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遊覧飛行

 皇帝陛下はモンテルジナへ行くことに乗り気な様で、予定を調整するから数日待ってて欲しいそうだ。皇帝陛下が遠征するのに数日程度でどうにかなるものなのかね。今頃周りの人とか困惑してそうだよ。


 翌日。帝都散策は皆としたいから今はやらない、かといって城でできることも限られている。日帰りくらいの甘い見通しで帝国に来たもんだから早速困ってるよ。

 そんなわけで、姫様と遊ぼうかなぁと朝も早くから姫様の部屋へとやってきた。

 案内してくれたメイドさんが部屋をノックし、交渉した結果入っても良いと許可がおりた。


「姫様いるー?」


「お客様だ! ここにいるよ!」


 部屋に入ってきた私を見るなり、腰の辺りに突撃してきた姫様。細い髪を撫でながらコリーナさんと目礼を交わした。


「お客様どうしたの? かくれんぼしにきた?」


「ううん、かくれんぼはしないかな。今日は遊覧飛行のお誘いにきたの。行く?」


「ゆーらんひこー? 行く!」


 首を傾げる姫様は恐らく何もわかっていないけど、それでも暇を持て余しているのか乗り気だった。

 影の人たちはどうするんだろう? 多分姫様の護衛をしてるんだと思うけど、サカモトで空飛んだら影ながら見守るとか不可能じゃない?


「コリーナさんと影の人も行く?」


「私はもちろん行きますよ」


 屋根裏からの返事はない。絶賛協議中なのかわからないけど何かしらアクションしてくれないと行っちゃうよ?


「ねぇ行かないの? ゆーらんひこー」


 待ちきれない様子の姫様にちょっと待っててと告げてから聴力を強化する。屋根裏から心音が四つ聞こえる。声が聞こえないから会話をしていないみたいだけど、集まってはいるみたいだから手話か手信号か何かで話し合ってるんだろう。


 私はシャルロットに浮かせて貰い、手当り次第に屋根を押していくと、ほんのりと感触が違う場所があった。

 そこをガコっと外して屋根裏に頭を入れる。


「ねぇねぇ、話し合っててもどうせ行かなきゃならないんでしょ? もう諦めて誰か普通に付いてきてよ。私と姫様とコリーナさんだからできれば女の子がいいな。その方が安心じゃない?」


 影の人達は目配せをすると、一人の影がカサカサと近付いてきた。手のひらを床に付け、手の甲の上に足を乗せて歩く、なんか蜘蛛みたいな気持ち悪い動きだ。


「なにそれキモッ! ……ごめん本音がでちゃった。貴方が行くって事で良いんだよね?」


 私の問いかけに目だけを出した黒ずくめの人が頷いた。じゃあ行きましょうと屋根裏から首を引っ込めると、足音を立てずに影子さんが降りてきた。


「姫様、かくれんぼの達人も行くってさ」


「そうなの!? もしかしてこの人ずっと隠れてたの?」


「そうだよ? 姫様が見つけてくれないから出て来れなくて、昨日からずーっとかくれてたんだってさ」


「えー。隠れてるって言わないと探さないよ?」


 そりゃそうだ。


「じゃあ今度から探してあげてね?」


「まかせて!」


 影子さんは私を睨んでいる。申し訳ないけど姫様の遊び相手なって欲しい。影の人たちはどうするんだろう。姫様が探しても見つけられなくて泣きだしたら出てくるのだろうか。それとも己が役目を(まっと)うするのだろうか。

