第25話 迷惑系の襲撃、撃退、芽生える信頼
突然、大きな声が家の外から聞こえてきた。と同時に、ドアがどんどん叩かれるのがわかる。
「えっなにっ」
反射的に、杠が小さな悲鳴を漏らす。リンレンも驚いたようで、身を寄せ合っていた。が、俺はその声に聞き覚えがあった。記憶を探ると、すぐにヒットする。
「イナズマか……」
迷惑系YouTuber・イナズマリョウ。姫花の三回忌に、俺の実家に凸してきた人物だ。
通路に面した窓ガラスには何人かの人影が写っており、あのときの他の面子も来たことは想像に難くない。どうやら、杠かリンレンのことを知る誰かが、ネットに住所を書き込んでしまったようだ。
「リョータ、どうしよう」
「大丈夫だ。俺が出て話してくる」
「で、でも」
「お前はまだ子供だ。家の中までは踏み込んでこない。相手は法律勉強してるから、住居侵入罪になるってこと知ってるはずだ」
そう言っている間も、イナズマは奇声を上げ続けた。近所迷惑以外の何物でもなく、普段は杠より動じない印象のリンレンも、恐怖で震えている。俺は3人にコクリとうなずいたのち、ドアを開けて外に出る。
「リョータ出てこいやーっ!! ……リョータ、本当に出てきたじゃねーか」
「いや呼んだのそっちでしょ」
例のごとく、イナズマは俺を見ると驚いた様子を見せる。
が、今日は引くつもりはないようで、同行者の中には例のカメラマンもいて、今のやり取りを撮影していた。あの日、改心した素振りを見せていた彼らだったが、残念ながらまた元の道に戻ってしまったようだった。
家から距離を取らせるために階段を降りると、イナズマが口を開いた。
「リョータ、カケルの動画観たかあ?」
「……やっぱそのことか」
「お前、妹を事故で亡くしてるらしいなあ!? ……その節はなんていうかご愁傷様と言うか」
「あの、迷惑系YouTuberならちゃんとやってもらえます?」
「と、とにかくだっ!!」
イナズマは大きな声を出す。威嚇するというより、自分を叱咤激励している感じで。
「今日はなんの用ですか?」
「さすがリョータ、話が早くて助かるぜ」
「それはどうも」
「簡単なことだよ。見せてほしいんだ。妹の顔がうつった写真を」
「……はっ?」
一瞬、なにを言っているのか理解できなかった。途端、イナズマたちの顔がニヤッとゆがむ。
「妹、一度も動画に出てきたことないし、写真もネットにあがってないだろ。でも、視聴者は今めちゃくちゃ気になってる。カケルの動画のせいで、『どんな顔なんだよ?』って。だからリョータから写真をもらってYouTubeにアップする。めちゃくちゃ再生されるに決まってるっしょ」
きちんと聞いてみたが、それでもワケがわからなかった。
「……いや、なんでそうなる。妹はYouTuberじゃないし、しかももう死んでるんだぞ」
「知ってるよ。でもみんな見たいだろ? リョータがあそこまでかわいいかわいい溺愛してたんだ。カケルチャンネルから抜けるきっかけになったんだ。さぞかしかわいかったんだろうなって、みんなが思ってる」
たしかに、そういう人もいるかもしれない。YouTuberが人気の職業になるにつれ、恋人の存在や学歴、過去の整形歴……そういうことを調べる人も増えたのはわかる。本人にとって暴かれたくないことこそ、受け手は一番喜ぶモノだからだ。
でも、俺たちにも人権はあるはずだ。踏み込んではいけない場所があるはずだ。
「なんでそんなことしたいんだ。迷惑系YouTuberは辞めたんじゃないのか」
「一度は辞めたよ。リョータに丸め込まれてな。でも、気づいたんだ。迷惑系YouTuberって言うけど、べつに迷惑じゃないなあって」
「どういうことだ?」
