10話。王位の簒奪者
「コレット王女に逃げられたどころか。グリフォン獣魔師団まで敗れるとは、どういうことだ!?」
キースは居並ぶ部下たちを怒鳴りつけた。キースはエルフ王国アルフヘイムの王座を簒奪した男。王国最強の魔法騎士団長である。
その自分が育て上げた獣魔師団が、辺境の街ひとつ落とせないとは、我慢がならなかった。
「キース騎士団長! し、しかし、ユースティルアの食料庫から食糧を奪うことには成功しました!」
「戦果はあったものと思います! これで飢えを多少はしのぐことができるかと……」
部下たちは平伏しながら、必死に手柄を訴える。
「バカ者が! かの街のすべてを奪い尽くし、ルシタニア王国攻略の足がかりとせねば意味がない!」
キースは苛立ちのあまり、王座から立ち上がった。
エルフの民を飢えから救うという大義名分で、キースは謀反を起こした。たいした成果を挙げられないようでは、人心の掌握が困難になる。
早急に大きな結果が欲しかった。
「し、しかし、どうやらグリフォン獣魔師団を撃退したのは、かの最強ギルド【神喰らう蛇】の元隊長。闘神ガインの息子アッシュ・ヴォルドらしいのです」
「なんだと!?」
キースは驚愕する。
アッシュがコレット王女の逃亡を手助けしたとの報告が入っていた。さらに立て続けに、グリフォン獣魔師団まで撃破すると……
コレット王女はもしやアッシュを個人的に雇い、自分たちに抵抗する腹づもりだろうか?
「あらあら。そのように部下の方々を責められてはおかわいそうですわよ、キース様。少々、相手が悪かったですわ」
妖艶な笑みを浮かべてやってきたのは、黒尽くめの服に身を包んだ美女だった。獲物を誘う毒花のような危険な色香を漂わせている。
「ディアドラか。だが、そのアッシュとかいう小僧は、闘神の跡目を継ぐにはふさわしくないと追放されたのだろう? その程度の者に後れを取って、なんとする?」
キースは怒りに拳を握り締めた。
「ふふふっ。先程、あなた様の部下から、改めて報告を受けましたわ。アッシュ・ヴォルンドは、かの【世界樹の剣】にマスターに選ばれたとか……」
「なっ!? バカな!? に、人間ごときが、我らの王になるとでも言うのか!?」
キースは耳を疑った。
集まった部下たちも全員、驚愕している。
「まあ、そういう反応になりますわよね? キース様の部下も【世界樹の剣】が人間をマスターに選んだなどと認めたくなくて、報告が遅れたそうですわよ。まったく、そのせいで対策が遅れて。私がせっかく獣魔師団に預けた狂戦化グリフォンも、討ち取られてしまいましたわ」
嘆きながらもディアドラは、どこか楽しそうだった。
この女はある日突然現れて、キースにドラゴン召喚呪具や、強化した魔物などを無償で提供してくれた。
すべてはキースにエルフの王座を取らせ、その傍らで権勢を振るうためだという。
ディアドラはハーフエルフ。人間とエルフのハーフであり、人間社会的で冷遇されてきたため、キースに協力したいのだという。
動機はわかるが、一体どこでドラゴン召喚呪具などを手に入れたのか? そもそも人間の血が入ったハーフエルフなど信用できない。
だが、断るにはあまりに魅力的な申し出だった。
ディアドラの支援もあって、キースの謀反は成功した。
おかげで、人間の国を侵略するという長年の夢が叶った。
人間よりエルフの方が、強大な魔力を持っている。エルフは人間の上位種族なのだ。
なにより、キースはかつて人間の娘に手ひどく裏切られたことがあった。今でも、そのことを思い出すと腸が煮えくり返る。
人間は心根も下劣な劣等種族だ。
だというのに代々の王は、人間の国を侵略することを禁止してきた。
原因不明の不作で、国が危機に瀕してまで平和だなんだと御託を並べる国王に嫌気が差して、キースは謀反を起こしたのだ。
「だとしたら、アッシュを討ち取って【世界樹の剣】を取り戻さなければならん。ディアドラ、頼めるか?」
【世界樹の剣】のマスターとなれば、生半可な戦力ではかなわない。こちらも最強戦力を繰り出す必要があった。
「もちろん、とお答えしたいところですけど。アッシュは、かの神獣フェンリルまで従えているようですわ。さすがに一筋縄では、参りませんわね」
ディアドラは肩を竦める。
「なんだと!? 神獣フェンリルは、お前がルシタニア王国に打撃を与えるために復活させたのではなかったのか? なぜ、闘神の息子に従っている!?」
キースは内心の動揺を隠せなかった。
アッシュが神獣フェンリルを使役しているとの報告も受けたが、何かの間違いだと、一笑して取り合わなかった。
誇り高き神獣が、人間ごときに従うなど有り得ない。
ましてや、アッシュは任務としてフェンリルを討伐したのだ。それがなぜ、主従関係を結ぶようなことになっている?
