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第23話 露見、カケルの報告、秘密の核心

「リョータさんっ! 聞いてますかっ!?」


 杠がそれなりに大きな声で叫んだ結果、俺ははっと我に返る。


 ここは例のごとく、間瀬家のリビング。時刻は夕方の5時だ。


 今日は撮影の予定はなかったのだけど、ネタのストックが少なくなっているのもあり、杠とふたりでネタ会議を行なっていたのだ。なお、リンレンは宿題がやばいという理由で隣の部屋にこもっている。


「悪い悪い。考え事しちゃって」

「もー、ネタ会議やるぞって言ったのリョータさんなんですからねっ」


 杠はなじるように言うが、怒っている素振りはなかった。ので一安心……といきたいところだけど、正直、みれいとあんな会話をした後だと、気持ちもなかなか晴れない。


 みれいの杠に対する想いが変わったのはとても嬉しいことだし、それが『ゆずりはちゃんねる』きっかけというのも嬉しかった。


 だけど、これはあくまで不幸中の幸いというか、幸いをみれいが持たらしてくれた感じなのだ。俺は自分から伝えたワケではなく、しかも、帰宅した際に偶然会った……という流れでの出来事だった。


 みれいのときみたいにならないように、杠には先に自分から伝えておかないといけない。


 だけど、どんなふうに言えばいいのかやっぱりわからない……。


 と、そんなことを思っていると、テーブルの上に置いていたスマホが振動していることに気づく。俺のスマホだ。


「あ、電話だ」

「あ、出ていいですよ。わたし、隣の部屋に行ってるので」

「いやそれは大丈夫。弥生さんだから」


 そう言うと、杠は小さくうなずく。


「やっほー、リョータくん元気だった?」


 スマホから明るい声が聞こえてくる。杠にも聞こえるほどの大きさで、思わずふたりで笑みがこぼれる。


「お疲れ様です、弥生さん」

「いいよー、相変わらず礼儀正しいんだから。付き合い長いんだし、もっと軽いノリで電話させてよ」

「すいません。つい性格で」

「それに、もうリョータくんは事務所辞めた以上、なんの利害関係者でもないんだしさ」

「あ、そうすか。はい」


 気さくなノリで冗談を交えつつ、弥生さんは会話してくる。


 言いにくいことを率先してネタにするのはビジネスマナー的にどうかと思わなくもないけど、でも当事者としては気が楽だったりもする。


「あ、そういやバズってたね」

「……それ本人に言います?」

「事務所で話題になってからさ」

「……」


 まあ、ネタの内容によっては喜べないのだけど。


「それで、今日はどういう要件で?」

「あーそうだった」

「まさか不審者扱いされた件じゃないっすよね」

「って聞くってことはまだ観てないんだ? まーでも急上昇入りするほど時間は経ってないもんね」

「観てない、ってのはどういう?」

「……カケルチャンネルだよ。姫花ちゃんについて語ってるの」


 途端に、弥生さんが冷静な口調になった。同時に、俺の頭の中でカケルの3文字がしっかり再生される。


「マジですか、それ」

「わたしがわざわざウソ言うために電話してくると思う? 今もマネージャーならドッキリだったかもだけど」

「そうですね……」

「じゃ、そういうことね。観てみてね」


 そう言うと、弥生さんは電話を切った。横にいる杠が、けげんな表情でこちらを見てくる。


「カケルチャンネル観ろって言われたんだけど……杠、最近どう?」

「えっと……観てます、じつは」

「申し訳なさそうに言わなくてもいいから」

「はい……あ、でも昨日も観たけどとくに変わった印象は……」


 とのことだった。


 俺はすぐにYouTubeのアプリをタップ。『カケルチャンネル』の文字を数年ぶりに打とうとすると、『カ』の時点で予測変換に出てきた……スマホを新しいものに変えてまだ1年も経ってないので、自分が過去に検索したからヒットしたというワケではないようだ。


 相変わらずの人気を確認しつつ、俺は一番左上に出てきた、最新の動画に目を奪われる。そこには、



   ===


『【ご報告】妹を失くしました。』


   ===



 という文字が並んでいたのだ。


「えっ……」


 隣で杠が声を漏らすのが聞こえる。


 今まで言わないとと思って、でも言えなかったこと。


 妹を失くしており、しかも杠はその子にそっくりであるということ。


 その秘密の、前半が露見してしまった。


「杠、ごめん。今まで黙ってて」

「……いや、なんで良太が謝るの? 黙ってるって、言いたくないってことでしょ。普通に考えたらわかるよ」


 自然なタメ口で、杠が言った。


 ついさっきまで、みれいとのやり取りを思い浮かべていた影響で、反射的に謝ってしまったけれど、たしかにそうだ。


「それに、ごめんなのはわたしのほうだよ……何回か、妹さんのこと話したことあったよね。良太、優しいから怒ったりしなかったけど、すごく酷いこと言っちゃってた……」

「いや、べつに俺はそんな……」


 そんな……の続きが出てこない。本当はこのタイミングで、秘密の後半についても話してしまったほうがよっぽど楽な気がしたが、申し訳なさそうな表情を杠がしているタイミングと考えると彼女には酷なんじゃないか……と思ってしまった。


