49話 るしあからの恋文
山小屋へと移動した俺たちは、昼飯を食べることにした。
「じゃーん! あかりちゃん特製のピザでーす!」
「「おおー!」」
小屋にはピザ釜があり、それを使って、あかりがピザを作ったのである。
折りたたみテーブルと椅子を出して、俺たちは晴れた夏空の下、昼食を取る。
「す、凄いぞ! あかりっ、やきたてのぴっつぁだ!」
白髪の美少女ラノベ作家るしあが、その赤い眼を、紅玉のように輝かせる。
「へへーん、どうよ。生地もソースもお手製ですぜ?」
「……あかり、すごいです!」
「ふふん、どやー?」
きゃあきゃあ、とふたりがあかりを褒める。
「本当に見事なものね、あかりちゃん。飲食店で働いてるからかしら」
一花も感心したように、あかり特製ピザを見てうなずく。
「別に働いてたとかそーゆーの関係なくって、まーようするに、食べて喜んでもらいたいって気持ちが大事だと思うな」
「気持ち……」
「そ。大好きな人に食べてもらいたいって強い気持ちがあれば、誰かに習わずとも、自ずと、料理スキルは上達するもんだよ」
「な、なるほど……参考になるわ」
「今度教えてあげよっか♡」
「え、遠慮しておくわ……」
一花がたじろぐが、あかりは笑顔のまま言う。
「遠慮しないでよー。一花ちゃんも料理くらいできたほーがいーって。あかりちゃんの味を伝授してあげましょー」
「そ、そうね……じゃあ、今度お願いしようかしら」
あかりが満足そうにうなずく。
「じゃ、みんな……食べて食べてっ。ほら、おかりんは切り分けて」
「あいよ」
あかりはみんながいる前では決して迫ってこない。
俺はどこかホッとしながら、ホイールのようなカッターで、ピザを切り分ける。
「おかや」
るしあが俺のそばまでやってくる。
「どうした、るしあ?」
「ワタシも何か手伝えることはないか? 何でもするぞ?」
真面目な顔つきで、彼女が俺に問うてくる。
一人だけ何もしないのが、心苦しかったのだろう。
「こっちは一人で大丈夫だ。ありがとう」
「……そうか」
肩を落とし、少し寂しそうな表情のるしあ。
せっかく申し出てくれたのに、断るのは気が引けた。
「ならるしあ。紙皿を持ってきてくれないか。キッチンに確か合ったはず」
ぱぁ……! とるしあが表情を明るくする。
処女雪のような白い肌に、赤みが差す。
「ああっ! まかせておけっ! 見事、おかやからのミッション……この命に代えても果たしてくるぞっ!」
だだっ、とるしあが山小屋へと走って行く。
ログハウスの階段にて……。
「ぷぎゃっ!」
るしあがつんのめると、躓いてしまう。
「だ、大丈夫っ?」「お嬢様!」
一花が誰より早く彼女の元へ行き、体を抱き上げる。
「お怪我はありませんか!?」
「問題ない。大げさなのだおまえは」
「しかし……」
るしあは首を振って言う。
「今は休暇中、おまえはワタシのボディガードではないのだ」
ぐいっと一花を押しのけて、るしあが立ち上がる。
「すまなかった。すぐ取ってくる」
「ああ、頼んだぞ」
るしあはうなずくと、こつこつ……とサンダルをならしながら、小屋の中へと入っていった。
「大丈夫かしら……」
そわそわ、と一花が心配そうに何度も、小屋を見る。
「大丈夫だろ」
「でも……」
「あの子は……もう18だ。もう……子供じゃないんだよ」
……それは、自戒を込めての言葉だった。
あかりと菜々子を見やる。
「アヒージョも作ってみましたっ!」
「……すごいっ、あかりは何でも作れるねっ」
「でしょ~。クッキングマスターあかりちゃんとお呼びになってもよろしくってよ?」
あかり。あんなに無邪気に振る舞っているのに、先日と今朝は、ぞくりとするほどの色香を振りまいていた。
菜々子だってそうだ。
もう男を受け入れられる体になっている。
「高校生は……俺たちが思っている以上に、子供じゃないんだよ」
大人が、子供だからと言うのを免罪符にして、過保護にしてやるのは、あの子達を無自覚に傷つけることにもなる。
思っている以上に、子供は、【子供だから】という言葉を嫌う。
それが彼女たちを傷つけていたことを、俺は嫌と言うほど思い知らされた。
あかりが、あんな強硬手段を執ったのは、それだけ、俺の配慮が足りなかったからだろうな……と今冷静になって気づいた。
「……岡谷くん。なにかあった?」
不思議そうに、一花が俺に聞いてくる。
「ああ……ちょっとな」
