34話。義妹ミリアを暗殺者から守る
突然、ミリアの護衛たちが喉をかきむしるような仕草をして、次々に倒れた。
「……うっ!?」
俺も突然の息苦しさを覚えた。こ、これは……毒か? 空気中に毒が撒き散らされているようだ。
見ればコレットとミリアも喉を押さえて、苦しそうな表情をしている。
「アッシュ団長、これって……まさか!?」
魔法剣士であるレイナは、解毒魔法も使えるようで、すぐに詠唱に入った。レイナへの手助けは後回しで良さそうだ。
「ふたりとも、これを喰え……!」
俺はすぐさま【植物王】で、毒消し草を召喚する。コレットに手渡し、神獣フェンリルから飛び降りて、ミリアにも差し出す。
これは人体にもともとある解毒機能を強化する作用のある植物だ。
「リル、コレットを守ってくれ。コレットはリルの背中から、絶対に降りるな!」
「うん!」
「はい!」
ミリアから一瞬、目を離した瞬間だった。ミリアの背後にやってきていた伝令役の騎士が、彼女に刃を振り下ろした。
俺は割って入って、寸前で弾き返す。
「ゲホ、ゲホ……! お兄様、何が起こっているの!?」
ミリアが咳き込みながら尋ねた。
「これはギルバートのスキル攻撃だ!」
一定領域内を毒で満たすこのスキルは良く知ったモノだった。
俺も毒消し草を飲み込む。多少は楽になったが、足元がふらつくのはいかんともしがたい。
「ギルバートって……【神喰らう蛇】がアルフヘイム側についたって言うの!?」
「……クソッ、相当な金を積まれたみたいだなギルバート?」
ミリアを襲った騎士は、フルフェイスの兜で顔を隠していた。
だが、この尋常ならざる鋭い太刀筋と、【猛毒王】のスキルは、【神喰らう蛇】4番隊隊長ギルバートのモノだ。
「ギルバートですって!?」
レイナは父親の仇の出現に、色めき立った。
だが、毒に支配された空間では、彼女も満足に動けないようだ。魔法で毒を体外に排出しても、一時しのぎにしかならない。
「……っ!」
ギルバートは答えず、複数の針をミリアに投げつけた。目に見えないほど細く、おそらく刺されば即死級の猛毒が塗られている針だ。
「危ない!」
俺はミリアの周囲を覆うように、生い茂った草花を召喚した。
ギルバートの死の針は、それらに弾かれて宙を舞う。
「うわっ!? な、なに……!?」
ミリアは何が起こっているか分からず目を白黒させている。
「ハァアアアアッ――!」
俺は【世界樹の剣】をギルバートに振り下ろす。
ヤツはかわすと同時に、火薬玉を取り出してミリアに投げつけた。衝撃が加われば半径2メートルくらいが吹き飛ぶシロモノだ。
詠唱が必要な魔法ではなく、即座に使える爆薬を用意しているところが、ヤツらしい。
「全員、伏せろ!」
俺は肝を潰しつつも【植物王】で、ミリアを守る障壁になるように大木を召喚。伏せると同時に爆発が起こった。
煙があたりを包む。
「……ミリア、無事かっ!?」
爆風に煽られて地面を転がった俺は、すぐさま立ち上がる。ミリアは地面に倒れたが、目立った外傷は無さそうだった。
ギルバートの姿を探すも、すでに周囲のどこにもいなかった。
今の攻撃は、ヤツが逃げる時間を確保するためでもあったらしい。
さしものギルバートも、俺と神獣フェンリルを同時に相手にするのは無理だと判断したのだろう。リルには毒など通用しないからな。
……しかし、ヤバかった。
もし到着するのがあと少し遅れていたら、伝令に変装したギルバートはミリアを暗殺していただろう。
暗殺というのは事前に知られ、ガードを固められた時点で、成功確率が極端に落ちる。
ディアドラが俺を焦らせようと情報を伝えてくれたのは、実にラッキーだった。
一定領域内を毒で満たす【猛毒王】の効果も解除されたようだ。
