30話。弟、剣聖ゼノスとの再戦
神獣の姿となったリルに、四方八方から攻撃魔法や矢が浴びせられる。
【神喰らう蛇】の一番隊が、姿を隠しながら包囲攻撃を加えているのだ。
「ぐぅううう……!?」
リルは魔法障壁を周囲に展開して、防御に徹する。
「えらいぞ、リル! そのまま耐えろ!」
リルはその気になれば、その強大な魔力で周囲を焼き払うことができるが、それはしない。
人を殺さない、街を壊さないという俺との約束を守ってくれていた。何より、コレットやレイナ、この街の人たちを仲間だと思ってくれているのだろう。
「はぁ!? 【神喰らう蛇】一番隊ですって!? それにリルちゃんが、神獣フェンリル!?」
レイナたちが突然の事態に戸惑っている。
残念だが詳しく説明している暇はない。
「レイナ、巻き込まれないように下がっていろ!」
「神獣フェンリル、その首、この剣聖ゼノス様がもらった!」
俺の弟ゼノスが剣を振りかざし、疾風となって突進してくる。
「ゼノス、お前の相手はこの俺だ!」
俺はゼノスの進路上に立ち塞がった。
「はっ! 外れスキル野郎が、剣聖であるこの俺様と剣でやり合おうってか!? 【神喰らう蛇】の面汚しが!」
「はぁあああああ──ッ!」
隊長であるゼノスを倒せば、一番隊は退くハズだ。
出し惜しみなく、【世界樹の剣】の攻撃力を全解放。真の姿である神剣ユグドラシルに変形させ、最強最大の攻撃を放つ。
「なにぃいいいいッ!?」
振り下ろした剣より、大地を割る衝撃波が発生した。ゼノスは身を捻ってかわすが、ヤツの剣がスパンと真っ二つになって、宙を舞う。
今の一撃は、元々ゼノスの剣を狙ったモノだった。
「お、俺様の【神鉄の剣】が!?」
【神鉄】はこの世で最高硬度の希少金属だ。それが両断されたことにゼノスは衝撃を受けていた。
「ご主人様、お見事です! 剣聖も剣がなければ、形無しですね!」
コレットの歓声が飛ぶ。その通りだ。
どんな強スキルにも弱点はある。
【剣聖】とは、剣技の攻撃力や攻撃速度を何倍にも高めるスキルだ。逆に言えば、剣さえ奪ってしまえば、無用の長物と化す。
奇しくも俺が剣を壊された前回の対決とは、立場が逆になった。
「チッ! ソイツがエルフの至宝【世界樹の剣】かよ!?」
「一番隊に撤退を命じろ、ゼノス! 以前のフェンリルは何者かに操られていたんだ!」
俺はゼノスに剣の切っ先を突きつける。
「はぁ? 知るかよ、ンなことは……っ! おい、サーシャ! 俺様の予備の剣をよこせ!」
「ちょ……! ゼノスさん、想定外のことが起こりました。撤退しましょう!」
物陰から姿を見せたサーシャは撤退を進言した。
「【神鉄の剣】が破壊された以上、神獣フェンリルに致命傷を与える手段は失われたと判断します!」
サーシャが俺をチラリと見た。どうやら、俺の意を汲んでくれるようだ。
「てめぇ、このごに及んで、兄貴の肩を持つ気か!? 俺様は前回の任務で失態を犯した。今回は絶対に成功しなくちゃ、ならねぇんだぞ!」
ゼノスは切羽詰まった怒声を上げた。
親父は敗者に対して厳しい。2度も失敗したら、どんな制裁を受けるかわからない。
「ふふふっ……ご心配は無用ですわ。【神鉄の剣】が必要ということでしたら、ほら」
ディアドラの目前の空間に黒い穴が開く。彼女がその中に手を差し入れると、燦然たる輝きを放つ剣を取り出した。
「……なんだと!?」
俺は仰天した。
それは、まさしく武器として最上級の【神鉄の剣】だった。
「ありがてぇ!」
ゼノスは後退して、【神鉄の剣】を受け取る。
「ちょいと油断したが、仕切り直しだ! 今度こそ俺様の力を思い知らせてやるぜぇ!」
ゼノスは再度、地面を蹴って突撃してくる。
人間の領域を超えた速度だが、奴が剣士である以上、付け入る隙はあった。
「マヒクサよ!」
俺はゼノスの移動予測地点に、麻痺効果のある毒草を召喚。さらに【植物の武器化】能力で、マヒクサをイバラ状に変形させて、ゼノスの足に巻き付けた。
「うぉ!?」
ゼノスが前のめりにバランスを崩す。
剣士の攻撃は、足運びが命だ。足を
イバラに絡め取られては、攻撃の起点となる踏み込みが殺される。そうなれば、神速の剣撃など放つことはできない。
「はぁ──ッ!」
俺は刃のない剣の腹で、ゼノスを思い切り殴りつけた。
ゼノスは地面を転がるも、慌てて立ち上がる。
「クソッ、痛え! こ、これは麻痺毒か、汚えぞ!?」
「汚い? 戦場で随分とヌルいことを抜かすんだなゼノス。これが【植物王】の戦い方だ」
ゼノスは俺を憎々しげに睨みつける。麻痺に対してゼノスはある程度の耐性を持っているが、それでも動きが鈍っていた。
「一番隊を撤退させろゼノス。これ以上続けるというなら、容赦はしない。腕の一本は覚悟してもらうぞ?」
「な、舐めやがって! 俺は闘神ガインの後継者! 【神喰らう蛇】最強の一番隊隊長だぞ! てめぇごときに情をかけられるいわれなんざねぇ!」
ゼノスが血走った目で吠えた。その顔は屈辱に歪んでいる。
「ゼノスさん、撤退しましょう! 力の差は歴然です!」
「なっ! サーシャ!? て、てめぇ……!」
「……なるほど、残念ですが今の攻防でわかりましたわ。アッシュ殿のお相手は、ゼノス殿では荷が重いようですわね。ここからは私もご助力しますわ」
ディアドラが艶やかな笑みを浮かべる。
その発言はゼノスのプライドをさらに傷つけたようだった。
「ふざけんな! 武器の差で負けただけだ! 本来なら兄貴なんざ、俺様の足元にも……」
「そうですわね。あなたの潜在能力、ギリギリまで引き出して差し上げますわ」
ディアドラがゼノスの肩に手を触れた。
すると赤い輝きが弾け、ゼノスは目を剥いて倒れる。
「ゼノスさん!?」
「……おいおい、どういうことだ?」
仲間割れか? 俺は首をひねった。
すると、ゼノスの全身の筋肉が膨れ上がり、禍々しい漆黒のオーラに包まれた。
「こ、こいつはまさか……?」
ゼノスはむくりと起き上がる。その目は赤い輝きを放ち、明らかに正気ではなかった。
これは、あの時のグリフォンと同じ状態か?
「狂戦化ですわ。ゼノス殿は、全ステータスが1.5倍になる代わりに、敵を全滅させるか自分が死ぬまで戦い続ける狂戦士と化したのです」
ディアドラが笑い声を上げる。
「なんですって!? あ、あなた、一体、何を……!?」
サーシャが息を飲んだ。
「何をって、あなた方の任務達成のサポートですわ。最初に私も協力すると、申し上げたではありませんか?」
ディアドラがさも心外だと言わんばかりに肩を竦める。
ゼノスが身の毛がよだつような咆哮を上げた。
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