50話。剣聖ゼノス、魔物となる。エルフ絶滅計画
「なんていうことですの。まさか闘神ガインが息子に敗れるなんて……っ!」
ディアドラは使い魔からの報告に動揺を隠せなかった。
他のことはすべて順調だったが、アッシュの存在だけがイレギュラーだった。
「これではエルフを絶滅させるという私の計画が!」
ディアドラがキースの謀反に加担したのは、アルフヘイムを泥沼の戦争に引きずりこんで滅亡させるためだった。
エルフたちを掌で踊らせることができて、笑いが止まらなかった。
だが、アッシュはこともあろうにアルフヘイムに無償の食料援助をしてきた。さらにはルシタニア王国に、戦争に勝利してもエルフを不当に扱わないという約定を飲ませたという。
このためアルフヘイムではアッシュを英雄視する声が高まっていた。アッシュを王に迎えて、ルシタニア王国と和睦すべし! と叫ぶ者たちが、武装蜂起している。
謀反人のキースが、逆に謀反を起こされて慌てふためく様は笑いを誘ったが……これでは戦火が広がらない。
もっともっと、人間とエルフの対立を煽って、戦争を激化してやりたかった。
「ふん、まぁいいですわ。少々、準備不足ですが……4割のエルフ兵は狂戦化状態にできそうですし、おもしろいモノも手に入りましたからね」
狂戦化状態にさせるためには、ディアドラの魔力を送り込む必要がある。兵たちと過ごす中で、彼らと自然に接触し、いつでも狂戦化状態にできるように魔力を植え付けていた。
なにより、アッシュに勝つための切り札を手に入れることに成功した。
ディアドラの目の前には、培養槽に入れられた剣聖ゼノスがいた。透明な溶液に満たされたガラス張りカプセルに浮かぶゼノスは、身体が半分、欠損していた。
世界最悪のダンジョン【奈落】に放り込まれたゼノスは、トラップによって運悪く最下層近くにまで転移させられた。
そこで魔獣に食われていたのをディアドラが偶然見つけて、拾ったのである。
ディアドラは錬金術の素材となる希少な鉱物や植物を得るたびに、たびたび【奈落】の底にやってきていた。
転移魔法が使える彼女にとって、【奈落】は簡単に出入りができる場所である。
「……武器、武器の差で負けたんだ……お、俺様が兄貴に劣るハズが、ねぇ……っ!」
ゼノスは眠りながら、うわ言のように兄への呪詛を吐いていた。
「ふふふっ、何という強烈な憎しみ。ええっ、そうですわよね? 強力な武器さえあれば、アッシュ殿に勝てますわよね? そのためなら、何を犠牲にしても良いですわよね?」
ディアドラの言葉が届いているのか、ゼノスは顔を憎悪に歪めた。
「殺す……っ、俺様が外れスキル野郎に負ける訳がねぇ……! 親父の跡目を継ぐのは、この俺様だぁ……」
「ふふふっ、実はずっと試してみたいことが、ありましたのよ。人間と【奈落】の魔獣の合成ですわ。あなたを食べた魔獣は、あなたと適合しやすい状態になっていますの。なんという幸運!」
ディアドラはほくそ笑んだ。
「ああっ、ゼノス、あなたは最高の素材ですわ。あなたをアッシュ殿に確実に勝てるような究極の合成魔獣に生まれ変わらせて差し上げますわ。あのお方から、お貸しいただいた炎の魔剣を扱える身体に……」
その時、無粋に扉を蹴破って入って来た闖入者がいた。
この国の現状のトップであるキースだ。彼は顔を怒りで染めていた。
「き、貴様、どういうつもりだ!?」
「あら、嫌ですわキース様。レディの部屋に入るのにノックも無しだなんて。それでも紳士ですの?」
「アルフヘイムの兵たちが……エルフと魔獣のほとんどの者が狂戦化して、ユースティルアに進撃しているではないか!? こんな命令は出していない! 作戦も何もなく、無謀な特攻をさせるつもりか!?」
キースは剣を抜いて、ディアドラに突きつける。
