結構ヤバい感じ?
アダマンタイト製の玉座に偉そうに座る私。そして対峙するのは勇者団長。
突発的に始まった模擬戦は刃を潰した剣など用意しているわけもない。勇者は鞘ごと聖剣を腰から抜いた。
「平民の分際で光り輝くフルプレートメイルとは生意気な」
「今どきの平民は皆気合い入れてお出かけする時はフルプレートメイルですけどね」
「戯言を……。参る!」
勇者団長は剣を低く構えたまま走り出し、左下から斜めに切り上げた。私はそれを玉座で肘をついたまま翼膜の羽で弾く。操作はゴレムスくんだから私は何もしてないけどね。
「チッ。硬い」
後ろに大きく弾かれた勇者団長は、弾かれた勢いのまま後ろに下がり、距離を取った。
「先ずは私が立つ必要があるか示して欲しいですね」
初撃ははっきり言って稚拙な物だった。ベルレアン辺境伯領の騎士だったら新入りでもしないような平凡な攻撃だ。ちなみにアイツらなら迷わず地面の砂を巻き込んで切り上げたはずだよ。目潰しだね。
その後も繰り返される連撃という名の単発攻撃は、残念ながらゴレムスくんの翼膜ガードを超えるのは無理そうだ。
勇者は息を切らし、額に流れる汗を拭った。
「ふん、防戦一方ではないか。守るばかりでは勝てんぞ」
「クックック……フハハハ……ハーッハッハッハ!! 防戦一方? 守るばかりでは勝てん? 笑止! 主を守ることこそ騎士の本懐。貴様、驕ったな」
「なっ!」
「栄誉だ誇りだとのたまいながら、その実貴様は驕り高ぶっていただけだ。この私自ら貴様の欲にまみれた贅肉を落としてやろう」
私はゆったりと立ち上がり、団長の瞬きに合わせて団服のボタンをむしり取り、元の場所に戻った。
その瞬間パサっと布ズレの音がして、団長の上着の前面が開いた。未だ何も気付いていなさそうな団長の為に、サービス精神旺盛な私はボタンをジャラジャラと音を立てながら片手でお手玉のように何度も投げる。
「い、いつの間に……」
団長はボタンと自分の服の状態を見比べ、戦慄したような顔で呟く。その後もバッジの様なものやワッペンみたいな物まで、団長が瞬きをする度にむしり取って言った。
今の団長の服装はみすぼらしい平の団員服って感じだね。何の飾り気もなく、ボロボロだ。
「さて団長。いや……元団長とでも言うべきかな? 君は自分の誇りである騎士団の団服すら守れなかったな。衣服すら守れず、専属騎士が務まるとでも?」
「クソッ……!」
「いつからだ? 貴様の目が濁ったのは。初めて両親に騎士になりたいと言ったお前の目は希望に満ちていたぞ。いつからだ? 騎士の本懐を忘れ、私利私欲を優先するようになったのは。日が暮れるまで剣を振り続けたあの頃のお前はどこに行った?」
団長は私の言葉のどれかが刺さったのか、膝をついて俯いている。雰囲気出てきたぞ! 悪役から、本当はお前の為を思って……的なキャラに早変わりだ!
