13話。世界中の王侯貴族から求められる
次の日の朝──
「あぁああああっ! お兄様がソファで寝ているのに気づかないなんて! 私のバカ、バカァアア!」
俺の隣を歩くミリアが、大声を上げて悔しがっていた。
「いや、さすがに4人で同じベッドを使うなんて……狭いだろ?」
スキル【植物王】の能力で窮地を切り抜けたことは、秘密にしていた。
ミリアたちにまた一緒に寝るように強要されたら、同じ手を使うつもりだからだ。対策でもされたら厄介なことになるからな。
「それなら私がソファを使うので、お兄様がベッドで寝てください!」
「仮にも領主様にそんなマネはさせられないだろ?」
「では、次からは私とお兄様がふたりっきりで寝るのが、一番ですね!」
俺の腰に手を回して、ミリアは愛しそうに身体を寄せてくる。恥らいも何も無かった。
「ハァ!? お、おい、ミリア、貴族の娘ともあろう者がはしたないぞ!?」
思わず階段を踏み外してしまいそうになる。
ミリアはここの領主なので、強く出られると拒否しにくい。だが、うかつにOKしてしまったら、恐ろしいことになりそうな予感がした。
「お困りになったお顔もステキ! 私を意識して照れるお兄様! ああっ、幸せ!」
「……あのな」
黄色い声を上げるミリアに、前からやってきた侍女たちが、何事かと目をむく。
俺は愛想笑いをして、やり過ごした。
「お願いだから、ハゾス様の前では普通にしていてくれよ」
「はい! これからお父様に私たちの結婚の報告をしに行くのですからね」
「違う! ごあいさつも兼ねて、お見舞いに行くんだ!」
俺たちは病気で伏せっているミリアの父、先代領主ハゾス様の部屋に向かっていた。
ハゾス様はかつて俺の才能を認めて、ミリアの護衛を任せてくれた人だった。その際、貴族社会のことや礼儀作法なども教えてくれた。その知識は、大いに役立っている。
ハゾス様は、いわば恩人だった。
「お父様! ミリアです。アッシュお兄様をお連れしました!」
「ミリア、ご苦労だった。アッシュ殿にお入りいただけ」
ミリアが部屋をノックし、許可をもらって入室する。
寝台に横たわった初老の男性が笑顔で迎えてくれた。
ミリアの父であるハゾス様だ。5年前に別れた時と比べて、やつれて顔色が悪い。
神官が代わる代わる治療に訪れているらしいが、回復魔法はあくまで対症療法で、病気を根治することはできない。
「久しいですなアッシュ殿。ルシタニア救国の英雄をお迎えできて、光栄だ。この度は、我がユースティルアをエルフの襲撃から守っていただき、感謝の言葉もない」
「いえ、大恩あるハゾス様に少しでも御恩返しできたのでしたら、これに勝る喜びはありません」
俺が一礼すると、ほぅっとハゾス様は感じ入ったような声を出した。
「この私に少しでも恩を感じてもらえていたとは幸いだ。できればアッシュ殿に、何か恩賞を与えたいのだが……あいにくとユースティルアは貧しい。娘のミリアを嫁にもらってはいただけぬかな?」
「はぁ? い、今なんと……?」
俺は耳を疑った。
俺は平民だ。ミリアは俺と結婚したいなどと騒いでいるが。それは彼女が暴走しているだけで、ハゾス様が俺を婿に迎えるなど有り得ないと思っていた。
「お父様! グッジョブです!」
ミリアがガッツポーズを決める。
「俺は平民ですよ? あまりに身分違いと申しますか……」
「さあ、お兄様、結婚しましょう! 今すぐしましょう! 今、ここで誓いの、キ、キキ、キスを!」
「おい、ちょっと待て!」
ミリアが抱き着いてきて目を閉じるので、俺は慌てて離れた。
「ミリアはこのようにアッシュ殿のことを好いておる。身分違いなど、取るに足りぬ瑣末事ではありませぬか?」
「そんなことは無いと思いますが……平民を一族に迎えたりしたら、ユースティルア子爵家の名は地に落ちるのでは?」
「ハハハハッ……! 平時であれば、そうでありましょうが、今は乱世。名より実を取らねば、生き残ってはいけませぬ。この通りですアッシュ殿。我が息子となってはいただけませぬか?」
ハゾス様は、俺に向かって深く頭を下げた。まさか、そのようなことをされるとは思わず、俺はビックリ仰天する。
「ハゾス様……乱世とは?」
「不作が続いて、エルフが侵略をしてきました。食糧を奪い合っての戦争が、これから本格化していくでしょう。
エルフとの争いだけでなく、人間同士の争いも激化していくことは火を見るより明らかです。ここユースティルア周辺でも野盗による略奪が横行し、治安が悪化しておるのです」
ハゾス様は顔をしかめた。
「ご存知でしょうが。今や王国政府は治安維持を正規軍ではなく、【神喰らう蛇】などの上位冒険者ギルドに頼っております。先の神獣フェンリルの復活で、王国騎士団が壊滅したのが特に痛い。
もはや各領主は、王国政府に頼らず自衛できる力を持たねば、やって行けぬのです」
「それは確かに……」
王国政府に頼れず、報酬の高い上位冒険者ギルドに野盗の討伐依頼も出せない貧しい領地は、遠からず無法地帯となるだろう。
それならば、今は乱世と呼べるかも知れない。
「それにアッシュ殿は大量の小麦と、エリクサー草をスキルで出現させたそうですな? 領民たちが、それはもう歓喜しておりました。これがどういうことか、おわかりか?
