スイーツはやっぱり美味しい
メイドさんがワゴンを部屋に運び込み、銀の蓋みたいなのをパカッと外した。
「おおおお!」
「あらあら!」
姫様とアンナレーナ様は特製プリン・ア・ラ・モードを見て驚きの声をあげた。
パフェほど大きくは無いけど、そこそこの高さが出ているプリン・ア・ラ・モードが三つ。そして存在感のあるリンゴ丸ごと一個を使った花の彫刻は中々にインパクトがあるだろう。
「こちらはプリン・ア・ラ・モードと言います。モンテルジナでは多くの人を魅了しているスイーツの一種ですね。ただしこのスイーツという物は、不慣れな人が召し上がると脳の回路が焼き切れる可能性があるほど危険な代物です。実際にスイーツの聖地、ベルレアン辺境伯領では年間数百人の人がこのスイーツで命を落としている……訳でもないですが、倒れる人は後を絶ちません。ですので、毒味をされる方々にはこちらをお貸し致します」
「どくみって何ですか?」
私はポケットからアダマンタイト製の棒を取り出した。手で握ればはみ出す程度で、太さは指二本分くらいだろうか。先端は丸みを帯びたそんな棒だ。姫様は頭撫でておこう。君はまだ知らなくていいよ。
「それは何なのですか?」
「こちらは覚醒棒です。お試し係の方が、万が一にもスイーツを食べて倒れてしまったら良くない物だと疑われてしまいますよね? これに良くない物は入っていませんが、先程も申したように倒れる危険性があるのです。なので、万が一意識が飛ぶと思った場合、この覚醒棒を太ももの外側に突き立てて下さい」
毒味とか毒って言葉は避けておこう。覚醒棒など大仰な言い方をしてるけど、ただのツボ押し用の棒だ。針でチクッとしたら血が出ちゃうだろうし、ツボ押しなら平気でしょう。
コリーナさんと、アンナレーナ様付きのメイドさんに覚醒棒を渡した。
メイドさん二人はただならぬ物を感じ取ったのだろう。スプーンを持ったまま息を飲んで固まっている。そんな二人を、アンナレーナ様は固唾を飲んで見守り、姫様は早く食べなよと言いたげな顔で見ている。
「どうか意識を失わないように気をつけてくださいね。どうぞ、覚悟のできた方から召し上がって下さい」
コリーナさんは既にホットケーキという片鱗を味わっているからか、警戒心が強い。ここは先を譲るようだ。
メイドさんは毒味をする為にスプーンでプリンをつついた事で怯んだ。プルリンと揺れ動く黄色い謎の塊。まるで錬金術により生み出された未知の物体にすら思えるプリン。生命など露ほども感じられぬその外見で、まさか卵を使っているとは思うまい。このメイドさんにとって、それだけ衝撃的なプリンはまさしく錬金術の極地『賢者の石』と言っても過言では……ええい! 早く食べてよ!
私の願いが通じたのか、メイドさんは未知のプリンと未知の生クリームに焦点をあててスプーンですくった。プリンと生クリームを同時に食べる、それは素晴らしい選択だ。スイーツを見る目があるよこの人。但し、初挑戦でそれはやり過ぎだ。
二、三回口を開いては閉じてを繰り返してから、覚悟を決めてパクッと一口でいった。その瞬間、メイドさんはくらりと揺れ、体制を崩す。誰もがこのまま倒れるものだと思ったが、メイドさんは大きく足を開き何とか踏みとどまり、同時に振りかぶって覚醒棒を太ももに突き立てた。
その姿はバトル漫画で危険な注射を思いっ切り刺すようなシーンが重なって見えたよ。
「問題ありません」
メイドさんは片足をかばいながらも何食わぬ顔でそう言って頭を下げた。
「あの、足平気ですか? 普通にグって押すくらいで良かったのに、あんな振りかぶって突き立てたら立ってられないほど痛いんじゃないですか?」
「そ、そうですね……。正直見栄を張っているだけで泣きたいくらい痛いです」
メイドさんは苦笑いを浮かべながらそう零した。ほら言わんこっちゃない。
「全くドロテアは無茶をして……。少し座って休んでなさい」
「申し訳ありません」
アンナレーナ様がメイドさんを気遣って声を掛けると、メイドさんは座ることにしたようだ。
メイドさんは私の横で、床に片膝を付き、頭を下げて座っている。…………何故そこに座るのか。普通に椅子に座りなさいよ。私の横で、そんな配下が指示を待つみたいに座らないで欲しい。アンナレーナ様も不思議そうにしてるじゃん。
「コリーナさんもお試ししてください」
私が促すと、メイドさんとプリン・ア・ラ・モードを見比べてから気合いを入れ直した。先行者が大きな傷を負ったのを見てたから不安にもなるよね。健闘を祈る!
