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歴史的第一歩

 部屋の広さ的には十分余っているが、ヴォルテーヌ公爵夫人が部屋にやってきた事でなんとも言えない窮屈さを感じる。夫人が悪いという話ではなく、ただ単純に子供達の秘密基地に大人がやってきたような居心地の悪さと言えばいいのかな? 悪い事をした訳でもないし、夫人も怒っている訳でもない。ただ、やっぱり違和感みたいなのが拭えないね。


「お久しぶりですね。ノエル様」


「あ、はい。先日は公爵様にお力添え頂いて助かりました」


 もう名前も覚えていないけど、ウルゼルさんが来るまでの間に散々惚気話みたいなのを聞かされた事は覚えているよ。


「ベランジェール様も、皆様も突然お邪魔して申し訳ありません。ただ、ノエル様が帝国より戻ってらしたとあっては早速ご挨拶をと思いまして」


「構わないわよ」


「学園の寮ですので、満足のいくおもてなしはできませんがどうぞ寛いで頂けると幸いですわ」


 おお、こうして純粋な貴族様達が話しているとやっぱりお上品に見えてくるね。私も出来るだけお上品に見えるよう、表情から指先に至るまで細部に気を付けながら紅茶を飲む。どう? 私も貴族に見えるかな?


「それでラウレーリンはどうしてここへ? 挨拶って言っても話す事が無いわけではないでしょう? 例の件かしら」


「はい。それについて現状の報告をと思いまして。ノエル様、よろしいですか?」


「……ええ。もちろんです」


 何もわからんからとりあえず話して欲しい。さっきの畑の話もわからないまま、新たな案件まで飛び込んで来ちゃって何が何だかだよ。


「先ずは順調、といったところみたいです。農夫によると元々森を切り開いた土地だったからか作物を育てるのに十分豊かな土だと報告を受けています。ただ、小麦やサトウキビがどれほど収穫出来るかはやはりやってみるまではわからないそうです」


 当たり前の事のように夫人が土の話を始める。これはさっきベランジェール様がチラッと言ってた私の家の畑って事でいいのかな? それを何故夫人が説明してるのかわからない。

 たぶんこの話は私に前提とする知識が足りてない。スタートラインからわかってないのに途中経過言われましても……って感じだ。

 

「そうですか。それは重畳です。もう少し詳しく聞いても?」


 『何の話ー?』とは言いにくいから、ちょっとだけ見栄を張った。詳しくとはいうものの、私が知りたいのは第一章とか前日譚とかそういう話だよ。畑の土について深堀りして欲しいわけじゃないからね?

 リリは私の心情を正確に把握しているのか、どこか呆れを含んだ視線を私に送っている。そう思うなら是非とも私を救っておくれ。


「かしこまりました。先ずは小麦から育て始める予定ですが、今の時期から始めるのは本来なら少し遅いそうです。なので今年は収穫よりも実験的に小麦を育て、農夫達に実際の土を見てもらうのが目的になります。やはりその土地にあった生育方法というのもあるそうで、最高の小麦を作るにはそれなりに試行錯誤に時間がかかると聞いています」


 最高の小麦ねぇ……。知りたいのはそこじゃない。

 相手がリリとかベランジェール様であれば素直に『ねぇねぇ何でウチで急に農業始めたの?』って聞けるけど、相手は公爵夫人だ。王家を除けばトップでしょ? これ平民の私が何で勝手に〜なんて聞いたら平民のくせにって怒られるのかな? ヴォルテーヌ公爵夫人はそういうタイプではないけど、貴族文化も貴族との距離感も正直わからないから難しい。

 私の常識に照らし合わせれば、人の家で勝手に農業を始めるのは普通では無い。だから何故急に私の新居で鉄腕な感じの農業を始めたのか知りたい。知りたいけど……『え、逆に聞くけど何でダメなの? 我公爵家ぞ?』みたいな感じで来られたらどうしていいかわからん。 


「ラウレーリン様、恐らくノエルは畑の詳細よりもそこに至るまでの経緯を知りたいのだと思いますわよ?」


 リリが苦笑しながら私の言いたいことを代弁してくれた。さすがだよリリ!

