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第19話 急報、お別れ、仲違い

 結果的に、イベントは大成功だった。


 俺が練りに練って考えた企画はすべて好評で、ファンにもスタッフさんにも、参加してくれた仲間のYouTuberたちにも大好評だった。


 だが、すべてが終了して控え室に戻ると、


「リョータくん……」


 弥生さんがこわばった表情をしているのに気づいた。


「ごめん、事務所経由でさっきリョータくんのお母さんから電話もらったんだけど、えっとその」

「どうしたんですか? 電話ってなんのことです?」

「え……もしかして聞いてないの? お母さん、ふたりには伝えてあるって」

「すいません、イベントに集中したくてスマホ、カバンに入れたままでした。うちの母親からなんか電話きたんですか?」


 俺の言葉を聞いて、弥生さんの表情がさらにこわばった。


 と、そこで俺の隣にカケルが立ち止まる。ステージ上で見せていた笑顔はすでになく、暗い表情をしていた。滴り落ちる爽やかな汗とは対照的だ。


「カケルくん、あなた言ってなかったの?」


 弥生さんが尋ねると、カケルはコクンとうなずいた。俺は背筋が凍りついていくのを感じていた。


「すいません。何があったんですか?」


 尋ねると、弥生さんが言った。


「姫花ちゃんが交通事故にあって、病院に運ばれたの」



   ○○○



 その話を聞いて、俺はすぐに会場を出てタクシーに飛び乗った。


 スタッフさんや他のYouTuberたちに一言告げる余裕もなく、翔を引っ張っていく余裕もなかった。唯一、弥生さんだけが追いついて、一緒にタクシーに飛び乗った。


 車中、スマホを開くと、母さんから数十件の着信が入っていた。一番最初の着信はイベント開始5分前くらいで、そこから断続的に鳴り続けていた。が、1時間前の着信が最後だった。急いで電話をかけると、聞こえてきたのは、嗚咽する母さんの声だった。その態度で、状況が深刻であることがわかった。


 病院に到着すると、すでに姫花は旅立ってしまっていた。


 ドラマで見るように顔に白い布をかけられてはいなかったが、ただ両親やみれい、医師、看護師さんたちの雰囲気で、もう遅かったということがわかった。


「最善は尽くしたのですが内蔵の損傷が激しく……」


 医師は業務的な口調でそう言うと、一礼して部屋を出ていった。


 途端、父さんと母さんのすすり泣く声が病室内に響き始める。みれいは泣くのを必死にこらえて、口を開いた。


「塾に行く途中に居眠り運転のトラックにはねられたんだって。顔に傷がないから寝てるようにしか見えないけど、腕とか足とか真っ黒で……病院に着いて、しばらく姫花頑張ってたみたいだったんだけど……」


 俺は、なんの言葉も出ないでいた。


 今朝家を出るまで元気だった、笑顔でいつものように俺に甘えてくれていた姫花がもうこの世にはいない。


 目の前にいる姫花はすでに抜け殻になっていて、亡骸になっていて、呼びかけても触っても反応しない……。


 試しに触れてみると、俺はゾッとしてしまった。感触だけは姫花なのに、温度という温度がなくて、人形のほうがまだあたたかみを感じるくらいだった。


「ウソだろ……なんでなんだよ」


 理性が現実だと認識したのだろうか。自然とそんな声が出て、涙も出て、鼻水も出始めた。鼻の奥がどんどんふさがっていき、呼吸もうまくできなくなる。気を抜くと過呼吸になってしまいそうで、そうなりたい、なってこのまま姫花の後を追いたい気持ちだった。


「みれい、居眠り運転のドライバーってどこだ?」

「ドライバー?」

「ああ。殺してやるっ……」

「……それはできない。その人も亡くなっちゃって」


 みれいの声は、涙で震えていた。もはや震えを隠せないようだった。


 怒りの矛先をどこに向けていいかわからず……と、俺はそこで気づく。


「……翔は? あいつはどこにいるんだ」

「今タクシーで向かってるらしくて、たぶんもうすぐ着くと思うんだけど……」


 弥生さんが会話に入ってくる。


「母さん、翔には伝えたんだよね? 姫花が病院に運ばれたって」

「うん、伝えたよ。イベント始まる前だったから悩んだけど、でも先生が『急がないと間に合わないかもしれない』って言われて……お母さん、てっきり良太にも伝わってて、それでイベントを選んだんだって……」

「そんなワケないだろ……妹の死に目を選ぶに決まってるだろ……」


 俺はベッドのシーツを握りしめ、姫花にもたれかかるようにしてその場にしゃがむ。


 たしかに、今日のイベントにはかなりの時間と熱量を注いできた。もし、ドタキャンしたら、ファンから非難轟々だろうし、どれだけ関係者に謝らないといけないかわからない。


 でも。


 だとしても。


 最愛の妹に最後に会えるほうを選ばないワケがない。


 イベントはやり直せるけど、姫花と話すことはもうできないのだ。


「あ……」


 そのとき、みれいが小さな声を出した。ドアの方向に視線をやると、翔が立っていた。


 顔面蒼白で、視線が姫花を捉えたまま動かない。目の前の出来事が飲み込めないという感じで、その様子が、俺にとっては腹立たしくて仕方がなかった。こいつは俺より数時間も前に姫花の事故を知り、そのうえでステージ上でいつものカケルとして振る舞っていたのだから。


 気づくと立ち上がって、翔の胸ぐらを掴んでいた。


「良太っ!」


 みれいが間に入ろうとするが、俺は掴むのをやめない。翔も抵抗せずに、じっと視線をこちらに向け続けている。


「なんで黙ってたんだよ……なんで俺に言わなかったんだよっ!!」

「今日は大事な日だ。1年かけて準備してきて、数え切れない人が俺たちのために力を貸してくれた。ファンだって1万人も来てくれてる。飛ばせるワケがない。カリスマYouTuberカケルは、イベントを当日にドタキャンしたりなんかしな……うぐっ」


 事務的な口調で、翔はそんなことを言って、気づいたときには俺はすでに殴っていた。右の拳に熱い衝撃が走り、翔が床に突っ伏す。


「ふざけんなっ! 家族より仕事が大事なワケないだろっ!!」


 さらに殴りかかろうとするが、今度はみれいに止められる。女子とは言え、空手経験者で俺より強いんだから当然だ。みれいに続くようにして父さんが俺を後ろから羽交い締めにし、母さんと弥生さんが病院の人を呼ぶ。もう、各々なんて叫んでいるのかはまったく耳に入ってこなかった。


 翔が俺を見上ると、唇が切れたのか赤い血が流れていた。が、その瞳にはなんの感情の色も見られなかった。兄としての気持ちを、すっかり失ってしまっているように思えた。


 程なくして病院の人が来た。


「離してくれっ! 姫花っ!! 姫花っ!!」


 必死に叫び、抵抗し、事情を話そうとしたが、まったく聞いてもらえず俺は部屋を追い出され、翔と離された。


 翌日、翔は姫花の葬式に姿を現さなかった。


 そうして、俺と翔は仲違いした。

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