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第16話 バズらない、我慢、マッサージ

 そして、そこからは今まで以上にYouTube漬けの生活が始まった。企画会議、撮影、編集(指導含む)、アップロードを淡々と繰り返す。


 チャンネルの顔である(ゆずりは)にはYouTuberとしての見せ方、リアクションの仕方、喋り方などを教え、リンレンには俺が何年もかけて身につけた編集技術を惜しげもなく伝えた。


 もともとYouTubeに親しんでいた世代とは言え、一定以上の水準になるのは容易ではなく、毎動画、アップロード時間に決めた19時ギリギリまでかかっていた。


 そのおかげで、俺は次第に間瀬家に泊まることが多くなったのだった。(もちろん、瑠美さんの許可を得ていたのは言うまでもない)


 そして、そんなふうに過ごし始めてから2週間後。つまり、動画をアップし始めて、1ヶ月後。


「なかなかバズりませんね……」


 夜も深くなったあの日のこと。暗がりでパソコンを光らせ、アナリティクスを見ながら、杠は口をとがらせていた。


 隣の部屋ではすでに、リンレンと瑠美さんが就寝している。そのせいで、杠も小声だ。


 チャンネルを再スタートして30日。これまでにすでに12本の動画をアップしたが、平均再生回数は1000~2000回程度。


 以前に比べると少しずつ伸びてきてるし、新人ユーチューバーとしてはむしろ健闘しているくらいの数値だが、彼女の想像とは乖離があったらしい。


「バズっていつくるんですかねー」

「まあまだ始めて一ヶ月だからな」

「それ2週間のときも言ってましたよ?」

「2週間も1ヶ月も、YouTubeで結果出すには全然足りないんだよ時間が」

「そうですか~……いやでもですよ。バズってる人って1本目とかでもバズってることないですか?」

「そりゃそういう人もいるけど……」


 どうしても結果が欲しい時期のようだ。


 気持ちはわかる。けど、ここは我慢が重要なのだ。


「杠。しつこいようだがな、YouTubeってのはな、継続力が大事なんだ。最初何年も目が出ず、ある瞬間から急に人気が出た人だってたくさんいる」

「何年も人気出なかった人が人気出るとかあるんですか?」

「あるんだよ、それが。視聴者ってのはみんなが観てるものを観る生き物なんだ。観られるためには観られることが大事というかさ」

「なるほど……モテてる人が、モテてるって事実でさらにモテるみたいな感じですか」

「それは俺にはよくわからんが」


 杠は小さくため息をつく。


 まあでも、たしかに動画を投稿しても反応がなければ、焦ってしまう時期だろう。忍耐力ばかりは長く続けてきた人間にしか身につかないものだ。


「だからまあ今は我慢の時期なんだよ」

「そうですか。じゃあまあ、そう思っておきます……まあ、あと2ヶ月ちょいで10万人にいかないと無意味なんですけど」

「それはお前がみれいの口喧嘩に乗るからだろ」

「だってリョータさんがいればきっとすぐだって……」

「……」


 なんだか俺をなじるような口調なので、ちょっと言い返してみたら、予想外に嬉しいことを言われた。結果、言葉が出てこなくなった。


 実力を買ってくれているのは非常に嬉しいし、YouTubeでのノウハウは再現性があるものなので、遅かれ早かれ、どういう形かで結果を出せる自信はあった。


 だが、バズというのはどうしても運任せな要素があり、なにがバズるかは結局のところよくわからない。間違いなく、どんな人気YouTuberでも同じ見解だろう。


 だからこそ、継続が大事なのだ。


「まあ、悩んでも仕方ないし、考える暇あったら1本でも多く出すようにしよう」

「……」

「それに、みれいだって本気で辞めさせるつもりはないだろ。そんな権限もないワケだし」

「さあ、それはどうでしょう……辞めさせることできなくても、殴るとか蹴るとかはしてくるかもしれないじゃないですか」

「うわマジありそーやめてこわい」


 一瞬、本気で想像してしまう。


 みれいの正拳突き、めっちゃ痛いんだよな……。


「まあ、とりあえず今日はもう寝よう」

「そうね、もう遅いし」

「仕事の話も終わりだ」

「わかった……夜ごはんから時間経っちゃったけどお腹空いてない? なんか食べる?」

「受験期の子供を気遣う母親か。なんでお前そんなにメシ関係は気が回るんだ」

「んー……そりゃ長女で、普段からリンレンにごはん作ってるから?」


 愚問だった。聞くまでもないことだった。


 事実、杠はさも当然といった表情である。


 そして、例のごとく、敬語からタメ口に戻っている。仕事の話が終わったときの変わり身ならぬ変わり口の早さだけは一流だ。


「あー、悪いそうだったな……『ゆずりはちゃんねる』撮ってるときと違うから」

「そっちのノリになっちゃうんだよね。わかるよ」


 柔らかく笑うと、杠は不意にふわああ……と大きなあくび。


「んじゃ、私寝るね。おやすみ」

「ああ、おやすみ」


 そして、杠は隣の部屋へと入っていった。


 間瀬家の間取りは2DKだが、寝るときは3きょうだいと瑠美さん、全員が奥の和室で眠る。なので、俺が合宿的に家に入り浸るようになっても、リビングで寝ることができた。押入れの中にあった来客用の布団を借りて、そこで眠っている。 


「そろそろバズりそうな気がするんだけどな……」


 布団に寝っ転がりながら、YouTubeアナリティクスをひとり見る。


 『ゆずりはちゃんねる』の再生回数は現状、決して多いとは言えない部類だ。でも、すでにファンは生まれ始めているし、離脱率も低い。数字的には悪くないのだ。


「でも、なにがウケるのかわかんないんだよなあ……」


 しかし、感触的には悪くないながらも、伸びるのではと密かに期待していた企画が、蓋を開けてみるとそうでもなかった……というのも続いていた。


 長いYouTube経験から、そう遠くない時期に伸びそうな気はしているが、そのきっかけが何になりそうかはわからない、という感じなのだ。例えるなら、ダーツの的には当たっているものの、真ん中を射抜く企画・方向性を探しあぐねているというか。


「んー、難しい……」


 俺がつぶやいたそのとき、ドアが開いた。寝室から、パジャマ姿に着替えた杠が出てくる。寝転んでいたため、自然と見上げることになった。この角度も、姫花とそっくりだ。


「あ、すまん起こしちゃったか?」

「ううん、違うの。なんか眠れなくて」

「そっか。まあ頭使ったもんな。俺も肩とか腰めっちゃ凝ってるわ」

「あ、マッサージしようか?」


 肩を触っていると、杠がそう言ってきた。


「え、いいよそんなの」

「ううん。良太にはお世話になってばっかだし、体で返せるなら返したいなって」

「その日本語はおかしいだろ。まあたしかにマッサージは体使うんだけどさ」

「で、どうする?」

「……お願いしよっかな」

「わかった。じゃ、そのまま寝そべって」


 そう言うと、杠は俺からMacBook Proを奪うと、それをちゃぶ台のうえに移動。


 布団に寝そべった俺の体の横に一旦、膝をつくと、そのままひょいっとまたぐ感じで上に乗ってくる。



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