第14話 過激さ、自分という人間、ストイック
そして、十数分後。
自由に考えさせて、杠たちが出した動画案がこちらである。
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『本格的なのに簡単! あったか筑前煮【園子おばあちゃんの味】』(ゆずりは)
『炊飯器で時短! 胸肉と大根のとろとろ煮【糸おばあちゃんの味】』(ゆずりは)
『親の事情で離れ離れになったお父さんの新しい家庭に突撃してみた』(リン)
『養育費払わないお父さんに『払わないと晒す』って脅してみた結果www』(リン)
『校長先生にメントスコーラお願いしてみた』(レン)
『停学処分になった小学生YouTuberのデッドバイデイライト』(レン)
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前言撤回。
めちゃくちゃ的外れなアイデアばかりだった。
「いや~、どれもこれも面白いですねえ」
「いや、どこがだよ」
「えっ!?」
しかも、杠に至ってはこれらアイデアがダメダメであることをわかっていないらしい。
「……えっとこれ、どこからツッコめばいいのって話なんだけど、まず最初のふたつ」
「はい、わたしです!」
杠が手を挙げる。
「えっと、わたしと言えばやっぱり煮物ってとこあるじゃないですか」
「どんだけ煮物料理に自信あるんだよ。ウマいけどさ」
「えっ、ホントに? じゃ、また今度作るねっ!」
「おっ、楽しみにして……じゃなくて」
例のごとく、ついついペースが崩れてしまう俺。それくらい、杠の手料理は美味しいのだから仕方ない。
じゃなくて。
「まあ料理動画は全然いいと思うんだけど、園子おばあちゃんって誰だ?」
「母方の祖母です。離れて暮らしてるんですけど、料理上手で師匠なんです」
「へえ……じゃあ糸おばあちゃんってのは父方の?」
「いえ、それは架空の存在です」
「なんだよ架空って」
「おばあちゃんっぽい懐かしい感じの味なんですけど、園子おばあちゃんに教わったワケでもないし、って理由で空想上のおばあちゃん捏造しました」
杠はそんなことを、とくにとぼけた様子でもなく言う。
めちゃくちゃ闇が深いことに気づいていないようだ。
「そ、そっか……うん」
結果、俺もツッコミたくてもツッコめない雰囲気に。
明らかにふざけているとき、そうだとわかるリンレンに対し、杠はちょっと天然なところがあるのかもしれない。
「で、次のふたつは……」
「はーい、リンのでーすっ!」
元気よくリンが手を挙げる。
「元気なのはいいけど、なんだよこの『親の事情で離れ離れになったお父さんの新しい家庭に突撃してみた』って。慰謝料も」
「そのまんまだよー。うち、いわゆる複雑な家庭環境でさ。お父さんが浮気して出てって、浮気相手だった人と今は新しい家庭築いてるらしいんだけど、そこに突撃したらどうなるかなーって」
「気になってても聞くに聞けなかったこと、全部言ってくれたな……」
「親権をお母さんが譲らなかったからお父さん慰謝料くれてないんだけど、もともとお金はある人だったらしい。だからゆず姉が小さい頃は広い家にいたんだってー」
「詳しく説明してくれるんだな……身を削るのがYouTuberだけどさすがに削りすぎ」
そんな感想だった。
「で、レンが『校長先生にメントスコーラお願いしてみた』と『停学処分になった小学生YouTuberのデッドバイデイライト』か」
「うん! YouTubeで流行ってるの入れてみた! ポイントは、校長先生にメントスコーラ頼んでてーがく処分になるってとこまで見通してるとこ!」
「公立の小学生なら案外大丈夫じゃないかってのはさておき、3人の中では一番まともだな。オチもついてるし」
「ほんとっ!? やったーっ!!」
「でも普通に燃えるだろうからダメだけど」
「えー、なんだあ」
一瞬喜んだが、俺の補足を聞くと、すぐにレンはしぼんだ。が、すぐに納得したようで、異論を呈してきたりはしない。
こうやってアイデアを出させてみると、双子ということもあってセットで見がちなリンレンだが、性格は結構違うのかもしれない。リンは過激派、レンは穏健派で現実主義者、という感じか。
そして、一番よくわからないのは杠だと思った。
チャンネルの主役になるつもりなのに、自分の見せ方を一番よくわかってないっぽいし、発想力もリンレンのほうが上。きっと、変に生真面目な部分があるのが影響しているのだろう。
「いやあ、しかしマジでヤバいアイデアしか出ないな……」
「そうですか? 3人とも毛色が違って面白いと思うんですけど」
「……あのな、杠。前に電車で話した、YouTubeで勝つための3要素って覚えてるか?」
「えーっと、これですよね」
杠がノートを開くと、そこには俺の文字でこう書いてある。
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①自分の魅力を正しく認識し、視聴者に伝えられること
②タイトルとサムネイルに徹底的にこだわること
③ヒット企画が出たら、それを徹底的にこすり倒すこと
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「これを見たうえで話すけどさ」
「はい」
「これすげー重要なことなんだけど、企画として面白いのと、自分が魅力的に見えるかどうかは全然違うんだ」
