第15話 バズる、分析、YouTubeのノリ
俺たちはその日のうちにプロトタイプ版を一本撮影。カメラやライトの説明をしたり、俺が実際にやってみせて、編集ソフトの使い方などを3人にレクチャーしていった。
最初のうちは俺も編集作業を手伝うけども、あくまでプロデューサーなので、杠・リンレンだけでこなせるようになってもらう必要がある。
それに加え、YouTubeならではのノリを身に付けてほしいという気持ちもあった。
YouTubeの編集はテレビと結構違っていて、簡単に言うと「汚い」。テレビの編集は基本的に綺麗で、正直深夜番組とかでもトップユーチューバーなんかよりずっと見やすいのだが、そういう編集はYouTubeでは案外ウケなかったりする。もっと、汚いものを視聴者は好むのだ。
理由は簡単。そのほうがリアルで、生っぽい感じがするから。
リアルの友達が作っているような、例えば文化祭の出し物で上映される動画のような、そういう親近感がYouTubeでは大事なのだ。
たとえば、YouTubeの編集で代表的なのが「ジェットカット」と呼ばれる手法。無駄な部分を一切残らずカットしていく、YouTube特有の編集手法だ。かなり細切れに編集するので、画面の大きいテレビではあまり合わないが、スマホにはめちゃくちゃ合う……とか、細かい話をすれば山程そういうテクニックはあるし、編集を覚えるからこそ、喋っているときもそこに合わせられるようになる。
カケルチャンネルで使ってた手法も、あまり使ってなかった手法も、知っていれば『ゆずりはちゃんねる』で使える日が来るかもしれない……。
そんなふうに機材の基本的な使い方を教えつつ、俺たちは動画を撮影していった。
そして、5本ストックが出来たときに最初の1本を投稿。(もちろん、それまでに杠がひとりでアップしていた動画はすべて削除したうえで)
以降、新作動画を撮影しつつ、週に3本のペースでアップしていった……。
◯◯◯
そして、その、10日後である。
「全然バズらないんだけどっっっ!」
リビングに寝そべった姿勢で、杠が大きな声で叫んだ。
そう、最初の動画から5本アップした時点で、どれも全然バズっていなかった。
再生回数は多いもので2000回程度で、少ないもので数百。トップユーチューバーが数十万から数百万の再生回数をコンスタントに叩き出すことを考えると、遠く及ばない数値である。
「杠、それで当然だ。だってまだ始めて10日だぞ」
「それはそうだけど……コメントも2とか3で、0のもあるし」
「YouTubeなんて半年とか1年やってやっとスタート位置につくって感じなんだぞ。どんな人気YouTuberも最初はみんな駆け出しだ。お前と同じとこにいた」
「それはそうかもだけど……」
そう言いつつ、杠が上体を起こす。少し気持ちが楽になったかもしれない。
「それに、数字はさておき、内容は確実に良くなってるぞ。たとえば編集」
俺がそう言うと、リンレンの背筋が急に伸びる。
「この10日で確信したけど、リンレンはパソコンのセンスがある」
「「やった!」」
「逆に肝心の杠は全然センスなしっ!」
「そ、そんなあ……」
リンレンが肩を寄せ合って喜び、杠はがくんとうなだれた。
だけど、これはこの10日で確信したことなのだ。リンレンは機械音痴の反対、まあそれに該当する言葉はないけど、無理に当てはめるなら『機械絶対音感』がある感じ。編集で重要な『間を感じるセンス』がとても良く、コンマ数秒の単位で的確に動画をカットしていくのだ。
そして、そのうえで適切にテロップを配置し、随所に特殊効果を入れていく。そういう塩梅が絶妙なのだ。
「今作ってるのとか、杠がひとりでアップしてたのと全然違うもんな」
「まー編集とかなにもしてなかったからね」
「してなかったからね」
「逆に珍しいよな。どんな初心者でも今どきテロップくらいつけるもんだから」
「う……」