食料難の今の時代において、アッシュ殿のスキル【植物王】は、まさに天下を左右する力です」
ハゾス様は断言した。
「この事実が知れ渡れば、世界中のすべての王侯貴族がアッシュ殿を欲しがるでしょう。中には娘を嫁がせて、アッシュ殿を一族に取り込もうとする王侯貴族もおるでしょうな。この私やエルフの王女殿下のように」
俺は生唾を飲み込んだ。何か話が異様に大きくなっている。
世界中の王侯貴族が俺を欲しがるなんで、まるで実感のわかない話だ。
「コレット王女のことも、すでにお耳に入っていましたか?」
「無論です。それもあって、うかうかしておれぬのです。食料やエリクサー草を無限に出現させられるアッシュ殿が、もしエルフ王となり侵略に乗り出したら……ルシタニア王国は簡単に滅ぼされるでしょうな」
「俺はそんなことをするつもりはありませんが……それが可能であるというだけで、脅威ということですね?」
軍隊にとって頭の痛い問題が、敵地での兵糧の確保だ。数千単位の人間を食わせるためには、莫大な食糧が必要だが、これを補給するのが難しい。
無限に食糧を出現させられれば、この問題から解放される。これは戦争において圧倒的な優位性だった。
その上、怪我の治療もノーコストできるとなれば、その軍団は無敵に近くなるだろう。
俺のスキルは個人戦闘には向かないが、戦争には向くということだ。
「さすがは聡明でいらっしゃる。いかがでしょうか? コレット王女ではなく、我が娘ミリアを妻としていただくことはできませぬかな? このハゾス・ユースティルア、たっての願いです」
ハゾス様が真剣な眼差しを向けてきた。
ミリアのことはかわいいと思うが、ずっと妹だと思ってきたし、いきなり結婚しろと言われても困る。
それに俺はまだ、最強になるという夢を捨てきれていない。ミリアと結婚したら領主となる訳だし、思う存分、剣とスキルを極めることができなくなるだろう。
何と言って断るべきか、俺は頭をめぐらす。
「コレット王女は、今、ユースティルアのためにエリクサーの調合をしてくれています。ここで彼女の願いを完全に潰すようなことをするのは、得策ではないかと思いますが?」
「むっ、それは確かに……」
ハゾス様は思案顔になった。
コレットに反感を持たれてエリクサーを手に入れられなくなったりしたら、手痛い損失だろう。
「ぐぬぬぬぬッ! それはそうかも知れませんけど……お兄様をユースティルア子爵家に迎える方が、よっぽど重要かと思いますよ、お父様!」
ミリアが唇を噛んだ。
「コレット王女はイイ娘ではあるんですが、恋愛は食うか食われるかの生存競争です。私は絶対にお兄様と結婚するんです!」
「おいミリア。コレットはハゾス様の病を治すためにも、エリクサーを調合してくれているんだ。なら権力に訴えかけないで、もう少しフェアに勝負したらどうだ?」
「くっ……! お、お兄様……」
痛いところ突かれてミリアは押し黙る。
「わかりました。それではアッシュ殿は、我が養子となるということで、いかがでしょうか? ミリアはアッシュ殿を兄と慕っておりますしな」
「ア、アッシュお兄様が、本当のお兄様になる! それはステキな提案だわ!」
ミリアが俺に腕を絡ませてきた。
「養子なら結婚もできるし、兄妹なら、一緒にお風呂に入ったり、同じベッドで寝てもおかしくないですものね!」
「ちょっと待て! それは絶対におかしい……! どこの世界に15歳にもなって、兄とお風呂に入る娘がいるんだ!?」
「エヘヘへ……妻の座を狙う妹としては、当然です!」
なにか、すげぇおかしいことを、はにかみながら告げられた。
「領主はこれまで通り、ミリアに務めさせます。アッシュ殿の自由を束縛するようなことは致しませぬ」
「ハゾス様……!」
俺の心の内を見透かした破格の申し出だった。それなら修行になんの支障もないな。
コレットとも【世界樹の剣】をもらう代わりに、謀反人を倒すと約束している。
ユースティルア子爵家お抱えの騎士団や兵を貸してもらえる立場になれることは、ありがたい。
それにハゾス様の養子とさせてもらえることは、純粋にうれしかった。
俺は実家から追放された身だ。どこか身を寄せることのできる居場所が欲しかった。故郷のこの地なら、何も言うことはない。
「どうでしょうかな?」
「俺なんかでよろしければ、ぜひハゾス様の息子にしてください」
俺は深々と腰を折る。
「おおっ、これはありがたい! 私はミリアの他に子に恵まれませんでした。こんな頼もしい息子を迎えることができれば、ユースティルアの地は安泰です」
ハゾス様は、安堵に顔をほころばせた。
「お兄様! 今夜は真の兄妹になれたことを祝して、お、おおお、お風呂でお背中、流させていただきます! ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
ミリアが何を想像したのか、頬を赤く染めた。
「だぁああああッ! もうそれは止めろ! 一緒にお風呂に入るのは、絶対になし! ふつうにセクハラだぞ!」
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