久しぶりの王都
数時間の空の旅を経て、遂に私はモンテルジナの王都近くへとやってきた。
「お客様見て! 向こうにまあるい街があるよ! あの大っきいお城は何?」
「あれはモンテルジナの王城だよ。王様とかお姫様が住んでたり、後はなんかタヌキとかキツネとかもいて、日々化かしあってるんだってさ」
「へぇー、お馬さん以外にもたくさん居るんだぁ。いいなぁ」
落っこちたりしないように、私がしっかりと抱えている姫様が、王都をみてそんな感想を零した。
結局、サカモトの上に乗っているのは私、姫様、ウルゼルさん、コリーナさんだ。
出発前は騎士団の人から「そんな危険な所に姫様を〜」なんて言う人がいた。でもぶっちゃけ空飛ぶならどこに乗っててもリスクは大差ないと思う。なんなら、落っこちても助けに行ける私のそばが一番安全まである。一人だけパラシュート背負ってる様な物だからね。それを危険だと言うのなら、最早飛ぶことも許されないんじゃない? だから私が姫様に言ったのだ。
「あの人が姫様はお留守番してなさい、だってさ」
そこからはもう大変だった。姫様は「じゃあ私はお客様と二人で残るから皆で勝手に行けばいい」と怒るし泣くし……。ちょっとからかうくらいの気持ちで言って後悔したわ。
ウルゼルさんにもコリーナさんにも睨まれ、あやそうとしたアンナレーナ様まで姫様は拒否して私から離されまいと必死にしがみついた。旅行開始前からトラブルだったよ。
そんなこんなありつつも何とか王都に戻ってこれた。ちなみに件の騎士は気が付いたら別の人に変わってたよ。正直すまん。
「それじゃあ私はお知らせの鐘鳴らしてくるからゴレムスくん式チャイルドシートに接続するね」
コンテナを作ってなお未だに大きいゴレムスくんに姫様を埋め込み、落っこちないようにする。
「安全なのはわかるのですが、魔物に飲み込まれてるみたいで見た目が……」
「第一の連中が見たら剣を抜くでしょうね」
どこか呆れ気味の二人に姫様を任せて、私はトンと空を舞った。サカモトの首の鐘を鳴らしながら王都の様子を見る。
私が離れていた間に大きな変化は無さそうだね。まぁ一、二週間で劇的に変わるわけもない。皆はどうしてるかな?
●
サカモトはゆっくり丁寧にコンテナを降ろし、私も背中の皆を順番に降ろした。ここからは馬車での移動だ。
ゴレムスくんがコンテナをドロっと回収したことで突然剥き出しにになった中に居た人達はキョロキョロとしている。箱に入って数時間、精神的に窮屈だったかもしれないけどあっという間にモンテルジナの王都に来れたのだから許して欲しい。
アンナレーナ様が乗っている馬車に姫様を連れていくと、メイドさんがアンナレーナ様に声を掛けてくれた。
「もう着いたのですか?」
「はい、今は王都の外です。さすがに王都内には降りられないので申し訳ないですがここからは馬車での移動になります」
「お母様! この街は丸かったですよ!」
アンナレーナ様の前では行儀良く淑女らしく振舞っていた姫様も、旅行の雰囲気にあてられて普通の子供になっていた。アンナレーナ様の所に行きたがっていたのでこれ幸いと馬車にのせてあげる。
「それではこのまま王都へ向かいますね。……向かっていいんですかね?」
今更ながら疑問だ。何かウチくる? くらいのノリで連れてきちゃったけど、いわゆる国賓じゃない? まぁいいか。国賓は国の賓客でしょ? それならば頑張るのは国であって私じゃないだろう。
臭いものにフタをする様な気持ちで馬車の扉をそっと閉めた。
気を取り直していざ懐かしの王都へ行こう!
