お茶でもどうですか
アンナレーナ様からのお誘いは、お茶会ではなくお茶でもどうですかって話だ。だから姫様が飛び入り参加でもしない限りは二人きりなんだろう。勿論、メイドさんとかはその場にいるだろうけどね。
折角だし、帝国のお偉方にスイーツって物を見せてあげようと思っているよ。帝国でしか手に入らない何かがあって、それがスイーツに凄く合うなんて事もあるかもしれないからね。スイーツを広めて損はない。
スイーツの聖地はベルレアン辺境伯領ですよとしておけば、お隣帝国からベルレアン辺境伯家に対する評価も上がることでしょう。まさか聖地奪還みたいな争いは起きないよね?
恐らく初めてのスイーツになるだろうし、『こんなものなのね』って思われても悔しいから、それなりの物を作りたい。姫様の参加も前提として考えるなら、子供にも人気のプリンあたりがいいかな?
という訳で、『姫様の為に』を合言葉にお城の料理人チームを使ってプリン・ア・ラ・モード作りをした。
アダマンタイト製の浅めのパフェグラスを用意して、そこに生クリーム、イチゴ、カスタードクリームイチゴの順に層を作った。これを土台にして、その上にプリン・ア・ラ・モードを作るのだ。
中央のプリンを囲むように生クリームを搾り、さらにその周りに色んな果物を乗せた。ただ小さく角切りにしただけのイチゴやリンゴ、ブルーベリーを散りばめて、飾り切りをしたイチゴやリンゴ、オレンジで立体感を出す。
料理人チームが張り切りすぎて、リンゴ一個を彫刻の様にして大輪の花を作ったりしたけど、それはプリン・ア・ラ・モードには乗せられないよ。いらないと却下したら悲しそうだったから、パフェグラスを乗せるお皿に乗せてあげよう。
完成したプリン・ア・ラ・モードは華やかだ。惜しむらくはアダマンタイト製のパフェグラスだと中の綺麗な層が見えないところかな?
この層は何で出来てるんだろうかと眺めたり、ロングスプーンで第何層まで突き進もうか悩んだりしながら食べるのも醍醐味だからね。
突発的な催しだし、ある程度の妥協は必要だ。
●
メイドさんの案内に従い、やってきたのはアンナレーナ様のお部屋だった。私はてっきり中庭とかそういう場所でやるのかと思ったけど違うらしい。
冷静に考えて冬なんだから室内だよね。
入室許可を貰って部屋に入ると、随分若くて綺麗な人がソファーに座っていた。
歳は二十歳くらいかな? 下手したら十代の可能性もあるね。明るいブラウン系の長い髪に、焦げ茶の瞳の優しそうな人だ。
私はとりあえず頭を下げておく。
「いらっしゃいませ。ささ、こちらへどうぞ」
「では失礼します」
促されるまま、対面のソファーに腰を下ろした。室内はグリーン系の色でまとめられていて、新緑を思い起こさせる様な暖かな印象を受けた。
「はじめまして、私はアンナレーナです。ハイデマリーとは仲良くして頂いけてるみたいで助かります」
「いえ、私の方こそ仲良くして貰って助かってます。私はモンテルジナからやってきたノエルと申します」
アンナレーナ様は「そんなに畏まらないで」と穏やかな笑みを浮かべてニコニコとしている。
部屋に控えていたメイドさん数名がお茶を入れて手早く振舞ってくれる。
「こちらは帝国産の紅茶なんですけど、スッキリとした味わいで男女共に人気なんですよ」
「は、はい。いただきます」
アンナレーナ様のオススメの紅茶は茶葉の香りはしっかりと感じられるものの、後を引く事はなくて飲みやすい。癖がないから男女共に人気があるってのも頷けるよ。
アンナレーナ様はニコニコしながら私を眺め、私を見られながらちびちびと紅茶を飲む。
