琥珀色の瞳の少女
電子書籍配信記念SSです。
どうにか配信日に至ることができました。
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ぼく、ヴィクトル・デムランは王家の次男として生まれた。
兄である五歳年上のクロヴィスが王位について子どもが生まれるまでは、ぼくは王太子のスペアとして扱われる。それが王族として当然だと理解していた。
ぼくの父上には弟が一人いて、ぼくの叔父にあたるテオドール叔父上も同じように扱われていたと聞いていた。
そのせいか、ぼくは叔父上に昔から興味があった。
叔父上には二人の子どもがいる。
実子のマクシミリアンと養子のアデライドだ。
マクシミリアンとはぼくは年齢も同じだったのでとても仲良くしていたが、アデライドが気になりだしたのは、マクシミリアンから小さなお茶会に誘われたときからだった。
小さなお茶会は、正式なお茶会ではなく子どもたちだけで行う。
小さなお茶会に招かれたのはぼくとマクシミリアンの婚約者であるクラリス嬢だけだった。
十歳のマクシミリアンと同じ年のクラリス嬢と同じ年のぼくと、まだ五歳のアデライド。
ぼくの弟のダヴィドは六歳だったが、まだまだ赤ちゃんのように思っていたので、ぼくはアデライドもとても幼いのだろうと思っていた。
ぼくに挨拶をしたアデライドは金色の髪を長く伸ばし、琥珀色の目でぼくを真っすぐに見てくるとても聡明な少女だった。
「これが噂のバルテルミー家の末っ子お嬢様? 可愛いな。ぼくも妹が欲しくなる」
マクシミリアンがあまりにもアデライドのことを口にするので、男兄弟ばかりのぼくはちょっとうらやましく思ってもいたので、軽口を叩けば、マクシミリアンが紹介してくれる。
「わたしの妹のアデライドです」
「アデライド・バルテルミーです。ヴィクトル殿下、お初にお目にかかります」
あぁ、この子はただの五歳の少女ではない。
琥珀色の目を見た瞬間に直感してしまった。
はっきりとした物言い、礼儀作法にかなったお辞儀、挨拶。全てが彼女をアデライド嬢と言わしめるに相応しかった。
「ご丁寧にどうも。ぼくはヴィクトル・デムランだよ。アデライド嬢は何歳になるの?」
「五歳になりました」
「五歳でこれだけ立派にご挨拶ができるのか。ぼくの弟は六歳だけどまだまだ赤ちゃんだよ」
確認してみても五歳だと言っているし、体付きも小さくて五歳としか思えないのだが、その琥珀色の瞳はそれ以上の知性を讃えているように見えた。
お茶会の終わりにぼくはアデライド嬢の瞳の色について言及してしまった。
「アデライド嬢は琥珀色の瞳をしているんだね。叔父上と同じ色だ」
アデライド嬢はまだ五歳で自分が養子だということを知らないだろうと油断したのだ。
それに対して、アデライド嬢ははっきりと答えた。
「ヴィクトル殿下、わたくし、先日、自分が両親の実子ではなかったと知らされましたの」
「そうだったのか。それは失礼なことを言ってしまったね」
「いいえ、気にしていません。わたくし、両親に実の子どものように愛されていることを知りましたから」
実子でなかったことを五歳で知らされたらショックだっただろうに、アデライド嬢は全く気にしていない様子である。
健気なその様子にぼくは心打たれた。
「アデライドは五歳にしてこんなに聡明でいい子なのです。神が授けてくれたわたしの妹に違いない」
「マクシミリアンは本当にアデライド嬢が大好きだね。どこに行ってもアデライド嬢の話をしているんだよ、マクシミリアンは」
「お義兄様、そんなにわたくしのことを気にかけてくださっているのですか」
「アデライドは大事なわたしの妹だからね」
「マクシミリアンの笑顔が見られるなんて本当にレアだなぁ」
マクシミリアンは表情があまり変わりにくいので分かりにくいのだが、珍しく微笑んでいるきがしてそう言えば、クラリス嬢は戸惑ったような顔をしている。婚約者のクラリス嬢に理解されていないことを気の毒に思いつつ、ぼくはお茶会を終えて城に帰った。
