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予定は未定

 皇帝陛下に呼び出された。モンテルジナに行く予定が決まったんだろう。雪が降り出す前に行けるなら何よりだよ。


 メイドさん案内の元、通されたのは執務室だった。飾り気もなく、実用一辺倒って感じの執務室は、皇帝陛下にもこのお城にも合っているように思える。


「急に呼び立てて悪いな。実は少々困ったことになってな」


「困ったことですか」


「あぁ。帝都周辺で魔物の目撃例が頻出するようになった。幸いにも人的被害はほとんど出ていない。精々逃げる時に転んだとかそんなものだ」


 ……姫様と遊覧飛行した時も、ゴブリン一家に遭遇した人が居たっけ……。


「まるで何かから逃げている、みたいな?」


「あぁ、そうだ。そういえばベルガー男爵を助けてくれたらしいな。礼が遅くなってすまない。モンテルジナに行く為に仕事を前倒しにしてな……ベルガー男爵を呼び付けたんだがその道中で襲われたんだよ。男爵も感謝していたぞ」


「あーいえ。私が介入しなくても平気そうでしたよ。ただ、姫様が助けて欲しそうにしていたので首を突っ込んだだけです」


 どこかのスレイヤーが戦うゴブリンと違って、この世界のゴブリンはかなり弱くて臆病だからね。繁殖力のみで生きながらえてる様なものだよ。私に出くわしたら失禁するくらい臆病だ。人の顔見て失禁するとか普通に失礼だから嫌い。


「話が少しズレたな。ベルガー男爵以外にも、冒険者からの報告や商人からの報告もある。何も無ければ良いのだが、急に活発になったのにたまたまということもあるまい。だから有事に備えて俺は帝国を離れる訳には行かなくなってしまったよ」


「そうですか。では私と姫様とアンナレーナ様で行ってきますね」


「そうしてくれ。待たせたのに悪いな」


「とんでもないです」


 まさか魔物が逃げる何かはサカモトじゃないよね? あの日、突然の遊覧飛行で驚いて森の浅瀬にいたゴブリンが〜ってのは理解出来るけど、あれ以来サカモトは飛んでいない。飛んでもいないし、飛び始めればあっという間に去っていくサカモトから皆して逃げるのもおかしいもん。身をかがめて去っていくのを待つでしょ。

 だから頻出するならさすがに違うと思う。王都周辺ではそんな話聞かなかったしね。


「原因はまだわかっていないんですよね?」


「あぁ。現在調査中だ。頻出とは言っても例年に比べて多いのであって、異常な程多い訳でもない。だから大規模な襲撃はないだろうし、考えられるのは森の奥で何かが起きて生息域に変化ができた。その結果弱い魔物が森から追い出されたんじゃないかってのが一番有力な説だ」


 それなら私は無関係っぽいね。帝都にいる私達が原因なら、帝都から離れるように森の奥へ行くだろう。森から追い出され、帝都にも近付けないから帝都から離れるように移動してるのかな? 故郷を追われるってのも何だか可哀想だけど、弱肉強食だから仕方ない。


「では何かあったら相談してください。魔法袋が貰えるなら考えますよ」


 私は冗談めかして本音を喋る。森の奥で調査を手伝えと言われれば、サカモトで調査隊派遣したりできる。森から魔物が出てこないようにしてって言われれば森の周りで私が魔力マシマシ練り上げて大音声で魔物たちに警告してあげましょう。森の奥にヤバい奴がいたら、勝てそうなら倒しましょう。

 モンテルジナに行く前ならパパっと手を貸すよ。姫様連れて帰ってきたら帝国滅んでましたーとか笑えないしね。


「それは正直助かるな。調査結果次第ではこき使わせて貰おう」


 皇帝陛下もニヤリと笑ってそう言った。

 何だかこの城での生活にも慣れて、皇帝陛下に対して妙な親しみを覚えてきてる自分がいる。やっぱ筋肉が仕上がってる人はカラッとしてていいね。

 私は執務室を後にして、姫様の所へ向かった。


 姫様のお部屋にやってきたけど、コリーナさんが言うには今お勉強をしているらしい。ドアの隙間から部屋を覗いて見てみると、結構真剣に取り組んでる様子が見えた。今は算数か何かのお時間らしい。指を折りながら一生懸命答えを出そうとしているね。

 私が五歳くらいの時って算数のお勉強なんてあったかな? 幼稚園児だと思えば、精々ひらがなの練習とか工作くらいな気がするな。あまり覚えてないけど……。


「頑張ってるところ邪魔しちゃ悪いし、私は姫様にご褒美用のスイーツでも作ってくるよ」


「大変喜ばれると思います」


「コリーナさんもでしょ?」


 私のからかいにプイッと顔を背けることで答えたコリーナさんに別れを告げ、厨房へと足を運んだ。


 ●


「お疲れ様でーす」

 

「お待ちしておりましたノエル様。本日は我々にどのような叡智を授けて下さるのでしょう」


「今日はプチシュークリームかな。姫様のご褒美にしたいから、美味しくて小分けされてる方が都合がいいの」


 慣れたバイト先に来るようなノリで入る私に、厨房の料理人達は丁寧に頭を下げた。国は違えど、一流の料理人達は学ぶ姿勢が凄いのはどこも変わらない。彼等はプリン・ア・ラ・モードやクッキーを作った私に敬意を払ってくれるようになった。個人的にはフランクに接して欲しくて軽い感じで対応してるんだけど、料理人達が態度を崩さないから私がやたらと態度のでかい人みたいになってるのがちょっと悲しい。


「おお! プチシュークリーム、ですか。クリームと言うことは以前の生クリームとカスタードクリームですか? お前たち、聞いていたな? 作業に取り掛かれ!」


「指示出しありがとうございます。やっぱ私みたいな美少女の小娘が指示出すのは良い気がしない人もいるだろうから」


「いえ、我々はスイーツの作り方を教わりました。あれだけ洗練された調理工程は試行錯誤の賜物でしょう。もし我々が一から作るとしたら一体どれだけの年月がかかったことか……。それほど貴重な物を教えて頂いたという事を我々全員が理解しています。料理を生業とする者として敬意を評します」


「ど、どうも」


 私が発案したものでも無いし、そんな持ち上げられるとかえって居心地が悪いわ。でも多少強引にでもスイーツの歴史を進めないと、大人になった頃に「新作の『べっこう飴』です」みたいなテンポ感で発展してくかもしれないもん。べっこう飴が嫌いって訳じゃないよ? でもお誕生日にはケーキがいいじゃん。そういう事よ。


「この大陸ではスイーツの歴史はまだ始まったばかりです。もしあなたが新たなスイーツを作ることができれば、偉大なる料理人としてその名を歴史に刻む事になるでしょう。期待していますよ、我が弟子」


「はっ! おまかせを!」


 料理長は胸をドンッと一つ叩いて踵を揃えた。

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