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九条葵は償いたい ~その献身には理由がある~  作者: 神崎水花
第二章 突如始まる、秘密で甘い同居生活

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第20話 まさかのスーパーポンコツ属性

 電源を入れると、コミカルで可愛らしい起動音が鳴った。

 

「……すごい。本当に、テレビに映るのね」

 直前の、恥じらう熱など忘れたかのように、切れ長の瞳をきらきらと輝かせて、純粋な感動の声を上げる九条さんがいる。

 

「はは、まあね……」


 ついさっき、素敵な胸元を盗み見て、盛大に自爆した俺だから。

 彼女の無垢な輝きがそれはもう眩しすぎて、まともに目も合わせられない。

 俺は、そのどうしようもない気まずさを振り払うように、半ばヤケクソで、もう一つのコントローラーを手渡した。

 

「せっかくだからさ、九条さんも一緒にしようよ」

 それは、俺がこの家に連れてこられてから、初めて口にした明確な誘い。能動的な言葉だった。不意打ちとも言える提案に、彼女の、きらきらと輝いていた表情がはっきりと揺らぐ。

 

「え、でも……、私はそういうの、したことがないから」

「ええっ!? ホントに? ゲームをやったことない人なんているの??」

 わざとらしく大げさに返してみる。

 このご時世、そんな天然記念物みたいな奴、そうそういないだろ……な、なあ?

 

「う……いじわる言うの?」

 潤んだ瞳でこちらを睨むその声は、どこか幼い子供のようで。

 ──くっ、そんな顔は反則だろ。

 

「え、いや、ごめん。でも、これはこれで、楽しいよ」

「でも……きっと、ちゃんとできないから」


 本当に珍しい、彼女の自信なさげな声。

 あの、完璧超人たる九条 葵が、初めて見せた純粋な『弱音』の音。それを聞くと俄然、そこに優しく触れてみたくなるのが、男心というものでは。

 優しくリードしてあげたいような。少しばかり、苛めてみたいような……。

 これって、俺だけ?

 

「大丈夫。二人でやれば、一人でするよりずっと面白いはずだから。ちゃんと俺が教えるし。ね?」


「あー、それにほら、俺はこの手だろ?」

 俺はそう言って、ギプスで吊られた右腕と、まだ添え木が当てられた左手を軽く掲げてみせた。少し大げさにね。

「まともにコントローラー握れるかも怪しいんだ。だから、九条さんがメインで、俺は必死にサポートするよ」


「え、でも、それじゃあ……」

「いいから。俺が九条さんとゲームしたいんだ」

 真っ直ぐに笑いかけると、彼女は数秒のあいだ視線を彷徨わせ、逡巡したのち、

「しょうがないわね」

 と、小さな覚悟と少しの緊張感を漂わせて、こくりと頷いてみせた。


 俺は、何本かあるソフトの中から、この世で最も有名で、操作が簡単な部類にはいるであろう、あの『髭の配管工がカメを踏むゲーム』を選ぶ。

 これなら、彼女でも大丈夫なはず。いくら不慣れであってもね。


 さあ、始まりの草原フィールドだ。

 この軽快なBGM。いいね。テンションが自然と上がってくる。


「この……おじさんを、動かせばいいの?」

 ……おじさんて(笑) 真横でいきなり変なツボを刺激するのはやめてほしい。笑いを堪えるのが大変じゃないか。

「そうそう。俺も出来るだけアシストするから、頑張って」

「わ、わかったわ」

 

 画面の右からゆっくりと、茶色い栗が歩いてくる。世界で一番踏んづけられているであろう栗が、ノコノコと。ノコノコだって!? ふう、危ない危ない。


「……なに、あれ。可愛いわね」

「あ、九条さん、それ敵! 踏まないと!」

「踏む? どうして? こんなに可愛いのに」

「いいから、ジャンプして!」

 あ……。彼女の『おじさん』は、その『可愛い栗』に優しく触れるように、トコトコと真正面からぶつかっていった。

 

 ポポッポ、ポポポポーン♪

 ……あまりにも有名な『死亡音』が、部屋に響く。

 

 うそだろ?

 この世に、最初の栗で死ぬ奴なんているのか!?

 だが、まだだ!

 残機は十分にあるっ。

 

「……今、何が起きたの?」

「いや、あの、アイツ敵だからさ……当たると死ぬんだよ」

「敵!? あんなに可愛かったのに?」

「う、うん……よし、次いこう、次!」


 気を取り直して、二機目。ちがう、おじさん二人目……か。

 ふと横を見ると、彼女はいつの間にか床に正座していた。完璧な姿勢でコントローラーを握りしめている。……真面目か!

 

 彼女は今度こそ慎重に、その栗を飛び越えた。

 いいぞ! 九条さん。

 さすがの対応力だ!

