難癖をつける人はどこにでもいる
陛下の数日待って欲しいという発言から、約一週間程経過した。数日にしては長いけど、陛下が他国に行く為の調整なら仕方がないかもしれない。ただ、まだまだ時間が掛かるようなら正直一回帰れば良かったかなって思ったよ。
することも無く、厨房でクッキーを焼いてメイドさん達に餌付けする日々を送っていたある日、ウルゼルさんが部屋にやってきた。
「どったの? ウルゼルさん」
「少し面倒な事になってなぁ。……これ美味いな。おかわりある?」
お茶請けとして出したクッキーのおかわりを出してから、面倒な事について聞く。
「実はな? ノエルがハイデマリー殿下の専属騎士になるって話が広まってるんだが、それを聞いた第一騎士団の連中が騒いでるんだよ」
「私それ断ってるからならないよ?」
「そうなのか?」
そうなのだ。第一騎士団の人達が盛り上がってるところ水差して悪いけど、私はハッキリと無理って答えてる。陛下あたりが工作して噂でも流してるのかな? 外堀から埋める作戦だろうか。
「うん、モンテルジナに住んでるから無理ですってしっかり断ったよ」
「王族のお願いをしっかり断るとは……。だが噂というより確定事項の様に広まっててなぁ。我々第二騎士団はノエルに下手に手を出すなと止めているんだが、第一騎士団の連中は納得がいかないらしい」
自分たちの誰かが栄えある姫様の専属騎士になるぞと息巻いていたら、ぽっと出の美少女がその座に就こうとしてるともなれば納得いかないのも無理は無い。
「なるほどね。騎士からすれば、私みたいな美少女は本来守られるべき尊い存在だもんなぁ。それでウルゼルさんは私にもその反対運動に参加しろって言いたいんだね?」
「違う」
違うんだ……。話の流れ的にそうだと思った。恥じかかされた気分だよ。
「面倒なのは第一騎士団が騒いでいるって事よりも、カールハインツ団長も一緒になって騒いでるのが面倒なんだよ。『少女に専属騎士など務まるか、大方ドラゴンに守らせるつもりなんだろうがそんなのは騎士とは言えない』と主張しているよ」
これまた何とも否定づらい主張だよね。例えば姫様が、『我が騎士ノエルよ! やっておしまい!』って命令を下したとしよう。そうすると騎士の私がこう言うのだ。『いけ! サカモト! 君に決めた!』確かにこれでは騎士とは言いづらいよね。きっと誰もが君必要? って思うだろう。
「でも騒いでるとして、何が問題なの?」
「第一騎士団の連中が君の実力を示せと言ってるんだよ」
「何で? 私は専属騎士にならないって言ってるし、示す意味なくない? 私の事が気に入らないんだと思うけど私は寧ろ味方だよ? 専属騎士にならないと言ってる私と、専属騎士には認められない第一騎士団。目的は一緒だね。やっぱ反対運動に参加するよ!」
「ややこしくなるからやめろ! まぁでもノエルの言う通り、専属騎士になるつもりがないなら騒ぐのはお門違いだな。この件は私からカールハインツ団長に伝えておくから安心してくれ」
ウルゼルさんはスッキリした様な顔をして、クッキーをハンカチに包んでから部屋を出ていった。追加で焼かないとな……。
餌付けしたメイドさん達も、寒くないですか? 毛布お持ちしましょうか? 何か手伝える事はありませんかと会う先々で聞いてくるようになったからね。必要量が多い。
何にしても、大事になる前に解決できたならよかった。
●
翌日、空はどんよりと曇っていて雪でも降り出したらちょっといやだなぁとサカモトに寄りかかって空を眺めていると、第一騎士団の団長さんがやってきた。
近く……もないけど、少し離れた所から声を掛けてきた。
「貴様! ウルゼルから聞いたぞ。栄光ある専属騎士の座を断っているそうじゃないか! 我々騎士が姫様を守るという栄誉にどれだけ憧れを抱いているか、わかっているのか?! それを断るなどと……バカにしているのか!?」