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姫様とアンナレーナ様を乗せた馬車を囲む様に騎士達が歩き、その後ろをメイドさんや荷物を乗せた馬車が続いていく。当然先頭を行くのは私だ。
門を通してもらえるのかどうか甚だ疑問だけど、そこはどうにかテキトーに言いくるめてでも通させてもらおう。ここまで連れて来といて「お母さんが今日はおうちで遊ぶのダメだってさ」みたいな展開は避けたい。
仰々しい一行を率いて貴族用の通用門までやってきた。門番さんもどうしたもんかと慌てているのが何となくわかる。だけど安心して欲しい。私も一緒だよ。ほんとどうしたもんかね。
「しょ、少々お待ちを! マグデハウゼン帝国の方々とお見受け致しますが……その。本日お越しになるとはなにも……」
そりゃそうだ。皇帝陛下がもしかしたら早馬出してくれてるかもしれないけど、そんなもの追い越してる。
「突然決まった事ですから連絡が遅くなってしまいましたね。今、マグデハウゼン帝国より高貴な方々がこちらに向かって来てます。あと数歩で王都に到着しますよ」
まだ来てないのだ、うん。先頭の私が先触れって事でここはどうか。
「そんな急に――」
「急とはなんでしょう? 例えば貴方が友人から明日呑みに行こうと誘われたとします。これは急ですか? 古くから付き合いのある友人の誘いであれば気軽に良いよと答えられるかも知れませんが、もしそれが意中の相手であればやはりもっと早くから準備がしたかったのではないでしょうか。今一度問いましょう。急とはなんでしょう? 今回マグデハウゼン帝国から賓客が来たのは確かに急かもしれません。ですが私達も今こうして急に足止めをされているではありませんか。おあいこです。ではお疲れ様でーす」
もう何言ってるか全然わからないけど、ゴリ押そう。禅問答だって大抵何言ってるかわからないもんね。何か答えのでない問いを投げかければそれがきっと禅問答だ。だからこれもきっと魂の格を更に上位へと誘うことだろう。
「いえ、そういうわけには……」
ダメだった。
「おいノエル、まさか入れないってことはないよな? 流石に門前払いとなったら外交上問題にならないか?」
ウルゼルさんが素敵なパスを出してくれた。それに便乗しちゃおう!
「そうですね……。友好国であるマグデハウゼン帝国から尊き方々がいらしたと言うのに、まさか王都の土を踏むこともなく帰ることになろうとは……。これには皇帝陛下も黙ってはいないでしょう」
きっと陛下だってこういうはずだ。『え、マジ?』って。『あんだけ気軽に来る? とか言っておきながら入れなかったの?』とさぞ驚くことでしょう。
私は青い顔をしている少し鎧の豪華な門番さんに耳打ちをする。
「安全上の都合であまり大っぴらに伝えるのははばかられるのですが、致し方ありません。実は皇帝陛下の血族の方がお越しなんです。つまりは王族ということですね。観光に来た王族の方、追い返します? 大丈夫です。私が上の方々には報告しますから。こう見えて私ベランジェール様とは親しくさせて頂いていますし、国王陛下からは以前しょうもない褒美を頂いた事もあります」
「いやお前国王陛下から下賜された物をしょうもないって……」
ウルゼルさん盗み聞きは良くないよ! 門番さんが顔から脂汗を出しながらどうするか決め兼ねていると、後ろからガチャっとドアが開く音が聞こえた。
「お客様まだー? もう着いたー? 私王都楽しみー!」
姫様が馬車から顔を覗かせてそんなことを言っている。ほら、あんなに小さい子も楽しみにしてる王都、君はダメって言うの?
「ホントお願いしますよ……? 何かあったら責任とって貰いますよ……?」
「だいじょぶだいじょぶ。あの方々は上にお知らせすれば直ぐにでも国賓だから。つまり私も貴方も管轄外さ!」
どこか不安気な表情を浮かべたまま、門番さんは扉を開けてくれた。なんとか突破出来そうだね。良かった良かった。
「……なぁ、もしかして上層部に連絡してないのか?」
「してないね。後で行くよ。急だと思うかもしれないけど、そもそも急とは――」
「他国の王族が連絡無しにやってきたら誰がどう見ても急だぞノエル」
禅問答に正論で返すとは何事か! ふわっとした感じで返しなさいよ!