城では留守番をしていたダヴィドが羨ましそうにしていた。
「おにいさま、バルテルミー家のお茶会に行ったのでしょう? わたしも行きたかったです」
「ダヴィドは招かれていないんだから仕方ないよ」
「つぎはいつですか? つぎはまねいてくださるように、おねがいしてください」
ダヴィドはまだ六歳で喋り方も拙く幼い。
アデライド嬢と比べてしまうのは申し訳ない気がするが、女の子とはあんなに聡明なのかと驚いてしまう。
男の子より女の子の方が成長が早いと聞いていたがこれほどまでに差があるとは思わなかった。
その後もアデライドはその聡明さを見せつけることになる。
ぼくとマクシミリアンとクラリス嬢が学園に入学すると、マクシミリアンとクラリス嬢の婚約に関して心配そうにしてみせながら、ぼくに協力をあおいでジャンとクラリス嬢の接近を見張らせた。
クラリス嬢はジャンに奇妙な恋文を渡してアプローチを続けていたが、ジャンはそれを恐れている様子だった。
クラリス嬢は分かっていないのだ。
貴族である自分が平民に迫っていくことは、一種の脅迫になりかねないことに。
王宮のお茶会でアデライド嬢に無体を働こうとしたアルシェ家のオーギュストを裁かせて、クラリス嬢も同じくマクシミリアンと婚約しているのに平民の特待生に迫っていたことで、マクシミリアンとの婚約を白紙に戻した時点で、ぼくは少しだけアデライド嬢に関して期待していた。
これだけ聡明な少女なのだ。
ぼくが王弟として公爵になるときには、彼女と結婚できないだろうか。
貴族や王族の結婚は政略的なものだが、できるならば愛せる相手と結婚したい。
ぼくの願いも虚しく、裁きの後で父上は叔父上一家をお茶に誘ったのだが、そのときに叔父上ははっきりと言ったのだ。
「マクシミリアンの婚約者は決めてあります」
「それが誰か教えてくれないのか?」
「バルテルミー家は王家の血を引いていて、ただでさえ力を持った家です。これ以上権力を持てば貴族の中でバランスを崩してしまう。ですので、マクシミリアンの婚約者は、バルテルミー家から出したいと思っています」
「それは、アデライドとマクシミリアンを婚約させるということか」
「そう考えていただいてよろしいかと」
小さな淑女、アデライド嬢。
彼女をマクシミリアンがどれだけ大事にしているか、ぼくは知っている。
アデライド嬢が養子ということで貶められそうになると、マクシミリアンは必ずアデライド嬢にもそれを気付かせないように口出ししてきた相手を黙らせてきた。
マクシミリアンは気付いていないかもしれないが、アデライド嬢と婚約と聞いて、その表情が明るいものに変わったことにぼくは気付いてしまった。
「やっぱりマックスがアデライド嬢と婚約するのか」
「おめでたいのですが、まだそのお話はしてはいけないのですよね」
「この話はこの場だけのこととして、まだ内密にお願いします」
マクシミリアンに内心羨ましいと思いつつ呟けば、ダヴィドも同じ気持ちだったようだ。小さな唇を尖らせて不満を表している。
あの琥珀色の聡明な瞳に映りたかった。
あの笑顔をぼくのものにしたかった。
けれど、アデライド嬢はぼくに対してあんな風には微笑まないのだろう。
マクシミリアンと顔を見合わせて微笑み合っている二人を見て、ぼくは初めての失恋をしたのだった。
恋と言えるほど強い想いではなかったのかもしれない。
マクシミリアンの愛するお人形のようなかわいい義妹。その義妹が羨ましかっただけなのかもしれない。
「母上、ぼくも妹が欲しかったです」
「わたしもです」
叔父上一家が帰ってから、ぼくとダヴィドに言われて、母上は「あらまぁ」と笑っていた。
「この年から産めるでしょうか。陛下、どう思われますか?」
「また男の子かもしれない」
「それはそれでかわいいですわ」
仲睦まじい夫婦である父上と母上の忍び笑いを聞きながら、ぼくは結婚するのならば、両親のように仲睦まじくありたいものだと思っていた。
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