心にくるね
「姫様ー。お勉強頑張ったご褒美持ってきたよー」
「ご褒美なあにー?」
私が部屋に入るなりそう言うと、姫様は嬉しそうに駆け寄ってきた。算数のお勉強はシュークリームを作っている間に終わったらしい。
たっぷり脳みそを使ったあとは糖分が染み渡るだろうね。
「今日はシュークリームでーす」
プチシュークリームが沢山積み上げられたお皿をテーブルの上に乗せると、姫様はテーブルに手を乗せてキラキラした目でそれを見ている。
姫様を抱えて椅子に座らせて、コリーナさんに目配せをした。私の言いたい事がわかったのか、コリーナさんは早速食いしん坊モードに入ってくれた。
「またコリーナは食いしん坊だ」
「しょうがない。姫様の勉強が終わるのを待ってたらお腹すいちゃったんじゃない? お腹ペコペコなんだよ」
「お腹ペコペコかー」
コリーナさんはプチシュークリームを二個三個と食べ進めている。もう毒味の域を超えてる気がするけど?
「コリーナさん?」
「ッ! すみません姫様、つい食べてしまいました」
「いいよ、いつもの事だし」
コリーナさんが小皿に取り分けて、姫様に配膳してあげる。御行儀が良くないかもしれないけど、プチシュークリームは手でパクッといってくれたまえ。
「お客様! 美味しいよ! この前のフワフワが中に入ってるんだね!」
「美味しいでしょ? モンテルジナの王都店でも人気なんだよ。お店の前は毎日毎日行列なの」
姫様の唇の端っこについた生クリームを取ってあげながら、モンテルジナの話を聞かせてあげる。王都にいる皆の話や、実家の村の話。スプーンを掲げる変な流行も教えてあげた。
「……私も行ってみたいな」
「陛下から許可出たから行こうね。アンナレーナ様も多分一緒だよ。というか絶対来るだろうね」
「ホント!?」
行く気だったしスイーツショップの話に目の色変えてたからね。置いてったらブチ切れ案件だと思う。
「あの……陛下は?」
「あぁ、安心して。何か色々あって離れるのは無理そうになっちゃったってさ」
その色々については姫様の前で話す事ではないだろう。余計な心配をさせても仕方がない。コリーナさんは陛下が行かないと知って少しホッとした様な表情を浮かべた。
「そうだ、影子さーん。影子さんもこっちおいでよ」
「……影の方々を困らせるのはお止め下さい」
「え〜、見てるだけなのも可哀想じゃない? 影子さんは女の子なんだし、甘いもの食べたいよ?」
天井に耳を傾ければ、また四人が集まっているのがわかる。会議中なんだろうな。
これは私の想像だ。
●
「爺ちゃん! 私も行きたい! スイーツたべたいよ」
「ならん! 我等影の一族が仕える方々の前に無闇に出てはならんのだ! それでは騎士と同じになってしまうではないか! 我等は影からお守りするからこそ影の一族なのだ」
「でも……呼んでるじゃん! 私だって女の子なんだよ? 小さい頃からずっと訓練訓練って友達とも遊ぶことも出来ず、ずっとこんな薄暗いジメジメした天井裏にネズミみたいに隠れてさ……」
「ならん物はならん! 一族の掟を忘れたか!」
●
みたいな感じなんだろうな。なんか普通に可哀想だわ。引っ張り出してこよ。
私は姫様達にちょっと失礼と声を掛けてから、天井裏に突っ込んだ。
「お邪魔しまぁす。影子さんもいるじゃん。早くしなよ。天井裏に隠れたって心臓の音たててたら丸聞こえなんだから堂々としてればいいのに」
私は戸惑う影の人達を無視して影子さんの手を掴んで引っ張った。前回一緒に行動してんだからもう今更でしょう。もっと近くで姫様を守ってよ。
影子さんを引っ張り出して部屋に戻る。
「お待たせ。連れてきたよ」
「あ! 影子さんまたかくれんぼしてたの? だから言ってくれないと探さないよ?」
「変わってるよねー」
「ねー」
