旅行の始まり
プチシュークリームを食べたお茶会から更に数日が経過した。
やはりアンナレーナ様もモンテルジナ訪問には同行するらしく、護衛の選定や荷物の準備、予定の調整等など少しだけ時間がかかってしまった。
日帰りで行って帰るくらいの甘い見通しで始めた帝国訪問だったけど、ようやくモンテルジナに帰れる時がきたね。まぁそうは言っても、姫様御一行を帝国に送り届けるまでは帰ったとも言えないけど。
そして今日はいよいよ、出発の日だ。陛下やお世話になった人にも一言告げてから、サカモトのいる訓練場へとやって来ている。
皆を運ぶコンテナを用意して、その中には念の為防寒具も置いておく。コンテナには空気の入換用の小窓しか付けてないけど、冬真っ盛りの空の旅はそれなりに寒くなるんじゃないかな。
私が準備を進めていると、先に旅行の同行者達が現れた。
――ウルゼル視点――
今日はモンテルジナへ護衛として向かう日だ。同行者であるノエルと親しい事や、モンテルジナに行った経験がある事から私が選ばれた。団長からは第一の連中に注意しろ、と言われている。
第一騎士団のカールハインツ団長がとりなす事で表面的にはノエルに対する敵愾心は鳴りを潜めているが、内心どう思っているかはわからない。 一言二言他人に言われた程度で気持ちが変わるなら、世界はもっと平和かもっと混迷を極めているだろう。
「おはようノエル。何か手伝う事はあるか?」
合流場所である訓練場へとやって来ると、ノエルはもう出発の準備を進めていた。私の声を聞いてコチラを見たノエルは、鋭い目をふにゃりと柔らかくして笑った。
「おはようウルゼルさん。もうやる事は大体終わったし、馬車とか運び入れるだけかな」
私の後方にある馬車四台を見てノエルがそう言う。サカモトで運べるから荷物は多くても平気という話だったが、馬車四台でも何ら問題はないらしい。
「なら馬車を入れてしまおうか。馬もそのまま入れるのか?」
「ううん、馬はさすがに臭いが気になっちゃうから人とは分けるよ。姫様達に馬と同じ部屋使って下さいってわけにもいかないでしょ?」
「まぁ……そうかもな」
旅というのはどうしたって野宿をする場面や、野宿に近い様な宿しかない場所もある。馬と一緒に、というのはまぁ確かに良いことではないと思うが……本来旅というのはそんな贅沢を言ってられるものでもない。
どこかズレた配慮に苦笑しつつ、同僚達に運び込む馬車を動かす様指示を出した。それに対してノエルは待ったをかける。
「馬はそっちに入れてあげて? そっちは一応厩番の人の意見を参考にしたコンテナだからさ」
「それは良いが……馬車はどうするんだ?」
「ん? どうするって普通に運ぶよ?」
首を傾げるノエルは「馬車なんだから引くに決まってるじゃん」と小さくこぼし、まるで私が間違ってるのかと思うくらい当たり前のように馬車をガラガラと引き始めた。
ノエルならそれくらいやってのけるだろうと思っていた私からすれば、「あぁ、やっぱり」くらいの絵面だが……他の騎士、特に第一騎士団の連中にはかなり衝撃的な光景だったらしい。普段人を小馬鹿にするくらいしか感情を見せない奴らが、目を大きく見開き、驚きの感情をあらわにしている。
対抗心か何か知らないが、第一の連中は自分達にもそれくらいできる、と言わんばかりに馬車を押しているが少しも進んじゃいない。荷物を満載に積んだ2頭引きの馬車が人に運べるわけないだろう……。
「すいません、動かすんで離れてて下さいね」
「あ、ああ……」