 私は姫様を抱き上げ、皆と一緒にサカモトのいる訓練場へと向かった。


 姫様を抱き上げた一般人とメイドと私より少し小柄の黒ずくめの人という奇妙なパーティーメンバーでサカモトの所へやってきた。

 地面で伏せているサカモトと、ボーッと体育座りをして日向ぼっこをしてる大型ゴレムスくんがいる。


「サカモトとゴレムスくん、今日は少しだけお散歩しようねー」


「グルゥ!」


 私が声をかけるとサカモトは頭を上げて返事をし、日向ぼっこをしていたゴレムスくんも立ち上がった。


「ねぇねぇ、あの青くてキラキラしてるのは何?」


「あの子はゴレムスくん。私の家族だよ」


「あんまり似てないね」


「そうかな? 私も今はこんな見た目だけど、本当はカチコチで青いんだよ?」


 姫様にテキトーに返事をしながら遊覧飛行の準備をする。サカモトの背中に乗るのはやっぱり危険だから、ゴレムスくんにゴンドラを作って貰って、それに乗るとしよう。


 ゴレムスくんが体からアダマンタイトを分離してグニグニと動かして箱を作った。


「すごい! それ私もほしい!」


 出来上がったゴンドラを指さして興奮気味に言う姫様と、強度とかを念入りに調べる影子さん。グニグニ動いてたけど世界最高峰の強度だから安心して欲しいね。

 乗り込むのは難しいだろうから、コリーナさんの背後に回り込んでお姫様抱っこする。


「きゃっ! 何をするか言ってからにして下さい!」


「ごめんね。じゃあぴょんと飛んでゴンドラに運びまーす」


 ぴょんと飛び乗ってからコリーナさんを降ろすと、コリーナさんは唖然とした顔をしていた。


「……人一人抱えてあんなに跳ぶなんて非常識では?」


「コリーナさんは軽いからね。もう少し食べた方が良いと思うよ」


 私より少し背が高いコリーナさんはメイド服でわかりにくいけどかなり細い。毎日毎日姫様の毒味をすることで、食に対する忌避感みたいなのが芽生えてるんだろうか。食べる度に、自分は死ぬかも知れないと考えているとすれば、毒味じゃなくても食に対して抵抗があるかもしれない。大変な仕事だよ。


「余計なお世話ですよ」


 コリーナさんは不快そうな、そしてどこか悲痛な顔をしながら吐き捨てた。姫様の為にやっているのであって、私が口を挟むことでもないんだろう。確かに余計なお世話だったかも。

 最近は私が出す物なら毒味なんて誰もしてなかったから忘れてたけど、モンテルジナのお貴族様組とかも毒味は必要なんだよね。というかスイーツショップとかも毒味なんか見たことないぞ? スイーツを食べられるなら殉じる覚悟があるのかもしれない。恐ろしき甘い物への執着心。


 続いては姫様を抱っこしてからゴンドラに乗り、影子さんにも声を掛ける。


「影子さんも手を貸す?」


 影子さんはゴンドラの縁に片手を乗せ、一人でしゅたっと乗り込んだ。姫様は身長的に外が見えないから私が抱えておくとして、早速出発だ!


「サカモト! 鐘を鳴らしたら帝都の上空をゆっくり飛んで!」


「グルウ!」


 サカモトは、カランカランと高い音を響かせてからゴンドラを掴んで空へと飛び上がった。徐々に高度を上げていく様子に、皆顔を強ばらせていた。いや影子さんは覆面しててわからないけどね。

 結構な高度に到達し、ゆっくりと帝都の上空を旋回し始めた。


「うわー! すごいよ! これ空飛んでるの?! 見て! お城あんなにちっちゃくなっちゃった!」


「ホントだね。ここが姫様が住んでる街だよ。どう? 結構おっきいでしょ?」


 私はゴンドラの端に立ち、姫様と一緒に下を覗き込む。


「おっきい! 空から見たの初めて! おーい! そっちからも見えるー?」


「ふふっ。サカモトは見えるかも知れないけど私たちは見えないんじゃない? ほら、コリーナさんもおいでよ。せっかくだから見てみな? コリーナさんの実家はどの辺?」


「わ、わたしは遠慮します……」


 コリーナさんは少し怖いのか、ゴンドラの真ん中に陣取って動こうとしなかった。高所恐怖症かはわからないけど、落ちたら死ぬって状況なわけだし無理強いはしない。怖いもんは怖いよね。ウルゼルさん引っ張って飛び降りといて今更だけど。


 影子さんはリアクションこそ無いが、ジーッと帝都を見下ろしている。


「ねぇねぇ影子さん。突然の事で影の人たち皆混乱してたんだと思うけどさ。普通に騎士の人に護衛としてついてきてもらえばよかったんじゃない?」


「!?」


 考える余裕がなかったんだろうな。騎士を呼べば姿を晒す必要もなかったと思うわ。だが今は上空何メートルか分からない空の上だ。今更逃げることなどできまいよ。

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