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九条葵は償いたい ~その献身には理由がある~  作者: 神崎水花
第三章 あなたを追いかけて

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第51話 山盛りの弁当箱

 四限目の終了を告げるウエストミンスターの旋律は、空腹の学生たちにとっての聖なるファンファーレ。

 号令が終わるや否や、教室は大きく二つの流れに分かれ始める。


「急げ! 今日のAランチ、ハンバーグだぞ」

「マジか、席埋まる前にダッシュだな」


 脱兎のごとく廊下へ飛び出していく学食(カフェテリア)組。

 大学を含め、もともと洗練された校風が売りの我が校だけど、特に新設された高等部校舎のカフェテリアは群を抜いて洒落ている。

 味も専門店顔負けの評判で、それゆえに人気メニューは争奪戦必至だった。


 優雅なランチタイムを勝ち取るために、優雅に振る舞えないというパラドックス。

 その嵐が過ぎ去った教室では、残った『お弁当派・購買派』たちが、ガタガタと机を動かし始めていた。


「じゃ、失礼して」


 高階さんが宣言通り、自分のお弁当箱と購買のパックジュースを持って、俺たちの席へとやってきた。

 それを見た前の席の健太が、ガタリと立ち上がる。


「おっ、四人で食うなら『田の字』だよな。やっぱり」


 健太は手際よく自分の机をくるりと反転させて、俺の机にくっつける。

 さらに、九条さんの前の席を指差した。

 

「ここ、前島さんは学食で食べる派だから借りちゃおうぜ。高階さん、使いなよ」

「あ、サンキュ。気が利くじゃん小園」

「へへっ、伊達に空気読んで生きてねえからな!」

 

「へえ。……小園が、空気をねえ」

「俺もそれは、どうかと思うな」

「……うーん」

「な、なんだよ……皆して。ああ、九条さんまで!?」


 俺と高階さんのジト目に続き、九条さんにまで気まずそうに目を逸らされるとは。

 ドンマイ、健太。

 日頃の行いってやつだ。

 

 じゃれ合いながらも、その手は止まらない。

 怪我人の俺以外の皆が協力して、前の席の机を反転させる。ガコンと四つの机が合体し、広々とした長方形のスペースが生まれた。


 俺の隣に九条さん。

 向かいには当然健太がいて、そして九条さんの正面に高階さんがいる。

 即席のランチ・フォーメーションの完成だ。


 そこで、ふと気づいたんだけど。

 この面子、色々とやばすぎないか?


 我が校始まって以来の才媛で、モデル活動もしている『秀外恵中たる大聖女』枠の九条さんに。

 学年でも有数の美貌と人気を誇る、『美人魔法使い』枠の高階さん。ちょっと気の強そうなところもイメージ通りでいい感じ。

 そして、普段は能天気だけど実は頼れる体育祭のエース。まさに『戦士・前衛』枠が相応しい剛の者、健太。


 まるで、選ばれし勇者パーティーじゃないか。

 このキラキラした食卓の真ん中で、ギプスをつけた俺はなんなのか。差し詰め『負傷した村人A(護衛クエスト対象)』というところか。

 ……それはそれで、情けなくて泣けてくるな。


「わあ……! 九条さんのお弁当、すっごく美味しそう! いいな、いいな~」

「実際、美味いんだぜ……」

 

 二人が、九条さんの広げたお弁当を見て感嘆の声を上げている。

 その気持ち、凄いわかるよ。彼女の手作りお弁当はホント、見た目も味も一級品だから。

 机の上には、彩り豊かな二つの黒と赤の箱。

 俺の分まで手際よく準備し、蓋を開けて箸やピックを揃えてくれる九条さんの姿は、もはや『お世話係』を通り越して『出来た奥さん』のそれだったりする。


「ふふ、ありがとう。高階さんのお弁当も可愛らしいわね」


 九条さんが褒めると、高階さんは自分の弁当箱──パステルカラーのファンシーな包みを解きながら、照れくさそうに苦笑いした。


「えー、私のは冷食ばっかだよ? 一応、ママに作って貰ったものだけど……この包みとか、趣味全開でしょ? 高校生にもなってこれって」

 ……ママ。

 いまや普通の呼び方とはいえ、彼女のような大人びた見た目の女子が言うと、なんだか妙な破壊力があるのも事実。


「……!?」

 そのとき隣で、九条さんの肩がピクリと跳ねたのを俺は見逃さない。


 彼女の視線は、高階さんの弁当箱に描かれた、ゆるキャラ風のネコのイラストに吸い寄せられるように釘付けになっていた」

 あー、ネコでもいいんだ。

 クマ専門って訳でもなかったんだね。

 

 九条さん。君、知っているかい?

 顔は涼しい『高嶺の花』を装っていても、目が泳いでいることを。

 そうだった。この人は、クールな成りをして重度の隠れファンシー好きだった。あの寝室での『クマー牧場』っぷりを、俺は忘れていない。


 言いたいんだろうな。「可愛い!」って。

 でも、自分のキャラじゃないから。そう必死に我慢しているのが、手に取るように分かる。

 言っちゃえよ、九条さん(笑)

 自分に正直に、なれ。


「え、どうしたの九条さん? やっぱり変かな?」

「い、いえ。……女の子らしくて、私はとてもいいと思うわ」


 うーん、微妙?