「だって、凸されたほうも動画にできるだろ? こんな迷惑行為を受けましたって。ネタ考える手間省けるし同情も集められるし、再生回数も伸びやすいからお金にもなる。これもはや一種のプロレスだよなって」
「なんだそのむちゃくちゃな理論……」
明らかにそんなのは、迷惑行為の代償に見合ってない。
「でも、YouTuberなんて人生全部コンテンツにする生き物だろ? なのに、都合の悪いところだけ隠すなんておかしいじゃねえか。だから俺が晒してやろうってさ」
「いや、むちゃくちゃ過ぎだろ」
「散々うまい汁吸ってきたのに、俺は不幸だって顔しやがって。YouTubeやるなら妹の死もコンテンツにしろよっ」
「お前、いい加減にしろ! 俺の気持ちわかんねえだろっ!」
「それはこっちのセリフだっ! お前みたいに始めるのが早かっただけのやつにはわかんねえだろっ俺たちの気持ちなんかっ!!」
そこでイナズマが叫んだ。住宅街のなかに怒号が響き渡る。これはもう近所迷惑ではなく、事件だ。
だが、イナズマは覚悟を決めているようで、一歩また一歩と俺に詰め寄ってくる。自然な動きで肩をぶつけてくるものの、暴行に見えないように手は上げてこず、思考能力はまだあるよう。だが、いずれにせよおかしくなっているのは間違いない。
そして、彼は後ろにいた同行者たちに告げる。
「おい、リョータを捕まえとけ」
すると、いきなり男2人が俺を後ろから羽交い締めにしてきた。抵抗を試みるが、2人がかりなので動くこともできない。仲間が暴行するのはいいようだ。
「な、リョータ。俺があんたの家に初めて行った日のことを覚えてるか?」
「覚えてるかって、忘れるかよ」
「あの日、ファミレスから帰る途中にリョータの家の前をもう一回通ったんだ。で、そのときに法事がやってたんだ。さすがの俺も法事中に騒ぐほど非常識じゃないからその場は帰ったけど、ずっと違和感があった。おかしいな~変だな~って思ってて、で、スマホのカレンダー見て気づいたんだ。法事のあったちょうど2年前って、カケルチャンネルのイベントが幕張であった日だって」
そう言うと、イナズマは自分のスマホを取り出し、写真を見せてくる。
それはあの日、幕張で行なわれたイベントの会場で撮影されたものだった。オフィシャルグッズを身に着けて、等身大パネルの前でピースを決めるイナズマは、どう見ても普通の好青年だ。
「あの頃、新卒で入った会社がブラックで、めちゃめちゃ病んでたんだよ。だから、イベントが楽しかったし、『明日からも頑張ろう』って思えた。楽しかったな~」
「昔話するなら、羽交い締めやめてもらいたいんだけど……」
「あ、これ雑談」
手をピッと前に出し、イナズマは俺を制すると。
「で、話を戻すと、そのイベントの2年後に法事が行なわれてた。あんたの家って時点で家族だろう。そして、あのイベントの後から、リョータはカケルチャンネルにまったく出なくなった……ってことはだ。きっと、亡くなったのは妹で、カケルとの間になにかあったんだろうなって」
「……」
「で、、カケルのあの動画観てビンゴだったんだなって」
イナズマはニヤッと笑いと、俺のズボンのポケットに手を伸ばし、スマホを取り出した。
そして、しゃがむと、俺の親指をスマホに押し付けようとする。
「おいっ! 離せっ!!」
「動くなって。動くと指紋認証できないから」
「やめろっって!!」
叫ぶが、当然ながらイナズマはやめない。
「……お、ロック解除完了~!」
イナズマはニヤリと笑うと、スマホを触り始めた。その顔は卑しさにあふれており、どうして根は善人と思っていたのか、過去の自分を殴りたくなる気分だ。
「お、同じ女の子の写真がいっぱいあるな……あ、えでも、おかしいぞ。これは『ゆずりはちゃんねる』の子だろ。あれ、でもリョータもなんか若いような……」