「かの者が、神獣フェンリルすら従える器だったということでしょう。だとするとアッシュが【神喰らう蛇】を追放されたのは、不幸中の幸いでしたわね。もし、そのまま闘神の後釜となっていたら、さすがに手が付けられなかったですわ」
「それで、どうするつもりだ? 【世界樹の剣】と神獣フェンリル。このふたつのマスターとなった者が、コレット王女に味方しているとなると……」
厄介どころの話ではない。
キースの脳裏に、最悪の未来が浮かんだ。
エルフ王家の掟で、【世界樹の剣】のマスターに王女は嫁がなくてはならない、とされている。
もしコレット王女が、アッシュに嫁いだりしたら、エルフたちの大半はアッシュを正統な王と認めるだろう。
そうなれば、キースがいかに現エルフ王の身柄を抑えていても無意味だ。エルフたちはキースに一斉に反抗するに違いない。
その前にアッシュを討ち取りたいが、果たしてキースとディアドラがふたりがかりで立ち向かっても、勝つことができるかは未知数だった。
「心配なさらくても大丈夫ですわ。アッシュを倒すためのうってつけの戦力がござきます。そちらを動かす算段は、すでに整えておりますわ」
パチンと、ディアドラが指を鳴らすと、エルフたちが荷車に積んだ金塊を運んできた。
「な、何という巨大な金塊だ!?」
その眩い輝きに、キースは目を剥いた。
おおっ、と感嘆の声が、王座の間に広がる。
「ふふふっ。我が偉大なるマスターが錬金術で作り出した純金ですわ。これで世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】を雇います。依頼内容は【世界樹の剣】の奪還と、神獣フェンリルの討伐。さすがに闘神ガインを相手にしては、アッシュ・ヴォルドも分が悪いでしょう」
【神喰らう蛇】は金で動く組織だ。闘神ガインは、力と金に何よりの価値を置いている。『金は力を呼び、力は金を呼ぶ』が座右の銘らしい。
なら追放した息子と戦うことになんら躊躇はないだろう。
「なるほど。我らは戦力を消耗することなく、高みの見物という訳か」
キースは笑みを見せた。
同時にディアドラのマスターとやらに戦慄する。
錬金術は、金を生み出すための学問だ。
その研究過程で、さまざまな魔法のアイテムやキメラなどの合成魔獣が生み出され、魔法の発展に大きく貢献してきた。
だが、その最大の目的である金を生み出すことに成功した者は、歴史を紐解いても未だかつていないとされている。
実在することのない本物の錬金術師。それがディアドラの師であるなら、彼女の絶大な力も納得できた。
無論、金を生み出したなど、ハッタリかも知れない。それでも、これだけの金塊をポンと出せる資金力は、驚異的だった。
「ええっ。それだけでなく【神喰らう蛇】と交渉して、ルシタニア王国から何か依頼されても断るようにさせますわ。運悪く、ルシタニア王国は狂暴なモンスター軍団に襲われるかも知れませんが……アテにしていた戦力は、使えないというこになりますわね」
ディアドラの高笑いが王座の間に響いた。
【神喰らう蛇】とアッシュの全面対決が始まろうとしていた。
これで第2章が終了です。
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第3章からいよいよ、追放者側と戦っていきます。
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