第22話 過去の名声、波が来る、幼馴染
その後、俺は3人に今日起きたことを説明。不本意な形だが『ゆずりはちゃんねる』に注目が集まり始めていること、このタイミングで例のルーティング動画を出せば、バズる可能性があることを伝えた。
モーニングルーティン動画を撮影していたら、変質者だと勘違いされて警察に連行されるという突拍子もないエピソードに、リンレンは爆笑し、杠は困惑していたが、今がチャンスだと知ると3人の態度も変化。
話し終えた頃には、チャンネルの登録者数は8000人を超えていた。朝と比べると100倍の数値だ。
「やっぱリョータさんってスゴイんですね」
「まあ昔とったなんちゃらだな……まあ、本当はこういう形でバズることは望んでなかったんだけど」
「こういう形ってロリコンってことですか?」
「違う。そうじゃなくて……その、変な消え方したから俺。説明責任果たしたりしないで、謝ったりしないで、なのに昔築いた知名度を使うのが嫌だったって言うか」
「そうですよね。しかも、カケルさんのこともありますし……」
静かにうなずきつつ、神妙な面持ちで語る杠。俺とカケルが絶縁関係にあることを知って、そう言っているのだろう。
嬉しい心遣いだけど、でも、YouTuberにそういう優しさは不要なのだ。どんなことも動画にできる、プロ意識の高さのほうが大事なのだ。
「いいんだ。いつかは絶対わかることだし、もし人気が出て他のYouTuberとコラボするようなことがあったら、その時にバレるだろ?」
「まあ、リョータさん知らない同業者はモグリですもんね……」
「そこまでは言わないけど……それに、10万人いかないと辞めるって約束みれいとしてるんだしさ」
「まあ、たしかにそうですけど……」
理解しつつも、杠は簡単にはうなずけないようだった。やっぱり、この子の心根はとても優しいようだ。だからこそ、俺が引っ張ってやる必要があると思って、
「で、提案なんだが」
そう言うと、俺は3人を順番に見る。
「ここから2週間、毎日投稿をしようと思う」
「え、毎日ですか?」
「そうだ」
「毎日ってことは月火水木金土日?」
「月火水木金土日?」
「そうそう。ふたり同じこと言う必要ある?」
「ない」
「ない」
「前提として、毎日投稿はYouTubeで勝つうえではめちゃくちゃ有利だ。単純に投稿回数が多いほうが視聴者の目に止まりやすいし、投稿時間を固定すれば視聴習慣にも繋がるからな」
俺は真面目に話す。
「だけど、実際にやろうとすると知っての通りなかなか難しい」
「なかなかじゃないよー。めっちゃ大変だよー」
「めっちゃ大変だよー」
杠より先に、弟妹が反応した。
『ゆずりはちゃんねる』は、これまで週3回投稿でやってきた。リンレンが交互に動画編集することでかなり効率化しているものの、大学を休学中の俺はさておき(実はあれからまた休学した)、3人は小学校にちゃんと通っているため、現在は週3本で精一杯なのだ。
だから、みんなが作業に慣れていった段階で投稿頻度をあげ、いずれは毎日投稿にしようと考えていたのだけど、みれいとあんな約束をしてしまったことを考えると、この波を逃すことはできない。
それが例え、どんなきっかけで来た波だったとしても。
「YouTubeは伸びるときに一気に伸びる。波が来てるときは、凪のときに比べると10倍も100も登録者が増える。今がチャンスなんだ」
そう伝えると、杠はリンレンに視線を送る。お互いにしっかりと目を見て意思を確認すると、杠はコクンとうなずいた。
○○○
そこからは怒涛の毎日だった。
例のモーニングルーティング動画をその日の夜に公開すると、「やっぱりリョータ関わってたんだ!」のコメントとともに再生数が激増。その日の前の夜に公開していた動画とともに、翌日朝には急上昇ランキング入りすることになる。
その後も、様々な企画を試して、数字を見てネタ出しから反映させていくことにした。料理、歌ってみた、踊ってみた、ドッキリ、ファンシー雑貨……などなど、YouTubeで人気を誇るジャンルは一通り試してみる。
その結果、とくにウケが良かったのはルーティンと料理系の動画だった。
女子小学生YouTuberがまだまだ少なく、とくに凝ったルーティン動画を出している人が滅諦にいないため物珍しさがあったようで、俺はすかさず「帰宅後ルーティング」「就寝前ルーティン」「休日ルーティン」など様々な方向性で横展開させていった。
YouTuberの中には一度やった企画を別角度でやまたやることに抵抗を感じる人も少なくないが、数字が取れる企画は何度やっても数字を取ることができる。だからこそ、こすり倒していくのが重要なのだ。
