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第24話 秘密の核心、写真、謎が解ける

「……俺とカケルがYouTubeを始めたきっかけって知ってる?」


 俺の問いかけに、杠が顔をあげる。


「世間的にはさ、『自分を生まれつきのスターだと信じていて、学校でも人気者だったカケルがごく自然に周囲の仲間たちとYouTubeを始めて、弟のリョータを誘った』って言われてるだろ?」

「はい。動画でも言ってるの観たことあります」

「半分ホントなんだけど、半分ウソなんだ」

「どういうことですか?」


 杠が尋ねてくる。自然と口調が敬語になっていることに気づく。


「あいつが学校で人気者だったってのは本当だ。生徒会長とかやってたし、今思えばだけど、当時から独特なカリスマ性があったと思う。友達とYouTubeをやってた時期があるのも本当だ……でも、それより前に、俺と一緒に動画撮って遊んでたことがあるんだ」

「え、そうなんですか」

「しかも、俺が『一緒に撮ろう』って誘ってさ……もともと、妹は病弱で、病院に入院してる時期が長かったんだ。病院って娯楽ないでしょ?」

「入院したことないけど、と思います」

「だからこそ、俺は彼女を楽しませたいと思った。それであいつに手伝ってくれって頼んだんだ」

「……」

「当時、俺が小学生でカケルは高校生だったから、ホントに子供のお遊びだよ。それこそメントスコーラとかやってた」

「定番ネタですね。カケルチャンネル絶対にやりそうにないのに」

「でも、それでも妹は笑って楽しんでくれた。だからそれで良かったんだ」


 自然と、自分が饒舌になり、表情も柔らかくなっていくのがわかる。


「そのあと、妹は元気になって病院のお世話になることも少なくなった。だから、俺ももう動画撮ることなくなるな……そう思ってたときに、カケルが高校の友達とYouTube始めたんだ。であるとき、俺に『編集してみないか?』って聞いてきて、いつの間にか友達をクビにしてて」

「あ、それ前に軽く聞いたやつ……そっか。カケルチャンネルは、リョータさんがきっかけだったんだ」


 確かめるように言う杠の言葉に、俺は黙ってうなずく。


「俺にとっても、YouTubeをやるのは悪いことではなかった。凝り性な俺には動画作りは性に合ってたし、なにより、妹を楽しませ続けられるのが嬉しかった。入院はしなくなっても、俺たちが作る動画を観るのは変わらず好きだったんだ」

「素敵な話ですね」

「でも、仕事としてYouTubeをやっていくうちに、カケルは人間が変わっていった。家族より、仕事を優先するようになったんだ」


 そこまで話すと、杠は口をつぐんだ。カケルチャンネルのファンとして、俺が言っていることは、彼女には十二分に理解できたようだった。


「それまでもクラスの人気者とか生徒会長とかで、人の支持を集めることはしていた。でも、YouTubeは規模がまったく違うし、パワーが数字で目に見える。登録者数、再生回数、総再生時間、チャンネル登録者数の順位……あらゆることが、明確な数字として可視化されて、順位として出る。カケルはその魅力にとりつかれたんだ」


 もともと、カケルはそこまで野心の大きな人間ではなかった。


 しかし、自分が人の心を掌握する才能に長けていることには気づいていた。


 そして、YouTubeという世界でも、その才能は通用することに気づいた。


「そうやっていくうちに、だんだん距離が生まれていったんですか?」

「簡単にまとめるとそうなるな」

「すみません、簡単にまとめてしまって」

「いいんだ。俺とカケルの間には色々ありすぎた。だから全部なんか到底話せないし、話せば話すほどワケわかんないことになるから、簡単にまとめるくらいがちょうどいいんだ」

「……なら、いいんですけど……」


 杠は、さほど納得していない様子だった。彼女がなにを不満に感じているのか、わからなかった。話を切り上げたくて、俺はこう告げる。


「まあ、あとはカケルの動画を観てくれ。たぶん、俺とカケルが明確に決別した日のこととか、喋ってると思うから」

「わかりました……あの、ひとつお願いがあるんですけど、いいですか?」


 強い目だった。はっきりとした意思を感じさせる目だった。


「さっきから、明らかに妹さんの名前言ってませんよね? 名前、教えてもらえませんか?」


 俺がなにも返せないうちに、杠はそう言った。


 そして、そこで俺は気づく。その目にははっきりとした意思だけでなく、聡さも含まれていることに。


「ひめ……か、だ」

「ひめか……さん」


 確かめるように、一文字ずつはっきりと口にする杠。俺の目をもう一度見ると、


「あの、写真とかって見せてもらえませんか?」

「……」


 俺はポケットからスマホを取り出すと、写真のところをタップ。最近の写真が入っているフォルダではなく、2年以上前のものを開いた状態で、杠に手渡した。


「あれ、これってわたしの昔の……」


 そんな言葉が小さく漏れ、最後まで言い切る前で途切れた。画面をスクロールさせる指とは対照的に、彼女の表情は固まっていく。


「わたしの……昔の……じゃない」


 そして、自分で訂正するかのように、さっきの言葉をもう一度こぼした。


「姫花だ。かわいいだろ?」

「……」


 その言葉に、杠は反応せず。


「そういうことか。謎が解けた」


 そして、ひとり語りを始める。


「ずっと引っかかってたんだ。初めて会ったとき、『姫花か?』って聞かれて、あのとき良太ごまかしてきたでしょ? だからわたしも一回納得したんだけどさ。この間、一緒に寝てたときに『あれ、これ絶対なんかあるぞ』って」