「今すぐ兵たちの狂戦化を解け! し、しかも、バルト帝国とマケドニア聖王国にまでエルフ王の名で、宣戦布告を出したそうではないか!? 王の名を勝手に使った上に、同時に三国を相手にするとは正気か貴様!?」
キースの声は、怒りのあまり上ずっていた。ディアドラは、おかしくてたまらない。
「ええっ、もちろん正気ですわよ。なにより、エルフ王を名乗る資格が私にはありますもの」
「な、なんだとっ!?」
「私の本当の名前は、ディアドラ・アルフヘイム。100年前にエルフ王と人間との間に生まれた不義の娘ですわ」
ディアドラの告白に、キースは度肝を抜かれたようだ。目を大きく見開いている。
「何っ!? い、いや、バカな……その娘は確か、母親ともども陛下によって焼かれたと……」
「生きていたのですわ。すべてはあのお方のおかげ」
ディアドラはあざ笑った。
「コレットと現王がいない今、アルフヘイムの支配者としてふさわしいのは、王女であるこの私ですわ。その私が、兵どもに死ぬまで戦えと命令したのです。何か問題ありまして?」
「バカな。で、では元々、お前はアルフヘイムを乗っ取るつもりで……?」
「ふんっ、こんな国の王座に興味はありませんわ。ただ、国中を燃やし尽くしたら、さぞかし楽しいかと思いまして。特にお父様には、愛する娘コレットの死体を突きつけた上で……アルフヘイムの森が業火に焼かれる様をたっぷり見物なさっていただくつもりですわ。エルフ王家は潰え、アルフヘイムは滅亡するのです!」
狂ったような笑い声を上げるディアドラにキースがあとずさる。
「じ、自分が何を言っているのか、わかっているのか!? 気がふれているとしか思えん! アルフヘイムの森は、エルフ以外にもたくさんの動植物が暮らしているのだぞ!? それを燃やす!?」
自然との融和を大事にするエルフにとって、森を焼くなど冗談でも口にしてはいけないことだ。
だが、そんな常識や倫理など、ディアドラを縛る枷にはならない。
「ええっ、もちろん正気ですわよ? ただ、狂戦化にも欠点がありましてね。強化状態で死ぬまで戦うのは良いのですが。理性が無くなるので、マトモな戦術が使えなくなりますわ。あなたには魔法騎士団を率いて、コレットの首を取っていただきますわよ?」
キースは目を剥いた。
「こ、この俺に、アルフヘイムを滅亡させるのに加担しろと? 俺はこの国を守護する魔法騎士団長だぞ!」
「あらあら勇ましいこと。反逆者であるあなたが、今さら何をおっしゃるの? それに、あなたがルシタニアに攻め込んだのは、恋人だった人間の娘に捨てられた腹いせのためでしょう?」
ディアドラは悪意をしたたらせて鼻で笑う。
「なぜ、それを……!?」
キースは顔色を変えた。図星だったのだ。
「俗物がいまさら騎士道を語るなど、片腹痛いですわ。かつて人間の娘と不義密通していたなんてことがバレたら、あなたに従うエルフはいなくなりますわよね? 『エルフは人間の上位種族だ』が口癖のあなたが、人間の娘に捨てられていたなんて。恥さらしも良いところですわ」
「お、おのれ……っ!」
キースは歯ぎしりして、ディアドラを睨みつける。
「あなたは人間が憎いのでしょう? なら、ひとりでも多くの人間を殺して果てるがいいですわ。見事、コレットを討ち取ったら、あなたとあなたの妻子の命だけは保証して差し上げてもよろしくてよ?」
「ま、まさか、貴様……! 俺の妻と息子を!?」
動揺するキースの様子は、ディアドラにとって実に愉快だった。
「ええっ。おふたりは、私の部下がつきっきりで、監視しておりますの。私が合図を送れば、かわいそうなことになってしまいましてよ」
ディアドラはいざとなれば、キースを操れるように彼の家族を人質に取っていた。キースには最後まで指揮官として戦ってもらうつもりだ。
キースには、頷くより他に選択肢が無かった。
ブックマーク、高評価をいただけると、執筆の励みとなります!





