第21話 解放、バズ、チャンス
「いや、マジで人生終わったかと思ったわ……」
パトカーに乗せられたときはもうダメだ、絶対に逮捕されると思ったけど、YouTuberの裏方をしていること、モーニングルーティン動画を撮影していたことなどを説明し、実際に撮った映像や『ゆずりはちゃんねる』を見せると、警察の方々は納得し、解放してくれた。
肝が冷えるとは、まさにこのことである。
「ただいま」
疲れて自宅に戻った頃には、すでにお昼になっていた。
リビングに入ると、なぜか父さんと母さんがタブレットを覗き込んでいる。俺の顔を見た瞬間、ふたりして立ち上がった。
「良太! どこ行ってたのっ!」
「そうだっ! お前大学に行ってたんじゃないのかっ!」
「父さんこそ会社にいるはずの時間だろ……」
スーツ姿の父さんに言われる筋合いはない、って話だ。だが、父さんは、
「行ったよ、でもツイッター見て飛んで帰ってきたんだ」
そう言うと、タブレットを差し出してきた。
「なんだよツイッター見て帰ってくるって。暇人か」
「お前、ツイッターで晒されてるぞ」
「……えっ、晒されてるっ!? なんでっ?」
慌てて覗き込むと、俺が警察官ふたりに職務質問されている動画がツイッターにアップされていた。ツイッターなので当然、文言も添えられており、
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『最近近所の小学校に不審者出るから警察官が見回ってたんだけど、朝から大きな声出してJSの動画撮ってたやつが連行されてった件』
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とある。下にスクロールすると、
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『あれ、これってリョータじゃね?』
『ほんとだ、カケルチャンネルのリョータだっ!』
『最近見ないと思ったらこんなことやってたのか……』
『YouTube辞めて犯罪者になったの?」
『シスコンってのは知ってたけど、ロリコンでもあったんだな』
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など、あまりにも酷いリプライが多数寄せられていた。
30秒程度の動画だけど、杠を至近距離で撮影している瞬間もしっかり写っていた。画角にこだわったせいか、下からナメる感じで撮影しているところもあり、自分で言うのもあれだがどう見ても変態だ。画角にこだわったせいで、スカートの中を撮ろうとしているようにしか見えない。
そして、最終的に警察官ふたりに声をかけられ、パトカーで連れて行かれるというオチつきである。
突然消えたYouTubeクリエイターが変質者で、おまわりさんに連れて行かれる……バズる要素に溢れてるなこの動画!
「とっ、盗撮とか良くないだろっ! 誰だよ勝手に撮ってネットにアップしたのはっ!」
「その前になんで女の子撮ってるんだ!」
「そうよっ。息子がこんなバズり方するなんて、面白いけどさすがにお母さん、ちょっとはショ、ショックなんだから、ねっ! ぷはは」
「ショックとか言ってるのに笑ってんなっ!!」
ツッコミを入れるが、すでに父母は笑いをこらえるのに必死だった。息子がネットに晒されて笑うとか、どう考えても狂ってる……まあ、俺がなんらかの撮影をしていて、警察に勘違いされたのはわかっていたのだろう。信頼されてるのは嬉しい。
だけども、さすがに腹の立つ笑い方である。
「でも、どうして撮ってたの?」
母さんが改めて尋ねてくる。
俺は悩む。チャンネルの裏方をやっている以上、杠のことは早かれ遅かれ話すことになる。そうしないと、みれいのときのように、ややこしいことになってしまう可能性もある。
「……あのさ、俺、実は」
「実はなんだ。シスコンなだけじゃなくロリコンなのか」
「ちげーよっ! てか父親の口からロリコンとか聞きたくねえよっ!!」
そう言うと、俺はタブレットを奪って2階へとあがっていった。
迷わず姫花の部屋へと入り、ベッドへダイブ。姫花のぬいぐるみに、顔をうずめる。
「……あー、マジか。この晒され方めっちゃ恥ずいんだけど……」
ひとりになり、羞恥心がさらに募ってくる。
気になって5年ぶりくらいに『リョータ』でエゴサしてみたら、続々とヒット。というか、トレンド入りしてしまっていた。
説明なくカケルチャンネルから離れ、表舞台から姿を消した俺が姿を現したことに(と言っても晒されたのだが)、驚いたり喜んだり戸惑ったり……色んな反応が確認できる状況だ。忘れられてなかったことに驚くと同時に、こんなことでバズってしまったことが本当に恥ずかしすぎる。
