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第13話 機材、学ぶは真似る、企画会議

 YouTubeにおいてチャンネル登録者数は、人気をあらわす指標のひとつだ。


 自分に興味を持ってくれている人がそれだけいるということで、この数値が大きければ大きいほど動画の再生が見込め、急上昇ランキングなどにも載りやすくなる。


 さて、みれいから出された『登録者数10万人』という条件は、正直に言ってYouTubeの世界では全然大したことはない。


 主要言語である日本語の話者が英語や中国語、スペイン語などに比べて少なく、YouTubeそのものも他の先進国に比べてまだまだ普及していない日本であっても、登録者数10万人のYouTuberはたくさんいる。


 でも、期限が3ヶ月となると話は別だ。


 時間があれば試行錯誤して改善していくことが可能だけど、3ヶ月ではそれも難しい。正直、どれだけうまくスタートダッシュを切れるか、狙ってバズを生み出せるかどうかという話になってくる。


「はあ……なんであんなケンカに乗ったんだよ……」


 だけど、冷静に考えてみれば、ふたりに責任はない。


 みれいは姫花に強い愛着を持つあまり、容姿が似ているという理由だけで俺がプロデュースを引き受けたと思っているし、杠は杠で、自分が姫花に似ていることを知らない。


 俺が話していれば話は別だったかもしれないが、正直、余計に言いにくくなったのも事実で……。


「俺が悪いのかなあ、やっぱり……」


 と、そんなことを思っていると、である。


 目の前で誰かが立ち止まったことに気づく。視線をあげると、そこにいたのは杠、リンレンの3人だ。


「よう、おはよう」

「リョータさん、おはようございます」


 そう言うと、杠は礼儀正しく頭を下げる。昨夜、みれいとあんなことがあったせいか、心なしか緊張感のようなものを漂わせている。


 そして、敬語であることから、仕事モードであることがわかる。相変わらず、きっちりしている子だ。


「んじゃ早速行こうか」

「はいっ!」


 歩き始めると、程なくして杠が尋ねてくる。


「……で、今日はどこに行って何をするんですか?」

「するんですか?」

「するんです……か?」

「リンレンはタメ口でいいよ」


 姉が敬語で喋り始めたことに影響されたのか、たどたどしく真似していて面白い。


「企画、撮影、編集……今の『ゆずりはちゃんねる』には足りないものばかりだけど、一番最初に改善すべきは機材だ」

「機材……」

「今の動画ってスマホで撮ってるだろ」

「はい、そうです。お母さんのお古なので、古いんです……」

「そんでもって、パソコンは使っていない」

「はい。スマホで撮ったのそのままアップロードできるので……」


 恥ずかしげに、杠は語る。


 YouTubeはスマホ一台で始めることができるけど、プロのYouTuberでそうしている人はまずいない。最新鋭のスマホならさておき、古いモノだと画質が悪いし、アップロードに時間もかかるし、なにより音が悪い。室内ならまだしも、屋外ロケになると風の音やセミの鳴き声で耳が痛くなってしまうからだ。


 杠の恥ずかしげな様子を見るに、自分が機材的にしょぼしょぼなのは把握している模様。


「だから撮影用のカメラとかパソコンが必要になるんだけど」

「うちにそんなお金ないけど」

「知ってる。だからここに来た」


 そう言って俺は立ち止まる。杠は見上げたまま口をポカンを開けた。


「ここは……」

「いや俺の家だから」


 そう、来たのは俺の家である。


 俺の家の最寄りと書いたから、まあそりゃそうだろって感じだけど。


「杠、お前一回来たんだからわかるだろ」

「はい。とぼけてみました」

「リンレンは初めてだよな?」

「いや、ゆず姉と偵察しに来たことあるよ」

「来たことあるよ」

「えっマジで?」

「マジで。3回くらい」

「3回くらい」

「……杠。お前ってやつはまったく」

「さ、中に入りましょう、師匠」


 ごまかすように、杠は俺の背中を押す。我が家なのに立場逆だろ……という感じだ。


 なお、今日は親が両方ともいないタイミングを見計らって来ている。


 本当はふたりにも伝えないといけないし、あの親なので反対されるとかは全然ないだろうけど、みれいからあんな反応をされた後だけに色々と考えてしまい……。


 まあ、それは今はいい。


 リビングに行かせないように気をつけつつ、3人を引き連れて2階に登らせると、杠の一個手前、すなわち俺の自室に入る。


 写真が色々置かれている姫花の部屋と違って、ここは完全に仕事部屋で、パソコン数台や複数のディスプレイ、スピーカー、マイク、外付けHD、カメラ、三脚、LEDリングライト……などの類いが所狭しと置かれている。仕事関連以外はベッドがあるくらいだ。