手早く馬車を積み入れたノエルは、第一の連中が真っ赤な顔で押していた馬車も軽々と引き始めた。今まで運んでいた馬車だって軽い物じゃないことくらいわかっていただろうに、自分たちが少しも動かせなかった物を気張る様な素振りもみせずに運んでいく姿はかなり衝撃的だったらしく唖然としていた。
これで多少は認識を改めただろう。アンナレーナ様やハイデマリー様に自分達の有能さを主張する良い機会ではあるだろうが、だからといってノエルに絡んだり敵対心を持ったりと余計な事はしないで欲しいところだ。もっとも、本当に優秀なら、と注釈がつくが。
手荷物を持って歩くみたいな気楽さで全ての馬車を運び込んだノエルは私の所へやってきた。
「ねぇねぇウルゼルさん。ウルゼルさんはどこに乗る?」
「どこってなんだ? あの箱とサカモトの背中どっちって事か? それなら一応護衛だし箱だと思うぞ」
私がそういうと、ノエルは少し眉を下げて「そっか」と呟いた。なるほど、ノエルは御者役としてサカモトの背中に乗るわけか。
「……まぁ完全に御者をノエル一人に任せるのもあれだし、アンナレーナ様のご判断にお任せするよ」
「ま、王族の人が一緒じゃ好き勝手できないよね。でも私は予言するよ! 姫様は背中に乗りたがるから、護衛役も誰か背中に乗ることになるね」
「そしたら私が乗るさ」
片眉を上げてどこか生意気そうな顔をしたノエル。果たしてハイデマリー様は母親のアンナレーナ様よりノエルを選ぶんだろうか? まだ五歳だからさすがにアンナレーナ様にべったりじゃないか?
そんな風に話していると、アンナレーナ様とハイデマリー様がやってきた。私達騎士は膝を着き頭を下げる。
「お客様きたよー!」
「おーおはよー! ヨイショ」
音で判断するに、変な掛け声と共にノエルがハイデマリー様を抱き上げたようだ。仲良しだとは聞いていたが、随分気安い関係だな。ノエルはハイデマリー様がどれくらい高貴な方かわかってるのか……?
「もう、走っては危ないですよ。ノエルさんおはようございます」
「はい、おはようございます。歩いて来たんですか?」
「ええ。訓練場に馬車で向かったりしませんよ。それと、皆さん顔を上げて準備を再開してください」
アンナレーナ様のご命令に従い、我々は準備を進めることにした。
ハイデマリー様を抱きかかえ、アンナレーナ様と親しげに会話する姿は平民にはとても見えない。私なんて下級貴族の出ではあるが、王族の方と話す機会などほとんどないし、話すとなれば緊張でうまく振る舞う自信もない。
選民意識の強い第一の連中は、そういう所も気に入らないのかもしれないな。今も面白くなさそうな顔をしている。
「ウルゼル、この旅は無事に終わると思うか?」
「無事に終わらせるのが我々騎士の役目だろう?」
「そうだったな。俺達は第一にも気を配るが、ウルゼルはあの少女を気にかけてやってくれ。仲良いんだろう?」
仲良い、か。果たして仲は良いんだろうか? 私は小さい頃から兄や父の影響で剣を振り回していた。そんな私だから、他のご令嬢の言う流行りのドレスの話も、演劇の話もわからなかったのだ。お茶会に参加しても馴染めないし、除け者にされていた訳では無いが、他の子達も私同様接し方がわからなかったのだろう。遠巻きにされる事が多かった。
今更『お友達』なんて物に悩むとは思わなかったな。
アンナレーナ様と話すノエルを見る。年下で、子供で、平民で、他国の者で、出会って日が浅い。それなのに――
「少なくとも、仲良くなりたいとは思うよ」
ノエルは私の視線に気が付くと、抱えているハイデマリー様に耳打ちをして、二人で私に手を振った。更には便乗したアンナレーナ様まで……。
頼むから王族の方々を巻き込んで変な事はしないでくれ。私はどうしていいかわからず、バタバタと慌ててから不格好に頭を下げるのだった。