そこで、ハッとした表情で顔をあげる。
「お前、もしかしてこれ死んだ妹なのか?」
「……」
「やべえ、こりゃ一大スクープだ……リョータが『ゆずりはちゃんねる』を手伝い始めたのは、死んだ妹にそっくりだったから。だから無名なのに手伝い始めたんだ」
「違うっ! 離すんだっ……っておっ」
強い勢いで後ろから押され、俺は地面に転げる。拘束していたふたりが、手を離したらしい。カメラを持って撮影していた男が近づいてきて、接写しているのを後頭部に感じる。見上げると実際そうで、口の中に血と泥の味がにじんだ。
「お前ら、こんなことしていいと思ってるのか……」
「いいとは思ってないよ。でも僕たちYouTuberじゃないすか。世間的な信用ないんです。だから警察に言っても無駄だよねっていう」
イナズマは俺の頭を踏みつけた。怒りと情けなさと痛みで体が動かない。
「監視カメラもないだろうしスマホ持ってってもいいんだけど、でもそうなるとさすがにかわいそうだし、写真を俺のパソコンに送るだけで許してやるよ」
「や、やめろ」
しかし、手をのばすと、背中に重さを感じる。イナズマの連れが踏みつけているらしい。姫花の写真が世に晒され、卑しい好奇心の対象になってしまう……。
と思ったそのときだった。
「ぶうぇっ!!!」
なにか猛烈な風を感じたと思ったのと同時に、目の前にいたイナズマがいきなり吹き飛んだのだ。
しかも、それだけでなく俺を踏みつけていたイナズマの連れふたりもうめき声をあげ、背後に倒れ込む。
「良太、平気だった?」
顔をあげると、そこにいたのは黒髪ショートカットの、快活そうな雰囲気の女子。
「み、みれいっ!」
「ごめん来るの遅れたっ」
「な、なんでここに」
俺の問いに答えず、みれいは立ち上がろうとしたイナズマに下段、中段、上段とリズミカルに蹴りを入れ、最後に正拳突きを入れた。ぐほっと大きな声でうめき、イナズマがその場に倒れる。
そして、それを確認すると、みれいはこちらを向いた。
「あの子から電話もらったの」
視線を向けたほうを見ると、杠が少し離れた場所にいた。
「良太のパソコンのLINEから電話したの!」
「そうか……助かったよ、ありがと」
「ちょいちょい、まだでしょ」
みれいはそう言うと、地面に転がっていた俺のスマホを拾い上げる。
「大丈夫。まだ送信はされてない」
それを杠に手渡すと、すっと横を見る。そこにいるのは、緑色の髪をした、アラレちゃんメガネをかけた男だ。
「ひっ」
彼は小さく悲鳴をあげるが、体が固まっているのか動かず。
「おりゃー!」
「あっ」
「取った!」
と、そこで背後からリンとレンがカメラを奪い取った。そして、
「交番に走ります!」
「走ります!」
そう言うと、一目散に走っていく。
「ま、待て! 逃げるな卑怯だぞっ!!」
イナズマは地面に突っ伏しながら、そう叫んだ。だが、その前にふたりの人が立ちふさがる。みれいと杠だ。
「おい誰が卑怯だ誰が」
「そうだよ。勝手に家に来て盗撮してYouTubeにあげようとしてたくせに」
「しかも人の秘密を勝手に暴露しようとしてさ」
「う、うるせえ……俺はただ、ずるい奴らから視聴者を……」
イナズマがそんな風に言いかけるが、
「は、意味わかんないんだけど?」
すぐにみれいが一笑に付した。
「あんたらのチャンネル迷惑行為ばっかで全然面白くないじゃん。再生回数稼いでるかもだけど、面白くはないからね、絶対。どう考えても『ゆずりはちゃんねる』のほうがいいから」
そう述べるみれいの表情に、ウソの色は少しもなかった。この反応には当の杠も少し驚いたようだが、すぐにイナズマを睨む。
「絶対に許さないから」
「あたしも。気が合うね」
「ね。意外と合いますね」




