11話。戦勝の宴
「お兄様の歓迎と、戦勝を兼ねた宴です。どうか遠慮なく楽しんでくださいね!」
ユースティルアの領主ミリアが、溢れんばかりの笑顔で告げる。
目の前のテーブルには、竈から出されたばかりのこんがり焼けたパンが、編みカゴにいくつも盛られていた。
肉汁の滴る分厚いステーキに、色とりどり野菜サラダ、みずみずしい果物が食卓を彩っている。
「ぉおおおおっ! やったぁ!」
大興奮のリルがテーブルマナーもへったくれもなく、料理に片っ端から喰らいつく。
給仕役のメイドたちが、呆気に取られていた。
リルは浮浪者のような格好をしていたので、ミリアがエプロンドレスのメイド服を着せていた。
この格好で『あるじ様』とか言われると、グッと来るモノがあるな……って、そんな場合じゃない。
「リルぅ! せめて椅子に座ったまま、ナイフとフォークを使って食え! 手づかみで、俺のステーキまで食べるじゃない!」
リルが俺の分の肉料理まで、ヒョイっと口に入れてしまったので、慌てて注意する。
「ふぇ?」
リルは意味がわからず、目を瞬かせた。
「……ちょ、ちょっと驚いたけど、まあ、良いわ。今夜は無礼講よ。リルさんのおかげで、隠れていたエルフたちを捕らえることができた訳だものね。あなたには、感謝しているわ!」
ミリアが鷹揚に笑う。
よかった。ふつうなら、この場から叩き出されてもおかしくない。
リルには事前に、食事は手づかみで食べないように言い含めていたが、即席でマナーを身に着けさせるのは、やはり無理だった。
「ありがとうミリア。この娘はちょっと、特殊な生い立ちで……根は悪い奴じゃないんで、仲良くしてやってくれ」
「はいっ、お兄様のパーティメンバーなら当然です。それよりお兄様、今夜は久しぶりに……お、お、同じベッドで休みませんか? お兄様とお話したいことが、いっぱいあるんです!」
「ブッ!? いや、もう子供じゃないんだから、無理!」
思わず料理を喉に詰まらせそうになった。
ミリアは顔を赤く染めている。そんな目で見られたら、意識してしまうでしょうが。
「ミリアさん、『妹』としてアッシュ様に甘えたい気持ちはわかります。でも、ご主人様には、エルフ王として、わたくしとの間に世継ぎを作るという大事な使命があるのです。どうか、ご遠慮くださいませ」
コレットが優雅に料理を口に運びながら冷たく告げる。凛とした絵になる姿だった。さすがはエルフの王女といったところか。
言っていることは、相変わらずおかしいが……
「コレット王女、お兄様はエルフ王になるつもりはないと、何度もおっしゃっているわよ? 人の話を聞いていないのかしら? それにお兄様は、ずっと昔から、私の私だけのお兄様なんだからぁ!」
ミリアは感情的になって立ち上がる。
「ユースティルアにご滞在中は、お兄様は私と同室。同衾! これは領主権限による決定だわ!」
「おい、待て! 同室はまだわかるが、同衾ってなんだ!?」
俺は慌ててツッコミを入れた。
「……そ、それはもちろん、お兄様と愛を確かめたいということです」
「それなら、わたくしもご主人様と同室とさせていただきたいと思います!」
コレットが怒気をみなぎらせた。
「ちょ、ちょっと! 何の権利があってそんなことを言うのよ、あなたは?」
「権利ではなく、義務です! ご主人様はエルフ王となられるお方、わたくしはご主人様にお仕えする者として、その身をお守りする使命があります! 就寝中は、もっとも無防備となる時。ならわたくしも同じベッドで休んで、ご主人様をお守りするのが、道理です!」
「そんな道理があるか!? 逆に身の危険を感じるから、やめろ!」
「うん? みんなで一緒に寝る。リルもあるじ様と一緒に寝る! 楽しい!」
リルが無邪気に俺に抱き着いてきた。そのまま、俺の膝の上にちょこんと座る。
「ああっ! 私の特等席が!」
ミリアが頭を掻きむしった。
「くっ……リルさんも侮れません」
「リル、あるじ様の匂い好き。あるじ様は、あるじ様の匂いがする!」
「匂い?」
そう言えば初めて会った時も、そんなことを言っていたな。
神獣フェンリルの元々の主人と言えば悪神ロキだ。ロキは世界樹の根元に湧く泉の水を飲んで、強大な力を手に入れたという。
そのロキと、俺が同じ匂いをしているのか。
「リル、ずっと暗いところに一人ぼっちだった。あるじ様に会えて、うれしい」
リルは両足をパタパタと振る。行儀が悪いが怒る気にはなれなかった。
考えてみたら、この娘は2000年近くも神々に封印されてきたんだな。
「……リル」
頭を撫でてやると、リルはうれしそう目を細めた。
「リル、お腹が膨れてきて、苦しい。服、脱いじゃって良い?」
「だぁああああ!? それは絶対にやめろ!」
リルがメイド服を脱ごうとしだしたので、慌てて阻止する。メイド服が複雑な構造になっていて、簡単に脱げなくて助かった。
給仕役のメイドたちも含めて、全員が絶句している。
「ちょっと、あなた本気!?」
「うん。お腹いっぱいになったから。リル、あるじ様と一緒に眠る」
「と、とりあえず! リルもこう言っているし、今夜は4人で一緒に寝るということで……どうだ?」
火に油というか、新たな火種がぶち込まれそうになったので、俺は妥協案を出した。
美少女と3人と一緒に寝るなんて、想像しただけで、鼻血が出てきてしまいそうだが……
おそらくこう言うしか、この場を収めることはできないだろう。
それに俺は秘策を考えていた。この手を使えば、彼女らと同じベッドで寝なくて済むハズだ。
悪いが、お前たちの思い通りにはならないぞ。
「「ご主人様(お兄様)がそうおっしゃるのであれば……!」」
「わ~い! みんなで一緒に寝る!」
コレットとミリアが、お互いを睨みながら、同意した。
リルは無邪気に喜んでいた。





