やはり入手は難しい
早速いただきますと食べようとした所で少し問題が発生した。
「コリーナ私の食べるの……? これ私の名前書いてあるのに……」
いつものようにコリーナさんが毒味しようとしたら姫様が泣く一歩手前まで表情を曇らせてしまった。
自分だけの特別製。自分で作った自分の名前が書いてある初めてのホットケーキ。姫様にとっては宝物に近い食べ物になってしまったようだ。
「ですが……」
「姫様、コリーナさんは姫様ともっと仲良くなりたいんだよ。だから少しだけ交換したいんだってさ。姫様が姫様の名前入りを少しだけあげて、その代わりコリーナさんはコリーナさんの名前入りを少しくれるみたいだけどどう?」
それでも気持ち的に納得いかないらしく、難色を示した。しょうがないね。
「じゃあコリーナさん私のとちょっと交換しよ? はい、あーん」
私の分をコリーナさんに食べさせ、コリーナさんも私に食べさせてくれる。
「んー! 美味し! やっぱ仲良しの人と交換すると格別だ! ねー! コリーナさん」
「え、ええ」
そこはもっとノリノリでやって欲しい。変に恥ずかしがらないでよ。独りよがりみたいになっちゃったじゃん!
「わ、私も! 私もやる! お客様はい、あーん!」
「あ、ありがとう! あーん」
姫様が自分の分を小さく切って私に食べさせてくれる。私が毒味していいの……? まぁいいか。
「お客様のも私にちょうだい!」
「いいよー! はい、あーん」
姫様の小さなお口にホットケーキを入れてあげる。
「!? しゅごい! ナニコレ! フワフワで甘いよ! コリーナも食べて!」
初めてのホットケーキにテンション爆上がりの姫様は、ホットケーキが宝物から美味しい食べ物に変わったようだ。いいから食えと言わんばかりにコリーナさんにも差し出した。
コリーナさんが差し出されたホットケーキをパクリと食べた事で毒味も無事完了だ。
「もうないのか? 小さすぎて二口で終わったぞ」
私達の毒味騒動なんてお構い無しに食べていた陛下は、いただきますとご馳走様がほぼ同時だったらしい。でも流石に二口は盛り過ぎだよ。
「いやまぁ、焼けばまだありますけど……」
「よし、なら料理人達に焼いてもらうとしよう。ノエルは食べてなさい」
「はぁ……」
さいですか。姫様もどこかマイペースだったけど、皇帝陛下もマイペースだ。というよりトップだから周りに気を遣う必要もないのかな。
「姫様、初めてのお料理はどうだった?」
「楽しかった! さすがはお客様だ!」
「そりゃよかった」
食べながらニッコニコの姫様と、苦笑いのコリーナさん。コリーナさん的には姫様が料理をする必要はないし、あまり褒められた行いではないと思っているんだろう。ただ、当の本人がここまで喜んでいては文句もつけにくい。その結果が苦笑いって所かな。
「コリーナさんはどう? 美味しい?」
「ええ。とても美味でした」
「それはよかったよ」
ホットケーキはそこまで沢山の砂糖を使ってるわけでもないし、言ってみればパンに近い。スイーツに不慣れであろう帝国の人にはこのくらいのジャブが丁度いい。
ただ、私とシャルロットは少し不満だった。ホットケーキの味に不満があるわけじゃない。
「やっぱウチの子達が作るハチミツの方が格段に美味しいね。シャルロット」
ガチガチとアゴをならして賛同してくれるシャルロット。キラーハニービーのハチミツは本来貴族でも喉から手が出る程欲しい希少品だ。賞味期限の都合もあるし、ティヴィルの街やその周辺ではそれなりに出回っているけど、さすがに帝国までは来ていない。荷馬車でガタガタ運んでいては食べられなくなっちゃうだろうしね。
「姫様、ウチの近所にはスイーツショップっていうもーっと美味しいお店があるんだよ? 今度来てね」
「うん!」
私はホットケーキを頬張る姫様の頭を撫でた。
陛下はホットケーキを焼いてもらったのか戻ってきておかわりを食べ始めた。
「これもスイーツショップにあるのか?」
「いえ、これは確か出してないです。今回は突発的に作るおやつでしたからね。スイーツショップではもっと手の込んだ物を出してますよ」
君たちは生クリームを知らない。そしてリリがいないと作れないアイスも知らない。所詮帝国はスイーツ後進国よ!
「そうか。これも十分すぎるほど美味いんだがなぁ」
料理人が「お待たせしました」と更にホットケーキを持ってきた。この人まだ食べるんだ……。まぁ筋肉凄いししょうがないか。
新しく持ってこられたホットケーキを食べるのかと思ったら、陛下は上着の内ポケットから小さな革でできた袋を取り出した。手のひらサイズの袋の口を広げると、ホットケーキをお皿ごと袋に入れた。入れた、というよりは吸い込まれていったという方が正確かもしれない。
「……それ、魔法袋って奴ですか?」
「ああ。これは簡易式の魔法袋だがな。袋も小さいが容量も小さい」
初めて見た。モンテルジナ意外にもあるんだね。いやまぁ普通に考えればそうか……。
「帝国でも王家が管理してるんですか?」
「そうだな。一般に出回れば混乱を招くからどこの国でもそうだぞ。単純所持を禁止している危険物や、持ち込みが禁じられている物でもなんでも簡単に持ち運べてしまう。盗みにも使えるだろう。不作だと偽って食料を溜め込み、税を納めぬ奴らも出てくるだろう。これはそれだけ危険な代物だ。だから各国作ったとしても厳重に管理し、どの国が誰に渡しているかも公表されている。もっとも、全ての国がしっかり報告しているとは限らんがな」
陛下はホットケーキを食べながら肩を竦めてそう言った。私がイメージしていたよりも、遥かにヤバい代物だったんだね。そりゃ王妃様も欲しかったら功績をあげてと言うわけだ。何の功績もなしに、急に平民にあげましたとか公表しようものなら国内の貴族も、他国の人も納得はしないだろう。
「欲しいならやろうか? この小さいヤツだが」
陛下は机の上に置いた
「…………大丈夫なんですか?」
「ハイデマリーの騎士になるなら構わん」
「ですからそれは無理ですよ。私モンテルジナの王都近郊に住んでますからね」
サカモトも一緒に住める大きな家を作ったというのに、帝国に引越すなんてできない。
あ、でもいい事考えた。
「これならどうでしょう。姫様がモンテルジナに住めばいいんですよ」
「私が引越すの? 楽しそう!」
「ならん」
姫様は声を弾ませて、ニンマリとした。一方陛下はムスッとしている。
「そうでしょうね。私も同じです。引っ越せませんよ」
作ったばかりのお家もそうだし、引越すとしたらエマちゃんは一緒に来てくれるかもしれないけど、他のお貴族様組は無理だろう。それに招き入れたゴーレム達だっている。連れて来て住んでもいいよと言いながら、私が去ってたら世話ない。
私は使い終わったお皿を片付ける為に立ち上がりながら、冗談めかして続ける。
「なんなら陛下と姫様二人で来ますか? モンテルジナ」
「………………ありだな」
「へ、陛下!?」
コリーナさん大慌てだね。




