行き先変更
帝都の上空をゆっくりと飛んでいると、姫様がいい事を思いついたと言わんばかりの顔で声を上げた。
「そうだ! 私海ってやつ見てみたい! お客様海行こう! 海!」
「海か。私としては見に行ってもいいんだけど、帝国の地理には疎いからなぁ。ウルゼルさん誘拐してくれば良かった」
この世界に来てから海は見ていない気がする。姫様の希望通り海へは行きたいけど、場所わからないしどうしようか。コリーナさんはもうゴンドラの中心に座り込んじゃって話も聞こえてないみたいだし。
そんな風に悩んでいると、ちょんちょんと服を引っ張られた。
「影子さんどったの?」
私の問いかけに対して、一方向を指差した。話の流れ的には向こうに海があるって事なんだろう。ここで自分の行きたい所指差してたらちょっと笑う。
「向こうでいいのね?」
私は影子さんに姫様を預けてから、サカモトの顔の方まで飛んで行先変更を告げた。
これで海の方へと向かってくれるでしょう!
誰にも何も言わず、姫様を連れて帝都の外へと出てしまったがまぁいいでしょう。そもそも帝都上空は帝都なのか、という議論に持ち込めば空を飛ぶ前に止めて貰わないと困りますよとまるで被害者のように振る舞えるかもしれない。
帝都から伸びる道に沿ってサカモトが飛ぶ。姫様はゴンドラから必死になって目に焼き付けるように下を眺めている。姫様初めての外出だ。
「お城出てみた感想は?」
「高い!」
「そりゃそうだ。にしても初めての外出が空の旅ってのもお姫様ならではって感じだよね」
海を目指して少し飛んでいると、姫様が何かを見つけた。
「ねぇねぇ、何か集まってるよ? 何してるのかな?」
「んー?」
姫様が指さす所を見てみれば、一台の馬車と、人集りができたいた。正確には馬車を守る騎士と、それを囲むゴブリンって感じだね。
「あれはゴブリンに襲われてるんだと思うよ。結構たくさんいるし大変そうだね」
「助けてあげないの?」
ゴブリンは農民でも武器があれば倒せるらしい。数が多いから若干手間取ってはいるけど、騎士なら問題は無いと思うんだよね。それに何より……
「私ゴブリン嫌いなんだよね……」
私が少し渋っていると、姫様が悲しげに表情を曇らせた。影子さんもジーッとこっちを見てるし、コリーナさんは座り込んだままだ。
「わかったよ……。じゃあ念の為姫様にはシャルロットをつけとくね」
私がいない間に何かあっても困るし、万が一転落でもされたら一大事だからね。
「助けるの?!」
「うん。乗り気はしないけど行ってくるよ。サカモトもゆっくりでいいから降りてきてね。じゃあ行ってきます」
私はゴンドラからぴょんと飛び降りて、紐なしバンジーを開始した。グングン近づいてくる地面に胸の当たりがきゅっとしながら身体強化を強めた。
ドゴンという大きな音をたてて地面に降り立つ。結構な高さからの落下だから土煙が舞い上がった。煙幕みたいになってる今のうちに、地面にめり込んだ下半身を抜かなくちゃ……。颯爽と降りてきて埋まってたらかっこ悪いからね。
大地をひっくり返す勢いで穴から下半身を抜くと、タイミングよく土煙が晴れた。
先ず目に入ったのは大量のゴブリン。緑色のゲギャゲギャ言うブサイクで汚らしい子供みたいな魔物だね。私はコイツらが大嫌いだ。その大嫌いなゴブリンが数十匹もいる。
そしてその向こうには警戒心を顕にしている騎士が十人くらい見えた。特に被害はなさそうだ。
「少しいいかな?」
私が魔力を練り上げて声を出すと、ゴブリンの大半が尻もちをついて震え始めた。中には家族なのか、他のゴブリンを庇うようにしている個体もいる。
「私は君たちを襲うつもりはないんだけど、君たちゴブリンはどうかな? 私に挑む?」