ほどなくして、るしあが紙皿を持って、帰ってくる。
「おかやっ。一花っ。どうだ、ちゃんと見付けてきたぞっ。しかも飲み物のコップまでちゃんと!」
るしあが笑顔で、俺たちに手を振る。
「ほらな。任せて良いんだよ」
「そうね……そうかも」
るしあが俺たちの元へやってきて、あかりが言う。
「よーし、じゃあいただきまーす!」
「「「いただきますっ!」」」
★
あかり特製のピザを堪能した俺たちは、しばし自由行動をすることになった。
あかりは菜々子を誘って、周辺を探索するらしい。
一花と俺は空いた食器を片付けていた。
「おかや」
振り返ると、るしあが真面目な顔で立っていた。
「ちょっといいか?」
「ああ。一花、あと任せるな」
るしあが俺を呼んだと言うことは、おそらくさっきに言っていた、話したいことだろう。
俺は彼女に連れられ、2階へと向かう。
2階にもテラスがあり、ここでもバーベキューができそうだ。
「おかや。2つ。おまえに伝えるべき事がある」
「2つか。聞こう」
るしあは肩からポシェットをかけていた。
中から、1枚のルーズリーフを取り出し、俺に手渡す。
「これは?」
「新しい作品のタイトルだ」
俺はルーズリーフを開く。
「【君と二人旅に出よう、滅び行く、世界の果てまで】……か」
「ああ。おかやが作ってくれたタイトル案をもとに、ワタシが作った」
るしあはそわそわ、と体を揺する。
俺の反応を欲しているのだろう。
「最高のタイトルだよ。内容と実に合ってる」
「そ、そうかっ! よかった……!」
るしあは体を震わせると、その場でぴょんと飛び跳ねる。
「ハッ……! んんっ。ありがとう、おかやにそう言ってもらえると、とても自信がついたよ」
子供っぽい所作から一転、普段の硬いしゃべり方をする。
「しかしおかや……さすがだな。一晩で、こんなにたくさんの候補を作ってくれるとは……」
るしあがポシェットから、紙の束を取り出す。
俺が素案としてかんがえたタイトルを、あらかじめ彼女に書いて渡しておいたのだ。
「おかやが、全て決めて良かったのに」
「いや、やっぱり作品は、作者のものだよ。編集の案は、参考にする程度でいいんだ」
「そうか……ありがとう。おかやの書いてくれた案の中で、気に入ったもの2つをくっつけて、整えてみたんだ」
ふふっ、とるしあが笑う。
「ワタシとおかやとの、いわば子供だな」
「ああ、そうだな」
「~~~~~~~~~~! い、今の無し! 今の発言はて、撤回する! 忘れてくれ……」
頬を赤く染めて、るしあがその場でしゃがみ込む。
恥ずかしかったのだろうな……。
「これでタイトル問題は解決した。あとはイラストが上がってくれば、秋には本が出る」
「そうか。楽しみだ。なあおかや……タイトルなのだが、ちょっと長いだろうか」
「そうだな。略称とか決めた方がいいかもしれない」
「ううん……思い浮かばない。おかや、なにかないかな?」
まあ、略称を決めるくらいだったら、俺の裁量で決めても良いか。
「なら、【きみたび】ってのは、どうだ? まあ単に短くしただけだが」
「きみたび、か……いいな! それ、気に入ったぞ! さすがおかや、センスがあるなっ」
……俺にセンスなんてものは、ない。
だがそれをここで言うべきではない。
彼女が頼ってくれているのなら、それに応える。ただ、それだけでいいんだ。
「それで、タイトルの件と、あと一つ、俺に用事ってのは、なんだ?」
るしあは、固まってしまう。
「それは……」
頬を赤く染めて、目を伏せる。
……ああ、その目。
俺はつい先日も、同じような眼をした女の子を見た。
「……子供じゃないんだな、やっぱり」
「おかや?」
「いや、なんでもない。話を聞くよ」
るしあは決然とした表情で、俺に近づいてくる。
「……前から、決めてはいたんだ。この原稿、ひと段落したら、想いを伝えようと」
ポシェットから、一枚の、便せんを取り出して、俺に渡す。
「この手紙、あとで読んでくれ」
短くそう伝えると、彼女は走って去って行った。
耳の先まで真っ赤だった。
「…………」
俺の手には、ピンク色の便せんがある。
ハートマークのシール。
裏には【開田 流子】と、達筆な字体で、本名が書かれていた。
俺は便せんを開けて、中身をあらためる。
「……古風だな、お嬢様は」
そこには、要約すると、こう書いていた。
『好きです。ワタシと、付き合ってください』