なお、これは以前、杠に説明したYouTubeで勝つための3条件のラストだ。
そして、そういう意味では、料理系動画もこすり倒せるコンテンツだ。巨大魚を豪快に調理するか、丁寧でおしゃれな生活感を出す人が多い料理系YouTuber界隈のなかで、見た目ロリロリな杠で玄人な手付きで煮物等の渋い料理を作っている様子は、視聴者的にそそるものがあったらしい。ごく普通のアパート暮らしで、裕福ではないことも親近感に繋がったようだった。
必死で企画を考え、撮影し、リンレンと交互で編集し、アップを続ける……そうやって努力するなかで、最初は俺きっかけとか、冷やかし目的で来た人の割合も徐々に減り、女子小学生YouTuber・ゆずりはのファンが増えていった。
不名誉なバズりから2週間が経った頃には収益化の審査にも通過し、一ヶ月が経つ頃には、登録者も5万人を突破。みれいが条件として課した、3ヶ月で10万人という数値を十二分に目指せるレベルになったのだった。
○○○
ある日、俺は約1ヶ月ぶりに自宅へ戻っていた。
YouTubeが忙しすぎて、毎日撮影や編集に追われたりしていたせいで、なかなか帰る時間が作れなかったのだが、持ってきていた数着の服で乗り切るのも限界になり、服を取りに帰ってきたのだ。
そして、衣服や諸々の荷物をリュックに入れて出たところで、
「あっ」
「……うっす」
ばったり、みれいと会う。どうやら外から帰ってきたところらしい。
「帰って来てたんだ」
「ああ。まあもう出るけどな」
「大学また休学したんだって? おばさんに聞いたよ」
「そうなんだよ。3年連続の休学だな。このまま今年も休学したら、留年もできなくなるんだよな。ははは」
「笑い事じゃないっ!」
そう言いつつ、みれいは俺の脇腹を軽くパシッとはたく。軽くしたつもりだろうが、空手有段者の彼女のはたきはそれなりに強烈で、俺は普通にうめいた。
「ったく、どういう神経してんのよ」
「ご、ごめん」
「それに、大事なことはなにもあたしに言ってくれないんだもん……」
みれいがなにを言っているのか、俺はすぐに理解する。
「YouTube調子いいみたいじゃん」
「まあな。でもあと1ヶ月で5万人伸ばせるかはわかんないけど」
「……もし10万人クリアしたとして、良太はあの子の手伝いを続けるの?」
「そりゃ、まあ、そうだけど……」
「いつまで手伝うつもりなの?」
「いつまで、って言われても。そんなの考えてるワケないと言うか……」
みれいは怒っている感じはなく、普通に質問している感じだ。
しかし、だからこそ怖い。我が家の塀にもたれかかり、うつむいたまま、ボソッとつぶやく。
「あたしさ、ちょっと前に『ゆずりはちゃんねる』観てみたんだ」
「……そうなのか」
「最初は、どーせ大したことないんだろって思ってた。でも、何個か観たら『あ、この子本気だ、これは馬鹿にしちゃいけないやつだ』ってすぐわかった。あの子もだし、編集とか企画とかも気合い入ってて、普通にいい出来というか」
「れ、冷静に評価されると照れるな……」
想定外に真面目な空気なので、照れ隠しでそんなことをつぶやいてみる。
が、みれいは表情を変えず、真剣な声色のまま、
「あたし、あの子が姫花に似てるから良太はプロデュース引き受けたんだって本気で思ってたの。でも違ったってわかった。悪いことしたなって、今では思ってる」
「悪いこと、とは思わないけど。むしろ、あの流れだと勘違いするほうが自然って言うか……」
「それに、もし似てるってのがプロデュースを引き受けた理由のひとつだったとしても、あたしも良太と同じだよなって」
「同じ?」
「良太が杠ちゃんを手伝うのは、彼女が姫花に似ているだし、あたしが杠ちゃんに反発するのは、姫花に似ているから」
「……ああ」
俺はみれいの言葉に納得する。たしかにそう考えると、俺とみれいは同じ穴のムジナだ。
姫花への想いが強いからこそ、杠に対して、強い執着を見せてしまった。
「でもさ、それはそうとして……あの子、姫花のことまだ知らないんだよね?」
「……」
「図星か」
なにも言えず、暗に肯定してしまった俺に、みれいは小さくため息をつく。が、本気で呆れているように見えないのは、幼馴染でずっと俺のことを見ているからだろうか。
そして、彼女はこう告げる。
「良太さ、後悔する前に自分から伝えたほうがいいと思うよ」
またしても俺はなにも言えず、ただ黙ってうなずくしかなかったのだった。