「シスコンとしてバズるのは全然いいんだが、ロリコン扱いされるのは腹立たしいな……」
と、そんなことをひとりつぶやいていたとき、ひとつのツイートが目に入った。俺を晒した動画を引用リツイートしたもので、そこには、
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『リョータ、たぶんこのチャンネルの裏方っぽい』
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との文言と、URLが添付されていた。遷移しなくてもアルファベットの並びでわかる。『ゆずりはちゃんねる』のURLだ。
小さく心臓が跳ね、体にビビッと電流が走るのがわかる。ふう……と小さく息を吐くと、パソコンを起動し、『ゆずりはちゃんねる』にログイン。すると、数時間前に100人にも満たなかった登録者数が3000人を超えていた。
「マジか……」
いやでも、これでも自分、ツイッターのフォロワー10万人超えてるわけで、3000人と言ってもそれは3%で……。最新の動画を開くと、コメント欄には、
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『リョータくんが晒されてたから飛んできた』
『リョータほんとにこのチャンネルの裏方なの?』
『YouTubeに戻ってきてくれたの嬉しいけど、ロリコンだったことが判明して複雑……』
『みんな慌てるな。もし裏方だとしても盗撮で逮捕されてたら意味ないぞ』
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などの声が書き込まれている。いや、それだけじゃない。
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『リョータが裏方してるって聞いて来たけど、この子めちゃくちゃかわいいな』
『普通にファンになってしまった』
『めちゃくちゃロリロリやんけ……これは逸材』
『シスコンキング改めロリコンキング・リョータが認めただけあって美少女……』
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など、杠に言及する声も少なくない。
過去動画の再生回数が一様に増えていて、とくに昨夜アップした一番新しい動画は押し上げられていた。この伸び方なら、明日朝くらいに急上昇ランキング入りする可能性もありそうだった。
急上昇ランキングに載れば、チャンネル登録をしていない人への露出が一気に増え、一気に認知度を上げられる可能性もある。
「……あ、チャンスだ」
そう思った瞬間、俺は反射的に編集ソフトを立ち上げていた。
もはや自分が晒されていたことは頭から消え、GoProに入れていたmicroSDカードから映像を取り込む。
リンレンにレクチャーして以降はふたりに任せていたkど、幸いにも編集の腕は鈍っていなかった。映像をカットし、効果音を加え、誤字しないように注意しながらテロップを打ち込んでいく。
無言のまま、無心で編集すること数時間。
「あ、やべ時間だっ」
時計を見ると、俺はパソコンとカメラをリュックに入れ、家を飛び出した。通りに出ると、すかさずタクシーを拾う。向かった先は、杠が通う小学校だ。
学校の近くで降りると、どこか物々しい雰囲気だった。保護者たちが学校の周囲を見回っており、校門から出てくる子供たちはなぜか集団だ。
「え、なんかあったのか……」
「あ、良太じゃん。どうしたの?」
後ろから声をかけられる。振り向くと、怪訝そうな表情で杠が見上げていた。後ろにはリンレンの姿もあった。
「あれ、お前ら一緒に帰るのか?」
「うん。いつもは違うんだけど、なんか今日、不審者が出たらしくて」
「ふ、不審者……?」
「そう。それで集団下校になったんだ。だからリンレンと一緒なの」
「……」
視線を向けると、リンレンがうんうんとうなずく。
どうやら杠は、俺が不審者として警察に連れて行かれたことを知らないようだ。
「……一応確認だが、お前ら、今日ツイッターでどんな単語がトレンド入りしてるか知ってるか?」
「トレンド? あー、うち下校までスマホ返してもらえないんだ。だから知らない」
「なんかあったの?」
「あったの?」
そして、俺が警察に連行される瞬間をネットにさらされたせいで、不名誉なトレンド入りを果たしたことも知らないらしい。永遠に知らないでいてほしい。
「とりあえず行こっか」
「うん……え、なんか良太早足じゃない?」
「良太、今日なんか変だよっ!」
「変な人だよっ!」
「こらっリンレン! 叫ぶなっ!!」
そんな問答をしつつ、俺たちは間瀬家へと向かったのだった。




