表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九条葵は償いたい ~その献身には理由がある~  作者: 神崎水花
第三章 あなたを追いかけて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/58

第58話 ポンコツな花と、柄にもない俺

 沈黙が続く。

 カゴの中に、どんどんと商品が積み上げられていく。

 普段の彼女なら、「これは高いわね」とか「こっちのほうが新鮮そう」なんて言いながら、楽しそうに選んでくれるはずなのに。


 ……といっても、それは今の俺の、勝手な空想でしかないけれど。

 二人でこうして買い物に来るのは、今日が初めてなのだから。

 今の九条さんは、まるで何かに追われるように、手当たり次第に商品を掴んでカゴへ放り投げていた。

 

 しばらくして。

 ふと、我に返った俺は、ずっしりと重くなり始めたカゴの中身を見て──我が目を疑う。


「……あー、九条さん?」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 

 恐る恐る声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせ、裏返った声で振り返る。その挙動不審さは、まるでいつかの健太じゃないか。

 上気した顔に、潤んだ瞳。

 その破壊力に再び撃ち抜かれそうになるのを必死で堪え、俺はカゴの中を指差し示した。


「あのさ……野菜多すぎないか?」

「え……?」


「いらっしゃいませ~! カゴお預かりしますね」

 指摘したのと同時。

 テキパキとした店員さんが、サッ! とカゴを回収しスキャンを始めてしまった。……ああ、どうやら俺も気づくのが遅かったらしい。

 後ろには次の客も並んでいる。今更「これ戻します」なんて言える空気じゃない。

 参ったな。二人して、どうにかしていた。

 

 ピッ、ピッ、というバーコードを読み込む電子音が、俺たちを現実(野菜地獄)へと引き戻すカウントダウンみたいに、無機質に響く。


「キャベツが一点、レタスが一点、白菜が一点、長ネギが三点、玉ねぎが一点」

「はわわ……」

 隣であの完璧なる『高嶺の花子さん』が、聞いたこともないような情けない声を漏らしている。だが、店員さんの読み上げは止まらない。

 

「大根が一点、人参三本入り一点、小松菜が二点、キュウリ三本入り二点、水菜が、え~三点ですね。ブロッコリーが二点、ミニトマト、豆苗、パセリ……」

 おい、さすがに緑色過ぎるだろ!

 なんだ? 八百屋の仕入れか? それとも定食屋でもするのか!?


 俺たち二人しかいないんだぞ。量がおかしすぎるって!

 待て待て。肉はどこだ? 魚は?  麺は?

 メインを張れる食材はいったいどこに隠れているんだ?


 ……ない。

 そんなものは、ついぞ現れなかった。

 隣りのカゴに移されていくのは、見渡す限りの緑。

『葉っぱ』と『根菜』の山だった。

 野菜、野菜、野菜。


「お会計、5,322円になります」


 嘘だろ、野菜だけで5千円突破だと……!? 

 生まれて初めてみたぞ、そんなレシート。


「あ、あわわ……。えっと、お財布、お財布……!」

 九条さんが慌ててカバンをまさぐるけど、どうも上手く探せていない様子。後ろの列からの「早くしろよ」という無言の圧力が、物理的な重さとなって背中に突き刺さる。

 ……ダメだ、見ていられない。

 俺は小さく息を吐くと、焦る彼女の手を優しく制して、自分の財布からカードを取り出した。


「大丈夫。俺が出すよ」

「えっ!? あ、蒼くんっ!?」

「カードで」 

 俺は彼女の静止を待たずに、カードを端末に差し込む。

「はい。お支払い回数はどうされますか?」

「一括でお願いします」

 

 店員さんは一瞬、真っ赤な彼女と、平然を装う(内心バクバクの)俺を見比べ──それから、ふふっと微笑ましそうに目を細めた。

 

「はい、承りました。……ふふ、仲が良くて羨ましいです」

 店員さんの生温かい誤解(?)に、俺たちは顔を見合わせ、再び茹でダコになるしかなかった。やばい、これは恥ずかしいが過ぎる。

 

「後ろ、つっかえてるから。と、とりあえず行こう」

「は、はい」

 上擦ったこの返事一つで、彼女がいかに軽いパニック状態なのかがわかる。

 