「とりあえず、動画観ようか」


 なので、そんな提案になる。杠もコクンとうなずく。


 改めてサムネイルを見ると、いつもハイブランドの服を着ているカケルが、シンプルなスーツ姿で、カメラに向かって真面目な表情をしていた。


 一体なにをしでかしたんだ。


 しかも、姫花を巻き込んで。心臓がドキンと大きく脈打つのを感じ、震える指で俺はタップする。

 

 そして、画面が表示されるが、Wi-Fiが弱いのか動画がなかなか再生し始めない。


「遅いな……」


 と、俺はそこで、動画の概要欄に気づく。いつもはセカンドチャンネル、プロデュースしているアパレルブランドのサイト、ツイッター、インスタグラムなどのURLが貼り付けられているだけなのに、この日は長々とした文章が書かれていたのだ。


 そして、目を通してみて、俺はさらに愕然とした。



   ===


この度は、本日の動画をご覧いただきありがとうございます。

最愛の妹が2年前の4月某日に、12歳という若さでこの世を去りました。先日、三回忌を迎え、ファンの皆様にもご報告したいと思い、動画にさせていただきました。

妹を失い、僕がどのように感じながら活動してきたのかをご説明できればと思います。個人的な動画になりますが、よろしければ、最後までご視聴ください。(カケル)


   ===



 そこまで読んで、俺はそっとアプリを閉じた。動画を再生する必要はないと思った。


 最愛の妹、12歳という若さ、三回忌……当たり前のように接していたはずの言葉を、こうやって文字にして、しかもカケルチャンネルのYouTubeという場所で目にする……そのことに、猛烈な現実感と違和感、そして激しい怒りが一気に押し寄せてきたのだ。


「……ごめん、やっぱ家で観るわ。Wi-Fiの調子も悪そうだし」

「う、うん。わかった。私もそうするね」


 なるだけ声色を変えずに言おうとしたけど、震えてしまった。


 杠はわかりやすく心配そうな表情を浮かべると、絞り出すようにして言った。


「……こーゆーのってどうなのかなー。たしかにわたし含め、YouTuberってプライベートもコンテンツにして生きてる人種だけど、でも大切な人を失くしたってことまでファンに言う必要があるのかなって」


 無理やり元気を装うかのような声だった。彼女なりの気遣いなのがわかった。


「カケルさんのこと、めっちゃ尊敬してるけど、さすがに動画にして出す必要はなかったんじゃないかな。良太の様子だと、言われてなかったっぽいし」

「……そうだな。びっくりした」

「だよね! だから、なんてゆーか酷いことするなって」

「酷い、か」


 第三者の杠にも、そう見えるのかと思った。その反応に、自分の感覚は間違ってないんだという安堵感を覚えつつ、自分の名誉まできずつけられている気がして、


「昔はそんなやつじゃなかったんだよ」


 俺は一言、添えたくなる。


「学校のクラスでは人気者だったり、友達グループの中では中心だったりはしたけど、妹の死を再生回数稼ぎ人気稼ぎに使うような人間ではなかった」

「再生回数稼ぎ人気稼ぎとは言ってないけど……」

「杠がそう言ったって聞こえたってことじゃないよ。あくまで俺の意見」


 そう伝えるが、自分の発言が俺の厳しい本音を引き出したと思ったのか、


「……知らないのに勝手に言ってごめん」


 杠はそんなふうに言って、軽く頭を下げる。


「いや、謝らないでくれ。自分以外の人のことを理解するのは簡単なことじゃない。いくら杠が頭のいい女の子だからって、カケルの本質がわかるとは俺も思ってないよ」

「ならいいんだけど……」


 シュンとした杠の横顔が、妙に胸に刺さった。


 彼女は非常に頭がいいが、それでもまだ小学生だ。一方的に気を遣わせすぎてしまって、俺は少し申し訳なくなった。


「……俺とカケルがYouTubeを始めたきっかけって知ってる?」



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