56話。剣聖ゼノス、魔物となって再戦する
多くの動物や鳥たちが、我先へと逃げ出していく。
エルフたちの楽園アルフヘイムの森は、炎に覆われようとしていた。ごうごうと燃え盛る火炎を踏み越えて、神獣フェンリルが駆ける。
「一刻も早く王座の間に向かいましょう!」
俺と一緒にフェンリルの背に乗ったコレットが叫ぶ。
故郷が存亡の危機にある彼女は、気が気ではない様子だった。
「ああっ!」
残ったエルフたちが木を切り倒して、必死に消火活動を行っているが、手が足りていない。
俺がエルフ王に即位し、狂戦化兵と化したエルフたちに、森を守るように命じなくてはならない。
グズグズしていたら、みんな死んでしまうぞ。
「うぉおおおおっ! 姫様が、姫様が戻って来てくださったぞぉ!」
「みなさん、我らが正統なる支配者アッシュ様が、アルフヘイムを救いに来てくださいました! もう安心ですよ!」
「本当ですかぁ!? アッシュ新王、万歳!」
コレットの鼓舞に、エルフたちから歓喜の声が上がる。それは、連鎖反応的に広がり、森を揺るがすほどの声援となった。
俺は新王でも、エルフの支配者でもないのだが……彼らの気持ちを挫くわけにはいかないので、軽く手を上げる程度にして黙っておいた。
「おおっ! なんと、あのお方が【世界樹のマスター】アッシュ様か!?」
「素敵! 凛々しいお方だわ!」
すると、爆発的な反応がエルフの民たちから返ってきて困る。
特に美しいエルフ娘たちからの熱い声援には困った。
「みんな、手を止めずにとにかく消火に当たってくれ!」
「「はっ!」」
俺の叫びに、エルフたちが片膝をついて応じる。
彼らは氷結の魔法なども駆使して、燃え盛る炎を消し止めようとする。
「コレット姫様! どうか、お待ちください!」
その時、俺たちを必死に呼び止める老エルフがいた。
「お父上が、国王陛下が火刑に処されようとしていますぞ!」
「なんですって!?」
俺は慌てて、フェンリルに止まるように指示する。
「エルフ王は、キースが民に言うことを聞かせるために幽閉していたんじゃないのか?」
「おおっ、あなた様が【世界樹のマスター】、アッシュ様ですな? その通りなのですが、どういう訳かディアドラめが陛下を処刑すると言い出しまして……!」
老エルフが、泡を食った様子で説明する。
そんなことをしたら、民の感情を逆撫でして敵を増やしてしまうと思うが……
森に火を放ったことといい、やはりディアドラの目的は、エルフへの復讐であると考えて間違いない。ヤツはアルフヘイムを破滅させようとしているんだ。
「それで、お父様はどちらですか!?」
コレットが切羽詰まって尋ねる。
「はっ! 中央広場で公開処刑を行うと……!」
「ご主人様っ! お父様をお救いいただけませんか!?」
「中央広場というのは、どこだ?」
「は、はい、こちらです!」
コレットが懐からアルフヘイムの地図を取り出す。
俺たちが目指していた王宮からは、かなり離れた場所だ。ここに寄り道していたのでは、王への即位の儀が遅れることになるぞ。
「……そうか。多分、これは時間稼ぎだな」
ディアドラは俺たちの意図を察して、妨害しようとしてきているのだろう。
時間をかければかけるほど、火の手が回り、アルフヘイムは滅亡に近づいていく。
「……リル、この中央広場に向かってくれ。エルフ王を助けるぞ!」
「うん!」
神獣フェンリルが弾かれたように走り出す。
「ご主人様、あ、ありがとうございますっ!」
「速攻でエルフ王を救い出す。礼なら後だ!」
王座の間には、ディアドラが罠を張っているハズだ。
気がかりを残しては、俺もコレットも集中して戦えないだろう。それは致命的な隙になりかねない。
俺はエルフ王の救出を優先することにした。決めたらもう迷わない。
中央広場に近づくと、火の手が勢いを増した。バチバチと木々が火に巻かれて爆ぜる。
「お父様!?」
十字架に磔にされたエルフを目の当たりにして、コレットが悲鳴を上げた。
あれが、コレットの父であるエルフ王か? 拷問を受けたようで、やつれてボロボロになっている。
中央広場には、仮面で顔を隠した武装集団がいた。エルフの特徴である尖った耳をしていない。コイツら人間か?
いや、この感覚は……
長らく魔獣と戦い続けた俺は、ヤツから発せられる人ならざる存在の気配を感じ取っていた。
「ヒャハハハッ! よく来たな兄貴ぃいい! 会いたかったぜぇ!」
ヤツらのひとりが仮面を取った。
驚いたことにそれは俺の弟、剣聖ゼノスだった。
「ゼノス!? なんで、お前がこんなところにいる!? 確か【奈落】のダンジョンに放り込まれたと聞いたが……」
「ああっ、その通りだぜ。兄貴に負けたせいで、俺様は暗い【奈落】の底に落とされてよぉ。死ぬより悲惨な目に合わされたぜ!
だけどよぉ、おかげで最強の力を手に入れたんだよ! もうてめぇなんぞ、俺様の敵じゃねぇ!」
ゼノスの身体が大きく膨れ上がった。
筋肉が盛り上がり、額から角のような物が生えて体格が2倍近くになる。
狂戦化とはまったく異なる変化だ。全身が黒く変色し、人間とは思えない凶悪なオーラを放っていた。
「クハハハハッ! そいつが兄貴の新しい女か? エルフの王女ちゃんなんだってなぁ。いいオンナじゃねぇか! 兄貴をバラした後、俺様の奴隷として一生飼ってやるよ! 感謝するんだなぁあああ!」
ゼノスの禍々しい笑い声が響いた。
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