 会計を済ませ、逃げるようにサッカー台(袋詰めエリア)へと移動する二人。

 カゴはずっしりと重い。

 目の前に築かれた『緑の山脈』を前に、九条さんはしゅん、としおれた野菜のように小さくなっていた。


「ご、ごめんなさい……。私、どうしてこんなことに。なんだか心ここにあらずで……あまり覚えてないの。ああっ、そうだわ、お金! すぐ返すわね」

 

 彼女が慌てて財布をまさぐろうとするのを、俺は片手で優しく遮った。

 

「いいって。いつも色々と世話になってるし、食費くらい出させてくれよ。これくらいじゃ、全然足りないくらいなんだから」

「でも……」

「それに……」


 俺は大根を袋の底に詰めながら、一度言葉を切る。

 それから、照れ隠しに少しだけ顔を背けて、ぽつりと付け足した。

 

「その髪型への、お礼も兼ねて」

「え?」

「そのポニーテール。……見られて、嬉しかったんだ」

 自分の言った些細な好みを、彼女が即座に叶えてくれた。

 それが嬉しかった。

 

 それを聞いた彼女は、カゴの縁を握りしめたまま、数秒間フリーズし。

 やがて、許容量を超えた感情が爆発したように、顔を真っ赤に染め上げてしまう。

 

 俺の心臓と同じくらい、どうやら君の心臓も忙しそうだ。

「あう……」

 

 言葉にならない、消え入るような悲鳴。

 甘すぎる俺たちには、野菜たっぷりのヘルシーな夕食くらいがちょうどいいのかもしれないな。九条さん。

 なんてな。

 袋詰めを終えると、そこにはパンパンに膨れ上がった袋が二つ鎮座していた。中身は大根、キャベツ、白菜などの重量級野菜がぎっしり。

 その重さは推して知るべしだ(笑)


「……よいしょ」

 九条さんが、その細い腕で重い袋に手を伸ばそうとする。

 けれど、それを黙って見ていられるわけがない。


「ああ、待って。俺が持つよ」

 すかさず差し出した俺の手が、持ち手に伸びた彼女の細い指を、上から包み込むようにして捕まえた。

 ……あ。

 これは、その、不可抗力だ。

 わざとじゃないんだ、信じてくれ。

 

「あっ……」

 

 何度目だろうか。

 触れた瞬間、彼女の身体がビクリと、また可愛らしく跳ねる。

 俺の体温が伝わった指先から、熱が感染したみたいに。彼女の頬が、耳朶が、白い首筋が、みるみるうちに林檎のような朱に染まっていく。


 そのまま数秒、あるいはもっと長い時を見つめ合っていたかもしれない。

 けど、ふと俺の包帯姿が視界に入ったのか、彼女は弾かれたように我に返った。

 

「っ、じゃなくて。だ、だめよ蒼くん」

 真っ赤な顔のまま、今度は血相を変えて俺の手を振り払おうとする。

 恥じらいよりも心配が勝るのが、いかにも君らしい。


「そ、その怪我で持てるわけないじゃない。もし何かあったらどうするの」

 

 眉を下げて訴えるのも無理はない。今の俺の右手は三角巾で吊られ、左手の指も二本、固定具でガチガチに固められているんだから。

 客観的に見れば、荷物持ちなどできる有様じゃない。


「君にこんな重い物を持たせるわけにいかないだろ」

「で、でも……っ」

「いいから。ほら。九条さんには悪いけど、ここに掛けてほしいんだ」

「えっ……ここ、に?」

「そう。指じゃ掴めないからさ。ここなら問題ないだろ?」


 俺は肘を曲げ、袋の持ち手を通せるように突き出した。

 彼女は戸惑いながらも、俺の怪我に触らないよう慎重に、恐る恐るその持ち手を俺の腕に通してくれる。

 ずしり、と。野菜の重みが腕にかかる。

 けれど、上着を通して伝わる重力すら、今は心地いい重みに感じられた。

 

 至近にある君の綺麗な顔。

 重なる視線。俺は逃げずに、彼女の瞳を真っ直ぐに覗き込む。

 

「何かあったら? ……その時は俺と君のこの生活がまた少し、長くなるだけさ」


 もう、何の後悔もない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