 私はブンブン大袈裟なまでに頭を縦に振っておく。


「これは失礼しました。私はノエル様が小規模実験農場に着手されたと聞きました。本来新たな事業を行うのであれば煩雑な手続きや既得権益を()むだけの無能貴族の横ヤリで中々進まないところを、自ら土地を開墾することで問題を回避されたのはお見事でございます。それも王国の領土とは言っても実質的にはブラックドラゴンであるサカモトの支配地域でしたからね。面倒な貴族派も文句は付けにくいでしょう。ですが、せっかく始動した実験農場は帝国からの招待によって一時中断になってしまいましたよね? そこで我々妖精の匙がノエル様の代わりに進めることにしたのです。やはり農業というのは時期が大切ですから、少しの遅れが年単位の遅れになってしまいます。それでも小麦がギリギリになってしまったのは我々の至らぬ所ですね」


 夫人は少し悔しさをにじませた様な表情で頭を下げた。

 最初の実験農場からよくわからない。あの畑は職人さんの悪ノリだ。余った時間で秘密基地作ろうみたいな感じで始まった奴だ。いつの日か畑作りに適した魔物とかがいれば勧誘してこようかなぁなんて思ってはいたけど、まさか帝国に行ってる間に勝手に始まるとは思わなかったよ……。魔物じゃなくて人っぽいし。


「こうしてスイーツパラダイス計画の前段階が始動したということです。スイーツを与えるために、スイーツを皆で作るために、スイーツを作る人を育てるために、先ずは前段階として小麦と砂糖を育てるのでしょう? 現在、同志達からも多くの資金援助を受けて砂糖の原材料となるサトウキビを買い付けに向かっています。可能であれば、それに従事していた者も引き抜く予定です。こう言った雑事は動かせるコマの多い我々の方がやりやすいでしょうから、遠慮なさらずに言ってくださいね」


 鼻息荒くそう言われても困る。スイーツパラダイス計画が何かよくわからないけど、この人達は最高のスイーツを作るためには、原材料から作りましょうって話でしょ? さすが貴族、スケールでっかいな。

 かつて私が身をもって学んだ、手料理は何処から始めれば手料理と言えるのかという疑問。誰かの作ったルーで作るカレーを手料理と思っていたが、冷食をチンするだけでは手料理とは思えなかった。ならば本来、カレーだってスパイスの調合から始めなければ手料理とは言いづらい筈だ。今まで私が作ってきたものは本当に手料理たり得たのだろうか、という禅問答にも似た疑問。

 あれに対する一つの答えとして、この人達は原材料から作る事にしたのだ。最高のスイーツを、自分たちで作り上げるために。湯煎したチョコを固めた物は手作りチョコとは言えない、なんて言われない為に、カカオを育てる事から始めたのだ。


 ……正直私は感動している。スイーツの歴史の針を、私は身勝手に進めてしまった。砂糖を盛り塩のように盛るだけのスイーツから、一気に現代日本で食べられていたようなスイーツへと一足飛びに変えてしまった。歪めてしまった。

 だけど今確実に芽吹いたのだ。前世の知識に頼ったスイーツ作りとは少し違う、オリジナルのスイーツ作りが、この世界で始まったのだ。きっと失敗も多いだろう。味も微妙かもしれない。一周まわって盛り塩パンみたいな物が出来てしまうかもしれない。それでも、動き出したこのスイーツパラダイス計画はスイーツ史に残る偉大なる一歩だ。


 きっとこの感動は私にしかわからない。もしかしたら前世の記憶があることを知っているお父さんとお母さんなら少しは理解できるかもしれない程度だ。それでも感動には至らないだろう。

 スイーツパラダイス計画も、妖精の匙とやらもよくわからないが、それでも確実に何が変わった。そんな気がした。

 

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[一言] 着々とスイーツ王国への道が…w
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