団長の怒鳴り声に不快感を抱いたのか、寝そべっていたサカモトが頭を持ち上げた。
「グルウウウウウウウウウウウ」
まるで威嚇するみたいに喉をグルグルと唸らせ、団長を睨み付けている。サカモトが威嚇するのは少し珍しいね。
「なっ!? そうやってドラゴンの陰に隠れて……それで何が専属騎士だ!」
団長は更に距離を取りながら声を張り上げる。騎士にとって専属騎士がどれほどの栄誉なのかはわからないけど、想像することはできる。
可憐なお姫様を剣一本であらゆる困難から守る、そう考えるとカッコイイしときめくものがあるだろう。どうせ守るなら皇帝陛下みたいなゴリゴリマッチョより可愛らしい姫様に限るよね。
だけど断っても文句言ってくるとは思わなかったよ。
私は「落ち着いて」とサカモトをなだめてから団長さんに声をかけた。
「私に文句を言われても困ります。専属騎士になるのも納得いかないし、断るのも納得いかない。それではまるで駄々をこねる子供の論理ですよ。団長さんはどうすれば納得するんですか?」
「平民の分際で私に説教とは笑わせる。我らが帝国では実力が重視される。言いたいことはわかるな?」
実力を示せって事か。正直団長さんの言ってることは難癖だし、私には全然関係ない。だけど少しだけ、ほんの少しだけ面白そうだなって思う私がいる。
なぜならここは帝国だ。実力主義だとかそういう事じゃない。ここには私を怒る人が居ないのだっ!!
「あはっ。良いでしょう! 実力を示せというのなら実力を示して見せましょう。どうせ団長さんはサカモトの手を借りればそれは卑怯とか騎士ではないと仰るのでしょう? わかってます、わかってますよ」
「ほう、物分りが良いでは無いか。では今日の昼食後――」
「さぁ、始めましょう! ゴレムスくん!」
私がゴレムスくんを呼ぶと、サカモトの上に居たゴレムスくんがドロドロっと私を飲み込んだ。
「ゴレムスくん、できるだけカッコイイ感じにしようよ! 可愛さより強さとかそういう方面でお願いね!」
ドーム状に私を包み込み、グルグルと渦巻いているゴレムスくんに変身形態はおまかせしよう。ゴレムスくんのセンスに期待だ。
アダマンタイトが足元から順に私にくっついていく。なんだかヒーローの変身シーンみたいでテンション上がってきたぞ!
どんな厳つい鎧になるのかと、ガチャガチャと完成していく姿を眺めていると顔以外全てがアダマンタイトで覆われた。
ゴツゴツした感じになると思っていた予想は裏切られ、鎧自体は私の体にフィットしたシルエットの細い物だった。
余ったアダマンタイトがどこに回されているのかと言えば、背中にあるサカモトみたいな大きな翼膜と、シャルロットみたいな羽が二枚ずつ合計四枚付いている。そして何故か後ろにある玉座のような背の高いイス。これらに多くのアダマンタイトを使ったらしい。
このイスは座ればいいの? それともプロレスみたいにこれで殴ればいいの?
「な、な、な、なんなんだそれはっ!」
「何って騎士は騎士らしく鎧でも、と思いましてね」
私はカッコつけてイスにドカッと座ってから脚を組み、頬杖をついた。
「また訳分からん事を……。昼食後に模擬戦をしようと思っていたら突然やる気になるし、やる気になったと思えば偉そうにイスに座る……。全く意味がわからん。これだから教養のない平民は嫌いなんだ」
「ブツブツ言ってないで来たらどうです?」
傲岸不遜に、高慢無礼に、傍若無人に見えるよう振る舞う。何も無いただの訓練場は、私の玉座の間で、向かい合う相手は団長ではなく勇者で、今の私はラスボスだ。
ブルーメタリックにキラキラ光ってるのがラスボス感薄いのと、勇者がひとりぼっちなのが気になるけど結構楽しい。
遊んでいると、『大の大人が何をやっている』なんて言う人がたまにいるが、大の大人が全力でくだらない事をやるからこそ面白いのだ。
これは壮大なごっこ遊びだ。姫様でも呼んで人質役をやってもらえば尚更盛り上がったんだけどな。