「ヤバイ!! めっちゃカッコいい!!」

「YouTuberの部屋みたい!! YouTubeで観たことあるこういう部屋!!」

「YouTuberの部屋みたいって、YouTuberの部屋……じゃないか。自分でも勘違いするとこだったぜ……」


 はしゃぐリンレンに対し、杠は圧倒されている感じだった。ただでさえ大きな目を見開き、ほわーという感じで口を開けている。


「スゴい……やっぱ一流の人って高い機材使ってるんですね」

「まあ買っただけで使ってないやつもあるけどな。今リンが持ってるリングライトとか一回も使ってないし」

「あ、こらリン! 勝手に触っちゃダメでしょ!」

「いや、いいんだ杠。どうせお前のモノになるやつだし」

「……え、私のに? ですか?」


 驚きのあまり、一瞬敬語が取れかけていた。俺はコクンとうなずくと、部屋の隅にあった段ボールの空箱を渡す。


「これは俺のポリシーなんだけど、『最短で上達する方法はトップの真似をすること』ってのがあって」

「トップの真似、ですか」

「一流には一流の理由がある。たしかにYouTubeはスマホ一台から始められるけど、上を目指すならそれじゃダメだ。形から入ることをバカにする人って多いけど、実は形から入るのが一番大事なんだよ。武術でも型を学ばないやつは上手くなんないだろ?」

「たしかに……独学のオリンピック選手なんていないですもんね」

「だからまずは機材を揃えるのが大事なんだ……ということではいこれ」


 そして、俺は机の下から大きな箱を取り出す。


「これ……え、ウソ……」


 箱が何であるか理解した杠が、驚いて絶句する。


「MacProだ。発売は……たしか2019年だったかな?」

「スゴい……これ貸してもらえるんですか?」

「いや、普通にあげるよ」

「ふ、普通に……あの、私、内臓を売る気はないので……」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」

「体を売る気もありませんので……」

「……」


 もはやツッコミを入れる気力もない俺だけど、実際リターンなしでプロデュースを引き受けたうえ、高価な機材をタダであげようとしているのだから普通ではないと思う。


 まあでも、いい機材を使うのはそれくらい大事なことなのだ。


 その後、必要そうなモノをひと通りまとめると、電話でタクシーを呼び、俺たちは間瀬家へと移動。協力しつつ、機材を家に運び込んだ。


 間瀬家は本当になんの機材もなく、作業用デスクとかも当然なくて俺の部屋に置いてあったものを持ってきたので、4人で手分けしてもなかなかの重労働だ。 


「はあはあ……機材って結構重いんだね」

「結構どころじゃないよー。めちゃくちゃ大変だよー」

「そうだよ、めちゃくちゃ大変だよー」


 結果、杠だけでなく、リンレンもへたり込んでしまった。ダンボールや購入時の箱に入れているため、さながらちょっとした引っ越しである。


「まあ全部一気に運ぶ人はいないからな……んじゃ、設置は後回しして、雑談がてら一旦企画会議しようか」

「え、企画会議……ですか?」

「そう、企画会議。YouTuberって色んなスタイルがあるけど、動画のネタを考えるってとこだけはみんな共通してるとこだ」

「たしかに」


 杠が、あげた顔を下ろしてうなずく。


 企画会議という言葉に反応し、少しテンションが上がっているのが表情からわかった。


「ということで、企画を考える前に多少レクチャーを……」


 と俺はそこまで言って、続きを口にするのをやめる。


「と思ったんだけど、一回、お前ら3人で企画考えてみてくれないか?」

「えっ、私たちでですか? リョータさんいるのに?」

「ああ」

「……もしかしてセンス微妙だったらプロデュース撤回とかっ……」

「いや、それはないから。最初から俺があれこれ指示しても考える練習になんないだろ?」

「た、たしかに……」


 俺の言葉に、杠はホッと肩をおろす。


 杠にも伝えたとおり、俺としてはあくまで3人の考え方やセンス、現状の発想力を確認したいだけで、テストするとか試すみたいな気持ちはなかった。


 それに、あれだけYouTube好きなら、そんなに的外れなアイデアを出してはこないだろう……という確信もあったからだ。今の小学生はその多くがYouTubeに日頃から触れているし、それになにより、杠はこの俺が可能性を感じた女の子なのだ。


 それに、リンレンもとても頭のいい子供だ。下手に経験値のある俺より、よっぽど柔軟な発想をする可能性だってあるだろう。

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