異世界誘拐
「隊長の言っていた記者さんって、貴女ですよね?」
半ば荷物置き場となっていた応接室に、1人の青年が入ってきた。
彼は記者を威圧しないよう気をつけつつ、「ダガーです。初めまして」と名乗った。
物腰柔らかな好青年に見えるダガーは、人を威圧する要素などないように見える。ただ、彼は自分の過去が人を恐れさせるものだと考えていた。
ダガーはかつて、少年兵として戦っていた。
幼い頃に誘拐され、異世界で戦うことを強いられた。記者は彼の過去について知りたがり、取材を申し込んできたのだ。話しにくい事は話さなくていい、と前置きして。
だが、ダガーは可能な限り全てを語りたがった。彼は過去の出来事をトロフィーのように見せびらかすものではなかった。おごそかに、懺悔するように語り始めた。
「ボクは、10歳の時に少年兵になりました」
学校から帰宅し、自宅の玄関にランドセルを投げ出して友達と遊びに出かける。いつものように遊びに出た彼は、非日常の闇に蹴落とされた。
自分と同じように誘拐された大勢の子供たちと共に、彼はコンテナに詰め込まれた。暗闇と恐怖に満ちたその空間で、彼らは見知らぬ異世界へと送られた。
「ボクらを誘拐した人は、『お前たちにはゴブリンになってもらう』と言っていました」
ゴブリン。それは少年兵に対する蔑称。
この世には無数の世界が存在し、それらを股にかける犯罪組織も存在する。
ダガーたちを誘拐したのは、そんな犯罪組織の1つである<ゴブリン・ファクトリー>だった。ゴブリン・ファクトリーは、誘拐した人間を異世界の紛争地帯に派遣する組織だ。
ゴブリン・ファクトリーは主に少年兵を送り込む。
子供は誘拐しやすく、大人より従わせやすい。小柄な身体は偵察にも向いている。力は弱くても、銃器を与えれば大人を倒すことも可能だ。
現地で捕らえられた少年少女が少年兵になることもあるが、ダガーのように異世界に連れて行かれる子も少なくない。世界間の移動は容易くないため、少年兵の逃げ場を断てるのだ。
ただ、ダガー達はいきなり戦場に投入されたわけではない。
誘拐されてきた子供たちは、まず訓練キャンプで最低限の訓練を受けることになった。基本的に男女で分けられ、男子は最初の訓練で半数以上が脱落する。
「最初の『選別』で、殺し合うんです。子供同士で」
誘拐されてきた男の子たちは、2人ずつコンテナに閉じ込められた。内部には監視カメラとスピーカー。そして、一挺の拳銃。
どちらか死ぬまで出さない。
子供たちはそう言われ、殺し合いを強要された。
最初は銃を手に取ることなどできなくとも、餓死者が出ることは稀だったという。炎天下に置かれた密室のコンテナ。窓も空調設備もなく、水も食料もない。他のコンテナから聞こえてくる悲鳴や銃声が、スピーカー越しに響く中、多くの子供たちが銃に手を伸ばす。
「1ヶ月ぐらい、閉じ込められている気分でした」
ダガーはそう言った後、「実際は一日と経っていなかったんですけどね」と呟いた。そして、「やめて、と泣き叫ぶ同い年の子を殺しました」と付け加えた。
コンテナから出されたダガーを待っていたのは、さらなる苦痛だった。
「烙印を刻まれたんです。焼きごてで」
彼はそう言って髪をかき上げた。額には成長と共に歪んだ形となったものの、くっきりと残された烙印の痕があった。
それはゴブリン・ファクトリーの刻印だった。この刻印があるせいで、異世界の人々に保護を訴えるのも困難になる。暴れる子供たちに烙印が刻まれているのを見た者たちは、同じ烙印を持つ子を警戒し始めるのだ。
この手の残酷な手法を使うのは、ゴブリン・ファクトリーに限ったことではない。
意図的に殺人を犯させ、烙印まで刻み、肉体だけでなく精神にも傷をつけていく。その傷によって「他に行き場はない」と子供たち刷り込む。この種の洗脳教育は、大人よりも子供の方が効果が出やすく、様々な勢力が用いられていた。
「烙印を刻まれた後に言われました。『これでお前もゴブリンだ』って」
彼は烙印だけでなく、名前も奪われた。
新しい名前は「ダガー」。彼はその名を今も名乗り続けている。自らを傷つけることになろうと、過去を忘れないために。彼自身がそう決めた。