これで、もう安心だな。
「あうぅう!?」
ミリアは至近距離での爆発で、鼓膜をやられたらしく、頭を抱えてうずくまっている。
顔色も悪い。俺の毒消し草はあくまで応急処置だ。ちゃんと解毒治療を受けさせないとな。
「アッシュ団長、あたしは今の男を……ギルバートを追うわ!」
レイナが脂汗を浮かべながらも、気丈に叫ぶ。
「いや、無理はするな。まずは治療を……」
ギルバートを追いかけたりしたら、レイナが返り討ちにされかねない。
「ご領主様、大丈夫でございますか!?」
その時、若い女騎士がミリアに駆け寄って行った。
……微かな違和感。
なぜ、この女騎士は毒からこんなにも早く回復しているんだ? 回復魔法の使い手だったとしても……
俺の脳裏にギルバートの教えが蘇った『勝利したと思った瞬間、人はもっとも無防備になります。狙うならその時ですよ』。
「ミリア、危ない離れろ!」
「へっ?」
俺は女騎士に向けて、【天羽々斬】の一撃を放った。
大地を衝撃波が走り、剣を抜こうとした女騎士の右手を切り飛ばす。
「……お見事」
彼女は笑みを浮かべる。
ギルバートは変装の達人でもあった。服装で他人に成りすますだけではない。骨格や肉体構造、声音まで変えてしまうレア魔法の使い手だ。
そのため、ギルバートが本当は男なのか女なのかさえ、実は誰も知らなかった。
ギルバートが【千の顔を持つ死神】とあだ名される由縁だ。
「ギルバートか……っ!?」
ヤツは答えず、バックステップで後退した。
おそらく爆発で全員の目を眩ませた隙に、女騎士へと変身したのだろう。
「はて、ギルバートとは誰のことでしょうか? それにしても、あのゼノス殿と一番隊をこうも簡単に退けてくるとは……予想外でしたよ」
女性のソプラノボイスで、ヤツはとぼける。
ギルバートが領主を暗殺しようとしたことが明らかになれば、【神喰らう蛇】はルシタニア王国という大口の顧客の信用を失いかねない。
そのため、正体を秘匿するつもりでいるようだ。
スキルは同じモノを持った人間もいるため、暗殺の決定的な証拠にはならない。
「私も深手を負いましたが、あなたも力を使いすぎたようだ。今回は痛み分けといたしましょう」
女騎士は地面に玉のようなモノを叩きつけた。すると大量の煙が噴き上がり、ヤツの姿を隠す。
「ギルバート、覚悟ぉ!」
「おのれっ!」
ようやく動けるほどに回復したレイナと騎士らが、女暗殺者を討ち取ろうと突撃する。
しかし、煙が消えると同時に、ヤツも自身も煙のように消え去ってしまった。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
コレットが心配そうに声をかけてくる。
俺はすぐさま戦線に復帰したかったが、体力がすでに限界に達していた。
「悪い、かなりへばっているっ……」
「あるじ様は休んでいて。リルがみんなやつけてくる!」
リルが咆哮を上げ、飛竜の群れに雷撃をぶつけた。
黒焦げになった飛竜たちがバラバラと堕ちてくる。
「す、すごすぎる……っ! あなた本当にリルなの?」
「そうだよ」
無邪気な返答に、ミリアたちが口をあんぐりと開けた。
「あっ。敵が帰っていく」
リルの言葉通り、飛竜たちは退却を開始していた。
リルを倒すことにも、ミリアを暗殺することにも失敗したため、形勢不利と判断したのだろう。
おそらく、城門も守備隊が守りきってくれたハズだ。
「ぅおおおおお! やった! ユースティルアの防衛に成功しましたぞ!」
騎士たちが感激して雄叫びを上げる。
「すべてお兄様のおかげです!」
ミリアが俺に抱きついてきた。
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