影子さんは目しか見えないのに、その目が驚く程雄弁に語ってるよ。人の趣味を悪く言わないでってさ。
「姫様、影子さんにもシュークリームわけてあげよ?」
「いいよー! はいどーぞ!」
仕えるお家の人に渡されては断れまい。片膝をつき、頭を下げながら両手でプチシュークリームを受け取った。ここまで仰々しくプチシュークリームを受け取る人初めて見たわ。でもまぁあのエマちゃんにあげちゃった宝剣より余っ程いいよね、プチシュークリーム。
この場にいる全員が影子さんを見つめる。皆言わないけど気になるのだ。覆面の下の素顔は一体どんな顔なんだろうかと。身長は私より低いけど、子供とも限らない。何歳くらいの方なんだろうか。
首元の頭巾の隙間からそっと手を入れるようにしてシュークリームを口元に運ぼうとする影子さん。
「そんな食べ方したらその頭巾ベチャベチャになっちゃうよ?」
「食べないの? 美味しいよ?」
「あまり困らせてはいけませんよ」
ジーッと見つめる私たちと戸惑う影子さん。この辺で助け舟出しておこうかな。
「素顔は晒しちゃダメ、みたいな決まりでもあるの? それなら仕方ないけど」
ほんとにあっても困るし、なくてもあるってことにしてしまえば顔を晒す必要も無い。これで回避しやすいだろう。やっぱ無理強いは良くないし、姫様がいる以上パワハラになるよね。
「……」フルフル
掟はないらしい。そして私の良い感じのパスも余計なお世話だったのか台無しだよ。そこは嘘でもそうって言っとけばいいのに。
「じゃあなんで顔出さないの? 恥ずかしい? それとも種族的な何かがあるの?」
帝国の民族抗争みたいなの知らないし、差別があるのかもわからない。もしかしたら帝国貴族の多くが差別する種族があって、影子さんの種族がそうなのかもしれない。だから晒さない……とかかな。それは悲しいぞ。
「……」フルフル
「じゃあもうひん剥いていい?」
影子さんは観念したのか、頭巾をめくる様に上に引っ張った。頭巾が取れると同時に、綺麗な黒髪がバサッと広がった。
現れたのは長いストレートの黒髪をした、少し幼さが残る褐色肌の美人さん。耳が少しとんがってるのが特徴的だ。
「キレー!」
「エルフとかダークエルフとかそういう感じ? 美人さんじゃん。なんで取りたくなかったの?」
「…………被るのが大変」
おお、声も初めて聞いた気がする。
影子さんは長い黒髪をみょんみょん引っ張って理由をアピールしている。長い髪を頭巾に入れるのが大変だから取りたくないのね。確かに髪を束ねてるわけでもないからどうやって頭巾被ってんだろうか。
「まぁいいや。影子さんは何歳なの? エルフ系の人って長生きなんでしょ? 見た目はまだ子供だけど」
「…………こう見えて30は超えてる。私が一番大人」
「なんだ同年代ッ……は居ないね。確かに大人だ、うん」
「お母様より年上?」
姫様のその何気ないセリフ……それ私にも刺さるからやめて? 年下の親子とか何かすっごい胸が痛い気がする。転生して一番ダメージ受けたかもしれん………………。
コリーナさんは影子さんの分もお茶を用意してイスに促した。
影子さんは主家の方と同席は出来ないのか、ピンと立ったまま紅茶を飲み始めた。
「コリーナさんは今何歳?」
「私は22ですね」
「ちなみにご結婚は?」
「してませんね。私は生涯姫様にお仕えするのでするつもりもありません」
「影子さんは?」
「…………私もしてない」
未婚率高くてほっとするわ。まぁ私は体年齢的にまだまだ結婚するような歳じゃないけど、前世も合わせればしててもおかしくはない。それなのに一度たりとも異性にときめいたことがないのだ。
子供は好きだから欲しいけど、結婚が出来るとは思えない。それならばいっそ……。
「子供…………拐おうかな」
「姫様、今すぐ離れてください!」