 

「この、光ってる箱は、なあに?」

「あ、それ、下から叩いて! ジャンプで!」

「こ、こう?」

 彼女の『おじさん』が、可愛らしくジャンプする。


 モコモコモコ、と。

 箱から茶色くて可愛い、キノコのようなものが飛び出した。それが下へ落ちると、彼女の『おじさん』めがけて進んでくる。

「えいっ!」

 こんな時に限って、華麗なジャンプでキノコを飛び越える。

「ああっ!? なんで避けるのさ!」

 

「えっ、だって、当たると死んでしまうって」

 キノコは、そんな彼女の狼狽などどこ吹く風で、そのままスルスルと進み続け、やがて画面の端へと消えていった。

 ……ああ、アイテムが。

 ハハ、この乾いた絶望感はきっと、俺以外の誰にもわかるまい。

 

 どこか必死な様子で、前のめりにプレイする九条さんがいて。

 それが時折、こちらへ振り向いては色々な表情を見せてくれる。

 不安そうな顔。

 嬉しそうな顔。

 ホッとした顔。

 花咲くような笑顔。

 それらがまた、とても可愛いんだ。

 

「わ、今度は端からカメさん。羽がついてるわ。これも、可愛……あ」 

 

 ポポッポ、ポポポポーン♪

 芽生えたばかりの──繊細で詩的な感情が、容赦なく吹き飛ばされる。

 まさかの、ポンコツという暴虐に。


 不思議な軌道を描く空飛ぶカメに、真正面から当たりにいくのだから、もうどうにも救えない。小学生でも、君より上手いと思うぞ。


 盛り上がりつつあった俺の情緒を返せ。

 俺は、深く、長いため息をついた。

 これは、想像以上に厳しい戦いになりそうだぞ……。


 そして三人目のおじさんが、満を持して登場。

 嘘つけ、満身創痍だろ。

 彼女は、今度は戦略を変えたらしい。面白い着眼点だとは思う。キノコも、箱も、全てを無視して、ただひたすらに右へとダッシュしたんだ。

 一陣の風のように。


「あ、九条さんそこ、穴! 穴だって!」

「え?」

 ヒュゥゥゥゥ……。


 彼女の『おじさん』は、この世で最もありふれた、至極簡単な部類の、あの『縦穴』に綺麗に吸い込まれていったよ。


 ──GAME OVER──

 

 いや、終わるの早えよ!

 うそだろ、最初のステージさえクリアできないなんて。

 画面に表示された無情な文字と、流れるおどろおどろしたBGM。隣で呆然としている完璧美人の姿が、あまりにもシュールすぎて、俺はつい声を上げて笑ってしまった。

 

「プッ……! く、ふふ……っ」

 こらえきれず、息が漏れる。

 

「あ、はは、あははは! ぐっ……い、痛たっ!」 

 肋骨の痛みがまるで罰のように、笑いの発作のたびに全身を痛く貫く。

 だが、もうダメだ。その激痛すらもが、このどうしようもなく滑稽な光景の、最高のスパイスになっていた。

 

 あの九条 葵がだぞ。最初の栗と、空飛ぶカメと、ただの穴に、完膚なきまでに叩きのめされたのだから。

 ああ、なんだ。

 この人、めちゃくちゃ不器用じゃないか。

 それにして、下手がすぎる! 幼稚園児か!

 

「……ひどい!」

 俺が痛みに耐えながら、息も絶え絶えに笑い続けていると、ソファの端から、絞り出すような抗議の声が飛んできた。

 見ると彼女は、顔をこれ以上ないくらい真っ赤にして、潤んだ瞳で俺のことを必死に睨みつけている。ちなみに全然怖くない。

 

「だから、やりたくないって言ったのに……!」

 あの『高嶺の花子さん』が、だ。

 さっきまで正座していたあの姿で、カメに猛然と突っ込んでいく姿を思い出すと、俺の笑いのツボは、さらに深く刺激される。

 オマケに穴だぞ? 何の抵抗もなく落ちていく。


「何回も、何回も断ったのに!」


「ご、ごめん。でも、あはは! い、痛っ……! あまりにも下手くそで……!」

 謝罪になっていない謝罪。特に最後の「へたくそ」という言葉が、彼女の羞恥の導火線に、完璧に火をつけたらしい。


「ああっ!? そ、蒼くんの、バカ! もう知らない!」

 ぽすん、と。彼女はコントローラーをソファのクッションに優しく(?)叩きつけると、ぷいっと、今度こそ俺から顔をそむけてしまった。


「もう絶対に、二度としないんだから!」

「ええっ、どれだけお願いしても?」

「う、どれだけお願いしてもよ!」

 

 背中を向けて、本気で拗ねている。

 

 激痛が走る肋骨と、それとは全く別の理由で、どうしようもなく高鳴る心臓を抱えながら。

 この、あまりにも不器用で、あまりにも愛おしい『高嶺の花』を、どうやってあやしたものか、と途方に暮れるのも存外悪くない。

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