55話。レイナ、父親と対面しエリクサーを手に入れる。
まさか、自分がアッシュの手のひらの上で踊らされていた?
キースは屈辱に唇を噛んだ。
いや、思えば策を弄してアルフヘイムを内部崩壊させる程の男だ。コレット王女をただ逃がす訳はなく、何らかの罠があると、警戒してしかるべきだったのだ。
「……しかし、まさか死神ギルバートを抱き込んでいたとは!」
キースは奥歯に仕込んだエリクサーを入れた小袋を噛み潰した。
すぐさま霊薬の効果で傷が完全回復し、毒が無効化される。
「むっ……!」
目の前の偽コレット王女──ギルバートが、慌てて飛び退く。
「だが、こちらにはエルフ秘伝の霊薬がある!」
ギルバートの立っていた場所に、キースはファイヤーボールを連続で撃ち込んだ。爆発が起こり、大地が激震する。
「エリクサーはまだある。死神と言えど、俺を殺すことはできんぞ!」
これがキースの切り札だった。
貴重品のエリクサーを持ち出し、もし致命傷を受けても、すぐに回復できるようにしておいたのだ。
「なるほど。これは少々、厄介ですね……」
ギルバートが舌打ちした。
「本物のコレット王女はどこだ!? ユースティルアにまだいるのか!?」
死神ギルバートは恐ろしい相手だが、後続の狂戦化兵も加われば、勝ち目はある。
キースは王女を抹殺できなければ、妻子を殺すとディアドラから脅されていた。あきらめる訳にはいかなかった。
「ギルバート!」
その時、ハーフエルフの少女を先頭にした騎馬隊が押し寄せてきた。
まさか、後続の狂戦化兵を突破して来たのか?
「レイチェル……っ!?」
その少女をひと目見た時、キースに衝撃が走った。
16年前、彼を裏切って捨てた、かつての恋人レイチェルにそっくりだったのだ。
「あんたがキース!? あたしはユースティルア【ベオウルフ遊撃隊】の隊長レイナよ!」
「レイナだと!?」
それはレイチェルとの間に、もし娘ができたら名付けようと、ふたりで決めた名前だった。
歳の頃も合う。ま、まさか、この娘はレイチェルと自分の娘? そんな突拍子もない考えが浮かんだ。
「キ、キース団長! あれを! アルフヘイムの森より煙が……っ!」
配下が驚愕の声を上げた。
アルフヘイムの方角より、尋常ならざる大量の黒煙が噴き上がっていた。
まさか……
「森が燃えているだと!? だとしたら、もう戦どころではない!」
アルフヘイムには大勢の民たちが、何より愛する妻子がいる。
「ディアドラは国中を燃やし尽くすと言った! ま、まさか、ヤツが火を放ったのか……!? これでは約束が違うではないか!?」
すぐさま森に引き返さねばと、キースは馬首を反転させようとする。
それが致命的な隙になった。
「がぁっ!?」
背後に音もなく忍び寄ったギルバートが、キースの心臓を刺していた。
しかも……
「このナイフに強力な麻痺毒が仕込まれています。これでもうあなたは指一つ動かせませ」
エリクサーを使おうにも、奥歯を噛むことすらできなくなっていた。
キースはなすすべなく地面に崩れ落ちる。
「……ギルバート、殺したの?」
「いえ。エリクサーが効いているおかげで、まだ息はありますが。致命傷です」
キースはもう声を出すこともできなかった。だか、キースは最後にどうしてもレイナと言葉を交わしてみたかった。
彼女が本当に自分の娘であるのか、確認したかった。
そこで魔法による念話を試みた。念話は、魔力の波長の合う者同士、特に肉親なら通じやすくなる。
『レイナ……!』
「な、なに!? 声が頭の中に……」
薄れ行く意識の中でも、念話が通じた。やはり、この娘は我が子なのか。
だとしたら、レイチェルはあの時、すでに身籠っており、周囲の反対を押し切って娘を産んだことになる。
ずっとレイチェルに裏切られたと思っていた。だが、自分と添い遂げたいと言った彼女の言葉に、嘘偽りは無かったのだ。
そうとは知らず、人間を憎み続けて来た。その結果、実の娘と戦場でまみえるとは、なんという皮肉なめぐり合わせだろうか。
『レイナ……アルフヘイムには、俺の妻子がいる。虫が良い話かも知れぬが、ま、守ってはくれまいか? 息子はお前の弟だ……』
「弟……あ、あんた何を言って? まさかキースなの?」
レイナは混乱するが、キースは構わず続ける。
『お前のレイナという名前は、レイチェルと話し合って決めたものだ。もし娘が生まれたら、レイチェルの名前から……一部をもらおうと……』
「はぁ!? ちょっと待って、訳わかんないわよ、さっきから!」
『頼む。レイナ、愚かな父からの最初で最後の頼みだ。お、お前に会えて良かった。どうか、俺の持つエリクサーを好きに使ってくれ……俺の家族、肉親なら自由に使えるように設定……俺の鞄の中には、まだエリクサーが……』
「えっ、ま、まさか……」
そう告げた瞬間、キースの意識は光に包まれた。
光の中から死んだ筈のレイチェルが現れ、彼に手を伸ばした。
キースは深い安らぎに包まれるのを感じた。
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