コリーナさんは警戒心が強くなり過ぎたのか、スプーンの背で生クリームを少し触り、それを舌先でちょんと舐めた。流石にそれじゃ毒味にもならないでしょ……。
「もっとしっかり食べなよ。それじゃ安全かどうかもわからないよ?」
「そうですね……」
コリーナさんは改めてスイーツと向き合い、気合いを入れ直してからスプーンを刺した。
プリン、生クリーム、フルーツ、プリンと順番に食べ始めたコリーナさん。お気に召した様だ。
「コリーナまた食いしん坊になってる……」
「はっ! 問題ありません」
姫様の悲しげな声を聞いてコリーナさんは我に返り、プリン・ア・ラ・モードの配膳を始めた。
目の前に置かれたスイーツに迷わず食い付いたのは姫様だ。スプーンを持って生クリームから食べ始めた。
「しゅごい! お客様これ前のよりフワフワで甘いよ! 私これ好き!」
「でしょう? こっちの黄色いのも美味しいから食べてみて」
「うん!」
さっきまでのお澄まし顔など吹き飛んでしまった姫様はニコニコ笑顔で食べ始めた。やっぱ姫様は素直でたまに生意気な感じが可愛いよ。どうせほっときゃ大人になるんだから、子供のうちは子供でいて欲しいと思ってしまうのは大人のエゴなのかね。
「お客様これ食べて! 美味しいよ! プルプルで美味しい!」
姫様はプリンを私に分けてくれるみたいで、あーんとスプーンを差し出している。それならば私もお返しにカスタードクリームを付けてからプリンを食べさせてあげる。
「!? お客様のやつ味違う! 自分だけ別のやつ食べてるの?」
「同じのだよ。この下にも色々入ってるから食べてみてねー」
私と姫様が和気あいあいと食べていると、アンナレーナ様も覚悟を決めたらしく食べ始めた。最初の一口で口元を上品に覆い笑みを深めたアンナレーナ様は、特に何を言うでもなくパクパクパクパクと食べ進め、笑みをどんどん深くしていく。な、なんかこわいね。
美味しいねと笑顔を浮かべながら食べる私達と、鬼気迫る勢いでグラスを鳴らしながら食べていくアンナレーナ様。同じ物を食べてるとは思えないわ。
早食い選手権優勝のアンナレーナ様は、テーブルナプキンで口元を軽く拭くとふぅと息を吐いて落ち着いた。
「大変美味でした。モンテルジナでは毎日このような物を召し上がるのですか?」
「スイーツの聖地たるベルレアン辺境伯家では結構普通に食べますけど、そうでない場合は辺境伯領か王都にあるスイーツショップくらいでしか食べられませんよ」
「スイーツショップというのは?」
「こういう甘い物の専門店ですね。興味がございましたら是非とも足を運んでみて――」
「行きます。両方行きますね」
「そ、そうですか。そう言えば陛下もモンテルジナヘ行く、なんて言ってましたが……」
「丁度いいですね。ハイデマリーも一緒に行きましょうね」
「お客様のお家? 私も行くよ!」
何で姫様の中で私の家に行くことになってるんだ? せめてモンテルジナって言おうよ。
そんなこんなで小さなお茶会は終始スイーツの話になっていたけど概ね成功だったと思う。アンナレーナ様は帝国にもスイーツショップを是非とも開きたいと力強く言っていたけど、是非とも頑張って欲しい。帝国ならではのスイーツ、期待しています!




