63話。リルの想い
突然、横から強い衝撃を感じると同時に、首を締められた。
なんだ? 俺は訳がわからず混乱する。
伏兵がいたのか……!?
ディアドラが大笑いを上げた。
「よくやりましたわ、フェンリル! ああっ、間一髪でしたわね」
なんと、俺を締め上げているのはリルだった。
凄まじい怪力で首を掴まれて、息ができない。視界がかすみ、俺は【世界樹の剣】を床に落とした。
「リ、リルさん、何をなさっているのですか!?」
コレットが絶叫する。
「あるじ様の敵! リル、倒すぅ!」
リルは怒りの籠もった目で、俺を見上げている。
リル、な、何を言っているんだ?
リルの拘束から脱出しようにも、俺は【植物王】のマイナス効果で筋力が80%も低下している。
神獣フェンリルの化身であるリルに、パワーではとてもかなわない。
「ふふふっ、精神干渉によって認識を入れ替えました。フェンリルの目には、アッシュ殿が私に、私がアッシュ殿に見えているのですわ!」
ディアドラが勝ち誇ったように種明かしをする。
「精神干渉? 神獣であるリルさんに、そんなことができるのですか!?」
「ええっ。この王座の間には、私が、あのお方からちょうだいした魔力増幅器を設置しているのです。あとは、時間をかけて練り上げた精神干渉の魔法なら、神獣フェンリルの認識すら操作するこが可能ですわ!」
魔力増幅器。そうか、それがリルの封印を解き、ルシタニアの都市を襲わせることができたカラクリか。
ディアドラはユースティルアを襲撃した時、リルの擬態を解いた。その時、なぜリルを精神操作して、俺たちを襲わなかった疑問だったが、その理由がコレか。
そこまでのことをするには、魔力増幅器のアシストが必要だからだな。
長話で時間を稼いだのも、魔法を練り上げるため……
なら、キーとなる魔力増幅器を破壊すればリルは正気に戻るハズだ。
すまない、リル。ちょっと痛いかも知れないが、我慢してくれ。
俺はマヒクサのイバラを召喚し、リルの足を絡め取った。獣人状態のリルなら、麻痺攻撃も通用する。
「無駄ですわ!」
しかし、ディアドラが炎の魔剣【レーヴァテイン】で、マヒクサを焼き尽くした。さらに、麻痺耐性と解毒の魔法をリルにかける。
「リルが、あるじ様を守る!」
リルが決死の形相で、俺をさらに締め上げる。
くそッ、リル。俺を守ろうとして、俺を殺そうとするなんて、シャレにならないぞ……!
酸欠で思考が鈍り、首の骨が折れそうなほど軋む。
「【爆裂】!」
コレットがディアドラに攻撃魔法を叩きつけた。
たが、ディアドラは魔法障壁を展開し、涼しい顔で爆発を防ぐ。
「くぅっ……」
「あなたは防御とバフは得意なようですが
、攻撃魔法はイマイチですわね。アルフヘイムの王宮で、蝶よ花よと大事に育てられたあなたが、血を吐くような想いで魔導の修得に励んだ私に勝てる道理など、ありませわ!」
ディアドラの嘲笑に、コレットは部屋の中を見渡す。
魔力増幅器を探し出して破壊するつもりだろうが、どこにあるか見当もつかないようだった。
「ああっコレット、かわいい妹。宣言通り、あなたの目の前で、アッシュ殿を殺して差し上げますわ。あなたがどんな絶望の表情をするか、今から楽しみですわ」
「お前もあるじ様の敵!?」
リルがコレットを睨みつけた。
コレットのことも正しく認識できなくなっているようだ。
「そうですわ。フェンリル、そのままアッシュ殿を押さえつけていなさい。この一撃で片付けますわ!」
ディアドラが、炎の魔剣を振りかざす。
「やめてください、お姉様!」
コレットが悲痛な声を上げた。
「ハハハッ、これでアルフヘイムはお終いですわ!」
灼熱の魔剣が、俺に振り下ろされる。
だが、不思議なことに、覚悟した痛みは襲って来なかった。
「リル……?」
俺の拘束が緩んだ。
リルが自分の身をていして、魔剣の斬撃から俺を守ってくれたのだ。
リルの小さな身体が、焼け焦げる嫌な音がした。
「あ、あるじ様、リル……あるじ様を守ったよ」
リルが澄んだ笑顔のまま崩れ落ちた。
ちゃんとハッピーエンドになるので、ご安心ください。
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