「思い出せ。お前は何になりたかった? お前はどんな騎士になりたかった? あの頃のお前が、今のお前を見たらなんと言うだろうか。もっとできたはず? それとも情けない? それともこんな自分は僕じゃないとでも言うのかね。団長、あの日の自分を裏切るな……。お前がお前を裏切ってどうするんだ……」
当然私はこの人の子供時代なんて少しも知らない。なんなら名前すらよく覚えてない。けどこういうのは皆雰囲気なんだよ。だから知りもしない人の話で人は感動し、作り話で涙するのだ。重要なのは私が団長の事を知っているかどうかではなく、団長が団長自身の事をどれだけ知っているかだ。
私はそっと団長に近付き、肩をぽんと叩いた。
「もう一度這い上がってこい。これはそれまで預かっておく」
「はい……、はい……ッ!」
団長の服からむしり取ったよく分からないグッズをしまい、私はゴレムスくんを解除してそそくさとその場を後にした。この舞台を私が去った時、団長の自分語りパートに移るんだろう。ズビズビと鼻をすすりながら、自らの行いを反省し、今一度立ち上がる感動のシーンが始まるのだ。
その場のノリと勢いで始めたごっこ遊びだったけど、団長がヘコみ出す事で中々のクオリティになっただろう。観客がいればスタンディングオベーションに包まれたんだろうなぁ。
私は城内を歩くメイドさんに声をかける。
「あの、これ第一騎士団の団長のお部屋に置いといて貰えますか? 団長さんの持ち物なんです」
むしり取った小道具は返しておこう。劇は幕を閉じてるからもう要らんのよ。
「わかりました。御用件は以上ですか?」
「そうですね。はい、これお駄賃」
私がそう言ってクッキーを一枚取り出すと、メイドさんは片膝をつき目を閉じて口を開ける。エサを待つ雛みたいで可愛いよね。はい、あーん。
メイドさんは誰にも盗られないようにか、急いでモグモグ食べてから私の手の甲にキスをして早速仕事に取り掛かってくれた。
●
「カールハインツ団長が第一騎士団を窘めるようになったが、何かやったのか?」
「やったって程はやってないよ? 一緒に遊んだだけ。いや、団長で遊んだだけ」
「何したんだよ……」
次の日、またもやウルゼルさんが訪ねてきた。このまま茶飲み友達みたいになりそうだね。後で怒られてもしらないよ?
「というか第一と第二でいつも意見別れてる気がするけど、仲悪いの?」
「あぁ……。第一は伝統ある高位貴族達で構成された騎士団でな。誇り高いバカ共を大人しくさせる為に作られた名ばかり騎士団だ。つまり第二は身分に関係なく実力者で構成された騎士団だな」
「へぇー。だから第一の団長さんはあんま強くない感じなのね」
「あれでも第一の中では強い方だがな。そして第一騎士団は実家という後ろ盾があるから厄介なんだよ。コイツらはいわゆる純血派って呼ばれる連中で、自分達貴族が一番優れていると思っている。或いは自分達が上に居ないと納得しない。だから奴らの主張は現実に即していない事が多くてな」
そう言って肩をすくめるウルゼルさん。名ばかり騎士団とか言いつつ、政治的な発言力が強いもんだから結局無下にもできないってこと? 何だか本末転倒って気もするけど。
「というか帝国は実力主義じゃないの? 結局貴族がデカイ顔してない?」
「実力主義とは言っても、陛下が今までの慣習やら実績、歴史なんか全部を無視して、実力無いからお家は潰しますって事もできないんだろう。そして徐々に切り崩していた所で第二王子が旗頭として担がれたのが現状だな」
いつから実力主義になってるのかもよくわからないけど、伝統を無視すれば離反する可能性もあるか。独裁者ではないなら、どの方面にも顔色を伺わないといけないのかな。偉いんだか偉くないんだか。
「なんか帝国も大変そうだし、荒れそうだね。第一王子はなにやってんの? 私見た事ないし話にも聞かないけど」
「聞かないって事はないだろう。ハイデマリー殿下のお父上だぞ? あの方は政より研究が第一でなぁ……」
「なんか早く帰った方が良さそうな気がしてきたよ」
争いの絶えなかった帝国で、またもや二分されそうな状況なんでしょ? 内乱にでもなるんじゃないの? 陛下が強権振ってどっちか押さえつけないともうダメそうじゃん。
「突如現れたノエルが誰の目から見ても強大な存在であれば、争っている場合ではないと一丸となったかもしれないが……実力のない純血派には優しいドラゴンと運良く仲良くなれた平民の少女くらいにしか見えていないんだろう」
「第一と第二の確執が帝国の縮図ってわけね。私としてはウルゼルさんと姫様の味方だけど、どっちが台頭した方が友達たちにとっていいのかわからないからどっちか一方に肩入れはできないよ。あ、第三勢力として介入するのはどう? スイーツ派」
「甘い物を武器に戦っていくのか? そいつはいいな」
ウルゼルさんはクスクスと笑いながらクッキーを口に運んだ。ハイデマリー殿下を旗頭にしたスイーツ派なら味方したかもね。
冗談はさておき、もし本当に内乱にでも発展しそうなら私はどうしようか。興味無いけど、姫様もウルゼルさんも見捨てらんないよね。姫様もさっさと帝国捨てて逃げましょうとはならないだろうし、ウルゼルさんも騎士になっておきながら内戦になったら逃げるって事もないだろう。二人の意志を無視して連れ去る訳にもいかないよね。
困ったもんだよ。