杠に、俺は言い聞かせるように話す。
「そりゃ、過激な動画はわかりやすいし、注目も集めやすいよ。『10リットル一気飲みしてみた』とか『一ヶ月間マックだけ食べ続けてみた』的な動画あれば、やっぱ見ちゃうのが人間じゃん?」
「ですね」
「でも、過激さを売りにしてたら視聴者も見慣れてくる。結果、どんどん過激になって続けるのが難しくなる」
「たしかに……わたしも過激さが売りだった人が路線変化すると萎えちゃうタイプです」
実際、伸び悩んでいるYouTuberに、そういう人は珍しくない。
無名のうちはどれだけ過激なことをやっても叩かれない(そもそも反応もない)が、影響力がついてくると、ちょっとしたことで揚げ足を取られやすくなるし、事務所に所属していれば「さすがにそれはどうなの?」的なことを言われることもある。
で、そこで平和な路線に変更するのだが、一度ついてしまったイメージを一新するのは大変だし、すでについているファンは元の過激な動画が好きな人も多いので、チャンネル登録者数が減ることも普通に起きる。
テレビだと面白い企画、強い企画を考える必要があるのかもしれないが、YouTubeでは正直そんなことはない。むしろ、企画の強さに頼るがゆえに、早く飽きられることすらあるのだ。
「だからさ、大事なのはいかに『自分という人間を好きになってもらうか』なんだ」
「はい……!」
「自分の長所とか武器を活かせるようなネタを考えろ」
「はいっ!」
そして、3人に色々企画を出させ、ボツにし、さらに企画を出させ、ボツにし……を繰り返した結果、5時間くらい経ってやっと納得のいくアイデアが30個ほど出た。
そのうちいくつかを紹介すると、こんな感じである。
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『『小学生YouTuber】カバンの中身を紹介します!【休日】』
『【料理】女子小学生、全然初めてじゃない晩ごはん作り♡』
『【ゆずりは】TikTokで流行ってる曲をメドレーにして踊ってみた!【抜き打ち】』
『【モーニングルーティン】11歳女子小学生YouTuberの多忙な一日』
『歌詞を全然覚えられないJS・ゆずりはの『香水』が腹筋崩壊ww」
『【初体験】11歳女子小学生YouTuber、初めて眉毛をカット』
『2年ぶりにランドセルを背負って登校してみた』
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YouTubeでは王道人気のルーティン動画に加え、踊ってみた、歌ってみた、料理、そしてタイトルやサムネイルで釣れそうなモノをいくつか揃えた感じ。
「うはー、つかれたー」
「つかれたー」
「私ももう頭が働きません……」
俺が会議の終了を宣言する頃には、3人とも疲労困憊した様子だった。リンレンは倒れ、杠もぐったり疲れた表情をしている。
機材の運搬から全部やるとなると、大人よりも体力のある小学生でもさすがに疲れてしまうようだ。
「まあそうなるよな。でも、企画会議も慣れると短くなるから」
「はい……そうなるようにがんばりますっ!」
俺の言葉に、杠はうなずく。
「でリョータさん、それ何です?」
……のに加え、首をかしげてきた。
その視線は、俺が現在進行形でセッティングしているカメラに向けられている。
「何ですってカメラだけど」
「それで何するんです?」
「何って撮影だけど……え、もしかして今日はここで終わりって思ってた?」
「思ってました……」
「うそー、これから撮影するのー」
「ひょえー」
3人が一斉に落胆する。レンがリンの言葉を繰り返していない辺り、本当に疲れているようだ。
でも、YouTubeで上を目指すなら、企画会議だけで終わるワケにはいかないのだ。
「知らなかったか? 俺、じつはめちゃくちゃスパルタだって」
「そうなんですか?」
「うん。カケルチャンネルとか一番忙しいとき3時間睡眠が何ヶ月も続いてたし」
「3時間……」
「動画撮って編集終わらせたあとでも、タイトルとサムネイルが決まらなくて何週間も寝かせるとか余裕であったし、カケルのブランド、イメージを下げるような動画だと完成しても出さないってことも普通にあった。その辺、あいつは俺よりシビアというか、プロ意識高かったしさ」
「そうなんですか? なんか意外です」
「マジマジ。細かいこと気にしないって感じのキャラだけど、実際はめちゃくちゃ身内に求めるハードル高いから。もともと高校の友達と始めたのに、俺のほうが編集うまいって気づいたらすぐクビにしたし」
「ええ! そんなことが……」
杠が驚く。視聴者にはあまり見せてない部分だから仕方ないけど、カケルは本当にプロ意識が高くて、身内でも求めるハードルは一切変わらなかった。
「あったあった。弟だから優遇されたってわけじゃないよ? むしろ、俺に対しては生まれてからずっと偉そうというか、距離あったけどさ……って、俺らの話はいいんだ」
杠、リンレンがしげしげと聞いているのでつい話してしまったが、今はそんなことはどうでもいい。もう、俺が関わらなくなったチャンネルの話なんて。
「話を戻すとだけど。今日は練習でプロトタイプ一本撮ってみようって感じだから」
真意を告げると、杠は数秒黙ったのち、唇をギュッと結んで俺を見上げる。
「……わかりました! わたし、頑張ります!」
透き通った声が狭いアパートのなかで反響し、俺の耳に飛び込んできた。