 理性を総動員して、なんとか当たり障りのないコメントをひねり出したみたいな。

 彼女にしては、頑張ったほうなのかねえ。


「はぁ……。それにしても、いいなぁ水無月くん。こんな愛妻弁当が毎日食べられるなんて」

「うっ……何を言って」

 

 隣で、九条さんもピクリと肩を震わせている。

 否定するでもなく、ただ黙って、耳まで真っ赤にしてお茶を注いでいるから。そこは否定して欲しいような。そうでないような……。


「おいおい、俺の存在を忘れてねえか?」

「なに、小園まだいたの」

「おい、さっき机動かすの手伝っただろ! ひど過ぎ!」


 漫才のような会話に笑いながらも、俺は高階さんの言葉に喉を詰まらせる。

 否定したいけど味は保証付きだし、気持ちを込めて作ってくれているのも事実なんだよな。『愛妻弁当』という言葉のチョイスが照れくさいだけで。

 

 俺はありがたく手を合わせ、「いただきます」と箸をつけた。


 和やかなランチタイム。

 他愛のないクラスの話題や、高階さんのマシンガントークに笑い合う、平和な時間が流れていく。

 そんな中、ふと思い出したように健太が口を開いた。


「そういえばさ、蒼」

「ん? なんだ?」


 卵焼きを頬張りながら聞き返すと、健太は少し真面目な顔をして、俺のギプスを指差す。


「いや、変なこと聞いて悪いけど、その怪我だろ? バイト行けないよな?」

「ああ、そりゃね。しばらく休みをもらったよ」

「だよなぁ。……その、生活費とか、大丈夫なのか?」


 健太の声のトーンが少し落ちる。

 ああ、こいつは本当に俺のことを心配してくれているんだな。

 クラスメイトたちは俺の事情──両親が他界していて一人暮らしだということを知らない奴も多いが、健太は入学からの付き合いだからなあ。

 今となっては事情を知る、数少ない一人だ。


 俺はピックを置き、安心させるように笑ってみせた。


「あれ、言ってなかったっけ? 実は両親の遺してくれたお金があるから、学費や食っていく分には何の問題もないんだよ」

「え、そうなのか? じゃあ、なんでバイトしてんだよ」


 健太が目を丸くする。

 隣の九条さんと向かいの高階さんも、箸を止めて俺を見ていた。遺産があるなら、わざわざ高校生が汗水たらして働く必要はない。そう思うのも無理はない。


 けれど、それは俺の中での『けじめ』みたいなもので。


「そりゃ小遣いとか、お前とのラーメン代もそうか、後はゲーム買ったりとかあるだろ。スマホ代もそうだな。……そういう『自分の楽しみ』に使う金は、親が遺してくれた金から出したくなくてな」


 生きて、学んで行く為に必要な分は、ありがたく使わせてもらう。そこは惜しまない。

 でも、俺が俺の人生を楽しむための金は、俺自身の手で稼ぐべきだ。あのお金は、両親の命と引き換えたのと同じだから。一円たりとも無駄には使いたくない。


「だからまあ、生活は大丈夫なんだ。……贅沢はできないけどさ」

 俺が肩をすくめると、場に一瞬の静寂が落ちてしまった。健太は「……そっか」と短く呟き、バツが悪そうに鼻を擦る。


「お前、やっぱすげえな。……悪かった、変なこと聞いて」

「気にするなよ。むしろ心配してくれてありがとうな」


 空気を重くしないよう、俺は明るく返して卵焼きの残りを口に放り込む。

 ふと気配を感じて隣を見れば、九条さんが箸を止め、じっと俺を見つめていた。


 その瞳は、どこか痛ましげで。

 俺の言葉が、彼女の琴線に深く触れてしまったかのような、とても悲しげな色を帯びていた。


「……ごめんなさい」

 消え入りそうな声で、彼女が呟く。

「え?」

「私が……あ、いえ。怪我なんてさせなければ。水無月くんは自分の力で、いまも自由に……」


 彼女はそこで言葉を詰まらせ、唇を噛む。

 

「あー、ごめんごめん。ちょっと湿っぽくなっちゃったな」


 俺はわざとらしく明るい声を出し、手をひらひらと振ってみせる。


「別にバイトは逃げないし、そもそも手がこんなんじゃあ、小遣いなんてあっても使い道がないだろ? それに、こうしてゆっくりするのも悪くないと思ってるんだ、本当さ」

 俺はそこで言葉を一旦止めて、彼女の目を真っ直ぐに見つめて続ける。

 これは本当に大事なことだと思うから。


「……それに、前も言ったけど。あれは急に飛び出した俺が悪いんだ。君は、何も悪いことなんてしていない。むしろ世話になりっぱなしで、こっちがお礼したいくらいだよ」

「水無月くん……」

「だから、そんな顔しないでくれ。せっかくの美味しいお弁当が台無しだ」


 俺が困ったように笑いかけると、彼女はハッとしたように顔を上げ、瞬きをした。

 そして、その瞳に宿っていた暗い影を無理やり振り払うように、努めて明るく微笑んでみせる。


「……そう、よね。ごめんなさい」

 彼女は気を取り直したように箸を動かすと、自分のおかずの中から鳥の照り焼きを、そっと俺の弁当箱へと移し始める。


「食べて。……栄養、つけなきゃダメよ」

「え、いや、でも」

「いいの。食べて欲しいの」

 

 何だか久しぶりな、君の有無を言わせぬ笑顔。

 その行動を見ていた高階さんも、空気を読んで乗っかってくる。


「うんうん、水無月くんは偉いと思うよ! 仕方がない。はい、私からは唐揚げをあげる! うちのママ特製よ」

「お、じゃあ俺はたまごパンの半分でいいか? 食え蒼、遠慮するな」

「ちょ、みんな。俺の弁当箱が山盛りじゃないか」


 唐揚げに照り焼き、そして無造作に放り込まれたたまごパン。

 こんなに温かい混沌があるだろうか。

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