すっかり忘れてた
感動はしたものの、疑問は尽きない。普通は持ち主のいない間に占拠して農業始めました、はどんな理由であれ『じゃあしょうがないか』とはならないような気もする。でもまぁ同じスイーツ好きの同士って事を考えれば、現状使い道がなく遊ばせているだけの土地を貸すくらい良いかなぁって気もするしいいのかな? 土地が必要ならまた開墾しちゃえばいいしね。じゃあしょうがないかになったわこれ。
「事情はわかりました。委細お任せしますね。必要な事があれば私も同士として協力します」
「はっ!」
わざわざ私に報告しなくてもいいけど、人の土地を使ってるから報告してくれるのかな?
イマイチ釈然とはしない物の、農業始まった理由はわかったからいっか! それに、新しい事にチャレンジする人達に対して『でも』とか『それって』とか言いたくはない。どうせ言うなら頑張れと言える人間になりたいもんだよ。
その後夫人は御友人方とのひとときをおばさんが邪魔するものでは無いと、部屋を出ていった。
「まぁ正直いってよくわからないけど、使ってない畑なら好きに使ってくれてもいいや。夫人には何だかんだお世話になる事多かった様な気がするしね! それよりアデライト嬢は? 忙しいのかな?」
皆が合流し始めてからそれなりに時間がたってるけど、未だ姿を見せていない。
私の疑問にベランジェール様が答えてくれた。
「アデライトは今領地に戻っているわ。農民を連れてくるそうよ」
「農民? もしかして私の家で農業させるつもりなのかな?」
アデライト嬢の領地の農民って目が死んでるって噂の人達だよね。この冬の時期に大移動して平気……?
「領地で農民余ってるの?」
「マルリアーヴ侯爵領で余っているかどうかわからないけど、大抵どの領地でも余っているわ。所有する畑以上に子がいれば、当然畑のない農民が出てくる。そういう者達が街へ出て、仕事にありつけず冒険者になったりスラムに住むことになるのよ」
「アレクシアさんの言ってた他に生きる術がない人って事か。世知辛いね……。ウチの村では私がまだ子供だったからかそういう話聞かなかったし」
きっと笑顔の裏には悲しみがあったんだろう。村を出ていく人達は一定数いたと思うけど、皆夢や希望を抱いて上京していったと思ってたよ。
「ベルレアン辺境伯領は逆に人手不足気味ですわ。だからノエルが知らなくても無理はないと思いますわよ。ノエルの村は養蜂で豊かになっているからどの家も裕福ですし、畑が少なくても問題にはなりにくいんですのよ。街へ出ればセラジール商会が雇ったりもしていますしね」
「そうなの?」
私はエマちゃんに聞いてみる。地元企業で地元出身者優先みたいな感じ?
「はい。大なり小なりノエルちゃんの影響を受けてるのか、他の人とは違う発想にいたる人もいるってお爺様が言ってましたよ」
「へぇー。まぁスイーツショップを開いてからティヴィルに来る人が明らかに増えたから露店も盛り上がってたもんね。確かに仕事には困らないのかも」
「王都もそうなってくれると良いんだけど、既得権益が厄介なのよねぇ」
そういえば王都は歴史があるから新規参入が難しいんだっけか。その街によって事情が違うってのは新鮮な感じもするな。日本じゃそういうの意識したこともなかったし。
その後も各街の事情や対策について、リリとベランジェール様は話し始めてしまった。
私は為政者達の話題にはついていけないし、あまり興味も無いからニコニコと私に寄り添っているエマちゃんを膝の上に横座りさせた。
「そうです、ノエルちゃん。このノエルちゃんに貰った後ろ盾のネックレス凄いんですよ? ノエルちゃんの新居にいるゴーレム達が言う事を聞いてくれました」
そう言ってエマちゃんは胸元から私の紋章型ネックレスを取り出した。
「考えてみればウチって勝手には入れなかったよね。エマちゃんが通してあげたのか」
「……ダメでしたか?」
「ううん。エマちゃんならあの家好きにしていいよー。なんなら卒業後は一緒に住む?」
「はいっ! 今からでも住みたいです」
エマちゃんは挙手をして興奮気味に言うけど、あなたは学園で寮生活でしょ。ノラだって急に一人になったら可哀想だし。
「それならわたくしも一緒に住もうかしら。領地の方はお父様とお兄様に任せて、わたくしは王都で他の貴族との繋がりを強くしていくのもひとつの手よね」
「リリも一緒なら歓迎だよ。どうせ部屋はいくらでも余ってるし。でもそれなら料理人とか使用人とかも雇いたいよね。広いわりに家事をする人が私しかいないから持て余しちゃってさー。今日だって姫様達を私の家に泊め……あっ………………」
すっかり忘れてた……。私帝国から王族連れてきちゃったからその報告をする為にここに来たんだよね……。体感的には一時間は経ってそうだよ。
「私を泊めてくれるの? 王都帰還のお泊まり会ね!」
「いえ、ベランジェール様。ノエルのあの顔は何かやらかした時のものですわよ……。わたくしは嫌な予感がするので聞きたくありませんわ!」
リリは耳を両手で塞ぎながら水色の髪をブンブン振り回してイヤイヤしてる。どんなに拒もうとも、現実は否応なしにやってくるんだよ? 諦めた方がいい。
「リリ、聞かないで後悔するよりも聞いて後悔する方がいいんじゃない? もしかしたらまだ悪足掻きできるかもしれないし」
「尚更聞きたくなくなりましたわ! なんですのよ、悪足掻きって……。一体何をやらか……あぁ、もうわかりましたわ。これはベランジェール様や国としての対応が求められる案件ですわね。わたくしはそこまで関係なさそうですわ!」
「えっ? えっ? 私? もしかして国が大変なことになるの?」
リリの予想が合っているかはわからないけど、リリは何となく想像がついて落ち着きを取り戻した。反対にキョトンとしていたベランジェール様が非常事態に慌てている。
「さて、リリの予想は何? 当たったらご褒美にチューしてあげ――」
「はいっ! 私もわかります! なので私にご褒美ください!」
エマちゃんは私の首を自分の方にグリっと向けてご褒美の催促をしてる。解答者が二人もいるならフリップ形式がいいかな?
「じゃあイルドガルド、紙とインク用意してくれる? 二人には解答を紙に書いてもらって、それをせーので出してもらおう!」
「また遊び始めましたわね……。たった数日間だったというのにこの感じ懐かしいですわ」
リリはクスクス笑いながら机に移動して、紙にサラサラと書いていく。エマちゃんも私の上に座ったまま、テーブルの方に向いて書き始めた。
「二人とも書き終わったかな? それじゃあせーので紙を見せてね。せーのっ!」
二人がペラっと紙を見せる。リリの解答は『帝国の王族(姫様)が来訪している』だった。
エマちゃんの解答は『帝国の姫様と他にも数名の女が来ている』だった。
「……まさかそんなわけないよね? だってノエルが帰ってきてからそれなりに時間たった筈だけど……その間帝国の王族の方を放ったらかしている訳……ないよね?」
二人の解答を見たベランジェール様は顔を真っ青にしている。体調悪そうだね。
でも私の半身である二人がほぼ同じ答えを出したんだから、つまりはそういう事だ。
「二人ともほとんど正解でーす! 正確には帝国の姫様と、王子妃? のアンナレーナ様、その護衛とお世話係のメイドさん御一行が王都にお越しでした!」
「ヒンッ」
ベランジェール様は正解を聞いて変な鳴き声と共にソファにぐったりと座ってしまった。生きてる?
イルドガルドが口元に手をやってから首を横に振った。ダメだったらしい。