引き攣った様な顔で涙をボロボロと流しながら、必死に後退りし始めたゴブリン。ふん尿を垂れ流しながら、身動き出来ない奴もいた。
「ねぇ、その子も連れて行きなよ」
私がおもらしゴブリンを指差すと、何匹かが引き摺るようにして連れていく。
だからゴブリンは嫌いなのだ。小さな子供みたいな体で、醜悪な程ブサイクで、ザ・ゴブリンみたいな腰ミノ巻いてゲギャゲギャ言ってるのにさ、私が近くに現れると泣きながらふん尿漏らしたりするのだ。まるで私がイジメたみたいじゃん。冒険者達はよくゴブリン倒そうと思えるよね。気分最悪だよ? 泣きながら家族庇ったりしてホームドラマ見せられるんだもん。普通倒せないでしょ。
私がしっしと手で払うと、ゴブリン達は全力で走り去っていった。
「ご助力感謝する。敵では無い、と判断しても?」
少し離れた所にいる騎士の一人が、剣を構えたまま私に声をかけてきた。未だ警戒はしているみたい。
「安心してください。敵対するつもりはありませんよ。それと、ドラゴンが降りて来ますけどその子も敵じゃないので攻撃しないでくださいね」
まるで私の言葉を聞いていたかの様なタイミングでサカモトがバサバサと降りてきた。
「お客様平気ー?」
「平気だよー!」
ゴンドラをドンと置いて、サカモトも地面へ降り立った。突然のドラゴンの出現に、騎士たちはざわめき馬車を引く馬は暴れだしてしまった。
騎士が必死になだめようとはしているが、前足を振り上げながら前後に動く馬に対して近付けないみたい。
サカモトで驚いちゃってるんだろうし、私も手を貸そう。
馬に近づいて宥める。
「どうどう。大丈夫だから落ち着い――」
「バ、バカやろう! 暴れ馬の後ろから近付くやつが――」
おしりを撫でて落ち着かせようとしたら、前足を下ろした馬が、着地と同時に後ろ足二本で勢い良く私の顔をスコンッと蹴り上げた。
これには何かを言いかけていた騎士も黙り込んでしまった。
人の恋路を邪魔した訳でもないのに蹴ってくるとかこの馬なんなの?
「コラー! 顔が汚れたでしょ! 優しくしてあげたら調子に乗って! 馬刺しにするぞ!」
私が魔力を練り上げて馬をしかりつけると、落ち着き払い、頭を下げながらモゾモゾと居心地悪そうに小さく足踏みを始めた。私は馬の顔の方に近付いて行く。
「いい? 私は君を助けたんだよ? それなのに顔蹴るとかある? 普通ないよね? 助けられた側が顔を蹴っていいなら、助けた側はどこまでしてもいいの? 馬刺し? 馬刺しはいいの?」
私が懇々とお説教をしていると、馬は私の体に必死に顔をこすり付けてきた。甘えてるような仕草で許しを乞うているんだろう。
「あのね、美少女たる私の顔面蹴り上げておきながら甘えた程度で許されると思ってる? ――これが意外と許すんだなぁ。体は黒いのに鼻筋は白いんだね、君。よーしよしよし」
私は動物好きだからね。躾はちゃんとするけど、この馬は私の子ではない。だから可愛がってワガママになっても困らないのだ!
「ドラゴン来て驚いちゃったんだもんねー。仕方ないよねー」
「お客様! 私も! 私もお馬さん触りたい!」
ゴンドラの中から声を出す姫様においでと手招きすると、影子さんと一緒にやってきた。
「ほら、優しく触るんだよ?」
「お? おおー! 暖かいよ! お馬さん暖かい!」
私たちがほのぼのふれあい広場をしていると、騎士たちは姫様の顔を知っていたのか、地面に膝をついて頭を下げた。
「じゃあ私達は旅を続けようか。姫様行くよー」
「おー!」
踵を返してゴンドラへ向かっていると、慌てた様な声が聞こえた。
「お待ちくだされ!」




