる程度には、あかりんのこと奥さんって思っててくれてるんだ~♡ えへへっ♡」
あかりが後ろを振り向いて、前屈みになって笑う。
「うれし♡」
「おまえは何でもうれしそうだな」
「もちろん! おかりんと一緒なら何してたって楽しいし、うれしいもん!」
「そういえば贄川夫婦も同じこと言ってたな」
「夫婦のたどり着くとこはそこなんじゃない? 何もしてなくても最強」
確かにそうかもしれない……。
映画館を出た後、ぶらついてるだけだが、別に苦痛に感じることはない。
「おかりん! 赤ちゃん用具店だって! 二人の未来のために買っておこう!」
「はいはい、あっちで一緒にゲーセンでもいこうな」
「それもありですなぁ~♡」
俺たちはモール内のゲーセンへと移動。
クレーンゲームが目にとまる。
「あ、デジマスのクレーンゲームだ! ほんと、どこ行ってもデジマス商品あるね~」
「人気作だからな、当然と言えば当然だ」
俺も作品に携われている、出版社の一員として、とても誇らしい限りだ。
「あたしこれやる~! ちょびのマスコット取るんだー!」
あかりが100円玉を入れて、クレーンを操作する。
中央らへんに転がっている、デフォルメされたチョビのぬいぐるみを取ろうとして……。
「あー! しっぱーい……ちぇー……もっかい!」
あかりが500円くらいかけてクレーンを操作したが、一回もとれなかった。
「うう……むずすぎるよ~。おかりんやって!」
「俺か? まあいいけど」
しかしゲーセンなんてとんときたことがないし、クレーンゲームなんてやったことないぞ……。
まあでも、物は試しだ。
「もしかしてゲームの才能とかあるかも!」
だが……。
すかっ……。
「「ですよねー……」」
まあそうそう取れるものじゃない。
「ま、それはそれで」
「だな」
俺たちはゲーセンを後にする。
「ちょっとクレーンゆるゆるすぎない?」
「それは俺も思った。取らせる気ないな」
「あーゆーのって絶対店側が商品取りにくくしてる気がする~。むかつくぅ~」
「まあ相手も商売だからな、仕方ない」
俺が苦笑すると、あかりもまた笑う。
「今度はべんきょーして、取れるようにしてくるからっ!」
「おまえはほんとに勉強熱心だな」
「もちっ! 頭使う勉強は苦手だけど、遊びとか、料理とか! そういうのは得意だからっ!」
クレーンゲームをした後……。
またウィンドウショッピング。
あかりは興味がある物が多いらしく、服屋や、アクセサリー屋など、おしゃれな店を見て回る。
だがどれも見て満足して、店を後にする。
「おまえほんと、倹約家だな」
あかりはバイトしている。
だがそれに一切手をつけず、将来のための資金にしているという。
「うん。結婚式はお金かかるみたいだし~」
「今から資金貯めてるのかよ」
「もちっ! 素敵なウェディングドレスきたいし! お色直しも、5回はしたいなぁ!」
あかりはいつも夢いっぱいだな。
本当に楽しそうに、将来のことを話す。
……裏を返すと。
この子はあまり過去語りをしない。
小学校の頃から、再会するまでの空白の数年間。
彼女に何かがあったのは、確かだ。
けれど、絶対に話そうとしない。
仲が良くなった今でさえも。
「おかりん? どったん?」
「ああ、いや……」
知りたい、と思う気持ちと、触れないであげておきたい、という気持ちがせめぎ合う。
彼女と深く関われば関わるほど、知らない部分を、知りたいと思う気持ちが強くなっていく。
でも触れて良いのか、わからない。
「難しいな、人と付き合うって」
「んー……そっかな?」
あかりは明るく笑って、俺の頬にキスをする。
人前だというのに、相手はおっさんだって言うのに、本当にこの子は気にしないな。
「私はあなたが好き、あなたも私が好き。だから付き合いましょう。それだけでいいんじゃない?」
あかりが笑顔を俺に向ける。
「ほら、贄川さんたちだって、言ってたじゃん? 一緒に居るだけでいいって。たぶん……そんなに難しくないことなんだよ、男女がつきあうのって。好きって気持ちが、あればさ」
……確かに。
贄川氏は、日本人で奥さんはロシア人だった。
きっと、色んな障害が合ったに違いない。
それでも今は、さっきみたいに、幸せそうに笑っていられた。
それはあかりが言うように、好きという気持ちがあったからだろう。
言語が通じずとも、年齢が離れてようとも、好きという気持ちがあれば……。
「気軽に好きになっちゃえよ♡ あたしのことをさ♡」
またも、あかりが俺の唇に、ついばむようなキスをする。
……好きという感情。
俺は、ミサエと付き合ってきて今日まで、いびつな恋愛をして、好きって気持ちがよくわからないでいた。
だが……。
そばにいたいと、そばに居て楽しいと、そう思う気持ちが……。
その子をもっと知りたいと、身近に感じていたいと、思う気持ちが……。
好きというのならば、俺は、あかりのことを、好きになっているのかもしれないなって、そう思ったのだった。