……これどうしたらいいの? 何話したらいいのかな? 王家に嫁入りしたご令嬢と平民って。このままだとお腹タプタプになるまで紅茶飲み続ける変な女になっちゃうから、共通の話題として姫様の話でもふっておこうかな。
「姫様とは普段どのようにお過ごしなんですか?」
「ハイデマリー? そうねぇ。お話をすることが多いかしら。ハイデマリーがその日に何をしたのか、どんな事が出来るようになったのかを話してくれるから、適宜褒めているわ」
「えと、遊んだりはしないのですか?」
「もちろん一緒に庭園を歩く事もありますし、お茶をする事もあるわよ?」
「そうですか」
貴族の子育てってそういう感じなのかな? 赤ん坊の頃とかは乳母が面倒を見て、その後もメイドさんが世話したり。教育だって専門の人が居るだろうしね。私が思う様な親子関係とは少し違ってるのかも。
考えてみると、小さい頃のリリも私と一緒に過ごす事が大半でヘレナ様と遊ぶみたいな事はあまりなかった様な気がするよ。
「それで少し話を聞いてみたかったのです。ノエルさんは僅か数日でハイデマリーの心を掴んだと聞いたわ。どうやってそんなにすぐ仲良くなれるの?」
「と言われましても……。仲良くないんですか?」
「いいえ、そんな事ないわ。私はハイデマリーを愛してますし、ハイデマリーも私のことを愛してくれています。ただ、報告にあったようにハイデマリーがはしゃぎ回る様な姿は私の前では見せないのよ」
アンナレーナ様は頬に手を当てながら物憂げな表情を浮かべている。
姫様は賢い子だから、母親の前ではいい子でいようとしてるんじゃないの? 貴族教育を受けてるんだから、お上品で優雅に振る舞うのが良しとされてるんだからはしゃぎ回ったりはしないと思う。
「やっぱり歳が近いからかしら?」
それを言われると複雑だ。前世も含めると私はアンナレーナ様より歳上だよ? それなのに五歳児と近いと言われるとバカにされてるみたいじゃん。
「そうですね……。親には親の、友達には友達の役割があるんだと思いますよ。アンナレーナ様だってご両親に見せる姿と、ご友人に見せる姿は違うのではありませんか? 大好きなお母さんの前では背伸びしていると考えれば微笑ましいじゃないですか」
私にはあの姫様がお澄まし顔でご令嬢らしく振舞っている姿は想像できないけど、アンナレーナ様からすれば逆の事なんだろう。
そんな話をしていると、部屋がノックされた。どうやら噂のお姫様がやってきた様だね。
部屋の扉が開くと、「お母様」なんて言いながらお澄まし顔の姫様とコリーナさんが入ってきた。
「あら、ハイデマリーいらっしゃい。こちらへどうぞー」
「はい、失礼します」
姫様は楚々として静かに歩き、勧められた席に座った。……一体誰だ君は!!
姫様はお父さんをパパと呼び、皇帝陛下にはおじいちゃんおはよーなんて気楽に挨拶してたじゃん!
私が唖然とした顔で姫様を見てると、姫様はムスッとした顔で睨んできた。
「お客様、私を仲間外れにしてお母様とお茶はずるいです」
「……仲間外れにはしてないよ」
らしくないじゃん、等と言ってやりたり気持ちもあるけど、お母さんの前で精一杯淑女として振舞っているなら調子を崩すのも可哀想だ。そっとしておこう。
「ふふふ。ハイデマリーはノエルさんの事好き?」
「お客様ですか? 好きですよ? 私の騎士にしました」
なってない。
「あら! ようやく決まったのねー! ハイデマリーはどの騎士にも難色を示してたから心配だったのよ。ノエルさん、よろしくね」
「いえ、なってないので。そうだ、お土産をお持ちしてるのでどうですか? 美味しいものなんですけど」
私はこの話題を否定して終わらせる為にもさっさと切り札のスイーツを切る事にした。姫様は私の言う美味しい物という言葉を聞いて、耳をピクピクと動かした。どうやら話はそらせそうだね。