 俺が姫花が亡くなるときの夢を見た、あの日のことだ。夢からさめた直後だったこともあり、あのとき、俺は杠を姫花と呼んでしまった。


 でも、本当に姫花に見えたんだ。とても、リアルな夢だったから。


「それで、ググってみて今さら知った。妹さんと同じ名前だって。でも、事故で亡くなったって知らなかったし、良太がなにを考えてるのかわかんなくて……でも、今納得した。わたし、姫花さんにそっくりだったんだ」

「ごめん、杠」


 謝罪の言葉が、口をついて出た。理性を抜かして、放たれた。


「なんで謝るの?」


 しかし、杠は冷静だった。


 優しい笑顔で、俺の顔を覗き見るような体勢で。


 妹系YouTuberとは思えない、大人びた表情だ。


「なんでって……言わなくて隠してたこととか」

「言いにくいことなんか誰にでもあるってさっき話したじゃん」

「それはそうだけど……似てるから、プロデュース引き受けたって思わせちゃうかなって……」


 言っている途中から、声が消え入りそうになり、最後はほとんど出ていなかった。そうしないように意識を声帯に向けたのに、もはや全然無意味だった。


 ……しかし、である。


「なんだ。そんなことか」


 杠は軽く吹き出した。


「そんなの思うワケないでしょ」

「そうなの?」

「当たり前。そりゃまあ、プロデュースしてもらい始めたすぐ後だったら少しは思ったかもしれないけど、1週間もすればすぐわかった。ああ、リョータってめちゃくちゃ自分にも周りにも厳しい人だったんだなって。求めるレベルも高いし、熱量も半端じゃない。YouTubeのことが本当に好きで、本当に真剣な人なんだってわかった……なのにだよ? 妹に似てるからって理由だけでプロデュース引き受けると思える?」


 杠は詰まることなく、ごくごく自然なテンションでそう語った。その口調にはウソの雰囲気は一切なく、俺に気を遣っている様子もない。本当にそう感じていることが伝わってきた。


「そっか。そうだったのか……」


 今までずっと気にしていたことは、目の前の少女にとっては、なんてことにない些細なことだった。


「むしろ、わたしのほうがごめんって感じだよ」

「えっ」

「だって妹さんにそっくりなのに、いきなり会いに行って、プロデュースしてくれなんて言って……きっとすごく複雑だったよね」

「いや、複雑というか……」


 どう言えばいいのか難しい。だけど、ちゃんと伝えないといけないと思った。ここで逃げると、絶対に後悔すると思った。


「そうだな、複雑だったのはたしかだと思う。姫花が亡くなって2年経って、やっと少しずつ心の傷も癒え始めてた頃だったし」

「そうだったんだ」

「だからこそ、みれいもあんな感じだったんだと思う。俺がさ、せっかく前を向き始めたのに、また後ろ向いたと思ったんだよ」

「うん……」


 杠は、心の痛みを我慢するかのように顔を歪める。以前、みれいに放った言葉を後悔しているのがわかる。


「でも、誤解しないでほしい。さっきも言ったけど、俺が杠をプロデュースしようと決めたのは、杠に可能性を感じたからだ。そこは本当。それに、過去にとらわれているワケでもない。だって今、YouTubeやっててすごく楽しいんだ」

「うん。わたしも楽しい」


 杠は笑顔を浮かべる。


 その笑顔はかつての姫花とそっくりで、写真の中の姫花ともそっくりで、俺は嬉しくて、少し悲しくなる。


「……だからさ、俺はもう大丈夫なんだ。姫花のことは一生忘れられないし、忘れるつもりもないけど、過去にとらわれてるってことじゃない。姫花のことは大切な思い出としてここに持って、前に進んでいくんだ。進んでいけるんだ……」


 俺は自分の胸に手を当てながら、そんなことを杠に言った。


 これは俺の本心だ。


 姫花がこの世を去ったことで、俺の人生は一度、完全に余生になってしまった。そんな俺の性質が変わるとも思えないから、今後も姫花のことは一生忘れられないだろうし、忘れないと思う。


 だけど、忘れないは忘れないままでも、前に向かって歩くこともできるってことを、目の前にいる杠という女の子が教えてくれた。


 だから、俺はもう大丈夫。過去に残したものなんかひとつも……。


「あのさ、良太」


 そこで、杠が声を出す。杠は少し迷うかのような表情を浮かべたのち、意を決するようにこう告げた。


「良太ってさ、本当はカケルさんと仲直りしたいんだよね?」

「……いや、杠」

「やっぱそうなんだ。良太ってわかりやすいね、ほんと」


 杠が優しく微笑む。


「前から感じてたんだ。良太、カケルさんの話するとき、いっつも寂しそうな顔してるなって」

「俺が、そんな寂しそうな顔だなんて……」

「しかも、なんか後悔してる口調と言うかさ。『~してしまった』みたいな」


 振り返ると、たしかにそうだったのかもしれない。と思う。


「ね、会ってみれば? 会ってちゃんと話してみたらどうかな?」


 杠が提案する。


 正直、1時間前の俺なら、その提案を受け入れていたかもしれない。だけど、カケルがあんな動画をアップしてしまった以上、そういう気分にはもうなれない。なので、申し訳ないけど、杠には断るしかない。


「ごめん杠、俺さ……」


 と、話が一段落しかけた、そのときである。


「リョータあああ!! いるんだろ出てこいやあああっっ!!」

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