「まあそれでもプロから見れば『海外旅行行く前にちょっと勉強した英語』ってレベルには付け焼き刃感に溢れてるんだけど」
「ってことは少し前のわたしはそれ以下ってことか……」
そう言うと、杠がまたしても床に伏せった。せっかく起きたのに。
まあでも仕方ない。意気込んで始めたとき、一番怖いのは炎上することではなく、反応がまったくないことなのだ。
俺が裏方で入ったことで、再生回数もコメント数も一気に伸びると思っていたのもあるのだろう。
「あのな、杠」
なので、俺は杠に説くように伝える。
「たしかにYouTubeってのは一本の動画がめちゃくちゃ再生されることで一気に登録者数が増えたりする。いわゆるバズるってやつだ」
「バズる、ですね。私もバズってみたいです」
「で、バズる動画の特徴なんだけど……これがよくわからない」
俺が告げると、3人はキョトンとする。
「えっ、わからないんですか?」
「良太って敏腕なんだよね? 敏腕クリエイターなんだよね?」
「良太ってビンビンクリエイターなんだよね?」
「レン、ちょっと違ってるぞ」
ツッコミを入れるが、俺は自分の発言については否定しない。
「俺もどんな動画がバズるのかずっと考えてたんだけど、正直わかんなかった。めちゃくちゃ力入れて最高傑作だと思ったのが全然だったり、その逆で軽い気持ちで作ったのがめっちゃ伸びたりしてさ」
「では、バズるかどうかは結局運ってことですか?」
「その通り。もちろん、それは自分に合った、自分の魅力を伝えられる動画を出したうえでの話だけどさ」
「なるほど……」
「でも、必ずバズらせることは無理でも、再生回数が伸びた動画を分析するのはできる。そして、それはとても大事なことだ。ってことでこれを見てくれ」
自分のノートPCを見せると、3人が身を乗り出す。画面には色んな数値がグラフが表示されていて、タブを切り替えて俺は順番に見せていく。
「これはYouTubeStudioアナリティクス。YouTubeが提供している機能だ」
「え、こんなの見られるんだ」
「知らなかったか。視聴回数や登録者数、全視聴者数における登録者数の割合、視聴者の年齢性別……みたいなことがわかるんだけど」
「はーい、何言ってるのか全然わかりませーんっ!」
「わかりませーんっ!」
「まあリンレンは今はわかんないでいいよ。杠だって最初は難しいかもだけど、でも自分で数字見れるようになったほうがいい」
「なります!」
そう言いつつ、杠は画面をじっくりと見る。
「こういうのを見て分析してくんだ。登録者数の増加みたいなざっくりしたデータから、視聴者がどこで動画を観るのをやめたかとかまでわかる。人気YouTuberは必ずと言っていいほどこういうのを見て研究してるんだ」
「なるほどです」
「自分がやりたいことだけ追求するのも全然いいんだけど、やっぱ人気チャンネルになるには『他の人が求めてること』を理解するのが大事だ」
杠に言い聞かせるようにして、俺は自分のなかで再確認していく。
YouTubeは甘い世界ではない。登録者数がなかなか増えないYouTuberの中には「俺はもっと評価されるべき人間だ!」「これだけ努力してるのに結果が出ないのは間違っている!」と思っている人が少なからずいるけど、残念ながら自分がどれだけ努力したかはまったく関係ない。
なぜなら、視聴者というのは本当に正直な生き物で、「観てほしいと思ってるモノ」ではなく「観たいモノ」を選択するからだ。だからこそ、視聴者が「観たい」と思う存在になる必要がある。
というか、あくまで俺の考えだが、「有名になりたい」という気持ちでYouTubeをすると、大抵うまくいかないとすら思う。なぜならそう思うってことは、間接的に「自分は今、有名ではない」と認めることであり、そんな余裕のない人間に他者は惹かれないからだ。
求めるほど、求めるモノは逃げていく。
今の自分に人気がないのは、それだけ他者にとってどうでもいい存在ということを理解すべきなのだ。




