58話。剣聖ゼノス、兄を認めて滅びる
ゼノスが倒れると同時に、リルが地を蹴っていた。リルはかぎ爪で、人型の魔物たちを猛然となぎ倒す。
「おのれ!」
敵が慌ててエルフ王を殺そうと槍を振るう。だが、リルが咆哮と共に放った火の魔法で、ソイツは骨まで蒸発した。
「よし、でかしたぞ。リル!」
リルは瞬く間に、制圧を終えた。
「やった、あるじ様!」
俺はゼノスが何か仕掛けて来ないか、気を張り続けていたが結局何もなかった。
こいつ、一体どうしてしまったんだ? 前より、弱くなっているような……
俺は炎の魔剣を奪って完全に無力化すべく、ゼノスに近づく。
「そこまで、ですわ!」
その時、突如、コレットの背後にディアドラが現れた。ディアドラは、コレットの首筋に短剣を突き付ける。
「ディアドラ!?」
姿が見えないと思ったら、俺たちの隙をうかがっていたのか?
くそっ、目の前の敵とエルフ王に気を取られ過ぎた。
「まさか、ゼノスが弱すぎたのも、策のうちか?」
「お、俺様が、弱いだと……?」
「ふふふっ、さすがですわ。ゼノス殿などでは相手にならなかったようですわね。でも残念。少しでも動いたら、コレット王女の命はありませんわ! 神獣フェンリル、あなたもおかしなマネはやめて大人しくしていなさい」
「くぅ……!」
魔法を発動しかけていたリルが、動きを止めた。
「デ、ディアドラ……俺様にエリクサーをよこせ。お、俺様はまだやれる……!」
身体を両断されながらも、まだ息のあるゼノスが言った。
エリクサーはエルフ秘蔵の霊薬。なら、アルフヘイムにはエリクサーが貯蔵されているハズだ。
それがヤツらの切り札か。
「お断りしますわ」
だが、ディアドラの返答は驚くべきものだった。
「ゼノス殿、ご苦労様でした。あなたの役目はここまでですわ。まさか、こうもアッサリ敗れるとは予想外でしたけど。おかげで、コレット王女の身柄を確保することができましたわ」
「ご主人様!」
コレットは抵抗しようとするが、ディアドラの拘束は緩まない。
「はぁ!? な、なんだとテメェ……!?」
ゼノスは信じられないといった顔つきになった。
「ふふふっ、まだ、わからないのかしら? あなたはアッシュ殿に【天羽々斬】(あめのはばきり)を撃たせて、隙を作るための捨て駒でしてよ? いかな武人でも最大の技を放った直後は、消耗するものですからね」
ディアドラはおかしそうに笑った。
「……最初からコレットが狙いだったのか?」
ゼノスに一撃を加えた後、リルがエルフ王の救出に向かうところまで計算して、機をうかがっていたのか。
「ええっ。本当は合成魔獣と化したゼノス殿が、あなたと良い勝負をしてくれることを期待していたのですけどね。無能を強化して、最強の魔剣まで与えたところで、しょせんは無能ということですわね」
「な、なにっ……!?」
ゼノスは屈辱に顔を歪めた。
「修羅場を潜り抜けた人間と、安易な肉体改造に頼った雑魚とでは、たどり着ける境地が違うということですわ。私も勉強になりました」
「がぁ……ち、違う、俺様は剣聖。親父の跡を継ぐのは俺様だぁ……」
「はぁ。あなた、何を言っておりますの? 合成魔獣と化した時点で、あなたは人間ではなく、タダの魔物。冒険者ギルドから討伐される存在でしてよ?」
ディアドラは鼻で笑う。
「おい、ディアドラ。それ以上、ゼノスをおとしめるな。俺たちの一騎打ちを穢すつもりか?」
俺はディアドラを憤然と睨みつけた。
「あ、兄貴……」
「あら、これは失礼。せめて弟君の最後を、戦士として名誉あるものにしてあげたいと? おやさしいのですわね」
ゼノスの手から炎の魔剣【レーヴァテイン】が宙を飛んで離れ、ディアドラの手前で静止した。
「あつぅううっ!?」
炎の魔剣の熱に当てられて、コレットが苦痛の声を上げる。
「コレット!?」
「これは私があのお方から、貸し与えられた物。返していただきますわね」
ディアドラはコレットに拘束魔法をかけて動き封じると、【レーヴァテイン】を掴んだ。
魔物と化したゼノスならともかく、生身で炎の魔剣に触れることができるとは……
ディアドラは炎に対して強い耐性を持っているようだった。
「ディアドラよ、も、もうやめてくれ……アルフヘイムの森を焼き滅ぼし、妹さえ手に掛けようというのか?」
その時、エルフ王がか細い声で訴えた。
「妹? お前はエルフ王の娘だったのか!?」
「これはこれは、お父様……幼かった私をお母様ともども焼き殺そうとしておきながら、今さら何をおっしゃるの?」
ディアドラは顔を悪意で染める。
「あなたの愛する者すべてを炎で焼き尽くすまで、私の復讐はとまりませんわ。残念でしたわね」
「コレットには何の罪も無い……殺すならワシだけを殺せ」
弱っていたが、断固たる口調でエルフ王は告げた。
「罪が無い? エルフの王女として、誰からも愛され、何も知らず何不自由なくヌクヌク生きてきたのが、この娘の罪ですわ!」
ディアドラは吐き捨てるように叫んだ。
これがディアドラがコレットを憎む理由だったのか。
自分とはかけ離れた境遇の妹に対する嫉妬が、その根底にあったんだな。
「ハハハッ……そうか、ディアドラさんよ。てめぇもこの俺と同じだったのか」
ゼノスが虫の息ながらも、声をたてて笑った。
「誰からも好かれる兄弟に嫉妬して、お、落ちるところまで落ったって訳か? ざまぁねぇな……」
「なんですって? ふっ……あなたのような負け犬と一緒にされては心外ですわ。私は復讐を完遂し、エルフは滅びるのですから」
「……いや、てめぇは兄貴には勝てねぇよ。ハハハッ、お、俺様も最後になって、やっとわかったぜ。なんで兄貴に人がついていくのかがな」
「ふんっ。生命力だけはゴキブリ並ですわね! もういいですわ。あなたは消えなさい!」
ディアドラが【レーヴァテイン】を振るうと、ゼノスはほとばしった炎に包まれる。
「ゼノス!?」
「がぁああああッ!? あ、兄貴、てめぇが親父の後継者ってんなら、こんなクソ女ごときに負けんじゃねぇぞ……っ!」
ゼノスは最後の力を振り絞って叫ぶ。ゼノスは、猛火に焼かれて消滅した。
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