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受難と奮闘の魔法使い【書籍化】  作者: 葛餅もち乃
番外編

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『最後の学祭!(下)』✦マリエラ・ヴァン視点(四年後期)

 リズベット様が書き上げてくださった脚本をクラスの皆で読み、配役はすんなりと決まった。流石に殿下の名前を呼ぶのは躊躇われたのか、主役の二人は元ネタどおりローナとジュリオという役名であるが、他の演者は本名でいくことになっている。


「ちょ、リズベット嬢、あのね……」

「なんでしょうかヴァン様。どこか問題でも?」

「問題ってゆーかこれ、これさぁ……!」

 台本を手にしたヴァンがリズベット様にやんわりつっかかっていた。そんなに問題なシーンがあるようにも思えないのだがどうしたのだろう。

「ヴァン?」

 そっと二人の間に立つと、ヴァンは焦りを滲ませた困り顔で、リズベット様は清々しい笑顔で私を見た。


「へんなところあった? 私は良いハッピーエンドだと思ったけど」

「いや、いいと思うよ? けどね……。マリエラは、分かんないか」

 今回は露出も首輪もキスシーンっぽいところもなかったのである。本来ならここは濡れ場なのに! とか言うリズベット様の声も出ないだろう。

「ほらヴァン様。マリエラ様は問題ないって」

「……。俺になにか恨みでも?」

「まさか! 大好物、じゃなくて応援してます!」

 ヴァンはじとっとした目でリズベット様を流し見て、ため息をついた。「まぁいいや」と疲れた声を出してフィリップ様のもとへ行く。


「大好物ってなんのことですか?」

「うふふふふふ。お二人を推してるってことです」

 合掌した指先を唇に押し当てて微笑むリズベット様は可愛かった。

 言ってることはよく分からなかったけど。



       ◯



 通常授業と学祭準備に追われ、あっという間に学祭の日を迎えた。

 今年もマガク部の出店は盛況、ヴァンの噂を聞いて保護者親族からもたくさんの課金客が来てくださった。

 今回作ってくれたヴァンの優秀作品は七色の薔薇の花束。加えてもう一つ、別の魔法陣を使って、中身が空洞の薔薇の中に金平糖のような星を五つ作り上げるという、術式途中で魔晶石を中で分離させる芸当をしてのけた。

 たぶん今年も魔晶石作りを頼まれるだろうと予期していたヴァンは、何か新しいことができないか考えてくれていたらしい。それじゃあ私がバニーガール着なくても作る予定だったじゃん! と憤慨したのは言うまでもない。

「マリエラの網タイツは想像以上だった……」

 あのときのことを思い出しているのか、見ているこちらが恥ずかしくなるほどの恍惚な顔をしないでいただきたい。通りすがりの老若男女がぎょっとしているじゃないの。



 そうして二日目。演劇の発表である。

 私たち四年A組の出番は最後、トリだった。



       ○



 ある夜、モンターギュ家のローナ(ソフィーさん)とキャピレット家のジュリオ(フィリップ様)は仮面舞踏会で偶然巡り会う。相手が誰なのか分からぬまま、その夜会で起きたトラブルを協力して解決に向かわせたことで意気投合する。驚くほどあう波長の二人には恋が芽生え――そして、互いが反目しあう家の嫡流であることを知ってしまうのだった。


「ローナ……! いけないと分かっているのに、寝ても覚めても君のことだけ考えてしまう」

「ジュリオ様! 私も……あなたのことばかり想ってしまうの。どうしてあなたはジュリオなの……」


 秘密の逢瀬を重ねる二人の愛は深まるばかり。

 ――ここまではおおよそ原作通りだが、ここからは違う。思い詰めた二人は兄姉に相談することにしたのだ。

 舞台下手にはフィリップ様とその兄ヴァンが、衝立の壁を挟んで上手にはソフィーさんと姉である私がいる。それぞれの家での場面、という体だ。


『兄さん、僕はもうこの気持ちをおさえられない……』

『お姉様、私、どうしてもあの方が好きなのです』

 可愛い弟妹に相談された二人はもちろん激怒する。

『あの性悪マリエラの妹だろう!? 俺が化けの皮をはがしてやる!』

『あの高慢ちきヴァンの弟なのでしょ!? 本性を晒してあげるわ!』


 私マリエラとヴァンは学生時代から反発し合っているのだった。お互い果たし状を送りつけ、とある夜に落ち合う。舞台はどこかの路地裏、お互い弟妹たちのことは内緒にしているのでこそこそ会うことにしたのだ。

『よぉマリエラ。相変わらずのご尊顔、健勝そうで残念だよ』

『お久しぶりですわヴァン。その無駄に見目良い顔、性格の悪さを隠せて良かったですわね』


 バチバチとにらみ合う私たちだったが、続く言葉はなく無言である。そしてどこかソワソワして嬉しそう。

 観客はおや? と思うはず。なんかこの二人……両片想いなのでは? みたいな。

 ここでガラの悪い酔っ払いが通りかかり、私にちょっかいをかけようとする。


『いいじゃん姉ちゃん、ちょっとぐらい』

『やめてください! さもなくば――』

 私が魔法を発動するよりも前に、バチバチバチィッと周囲に細い雷がいくらか落ちた。いつの間にかヴァンに体を引き寄せられている。

『彼女に触るな、下衆が。――マリエラ、大丈夫?』

『えと、はい、大丈夫、ですわ……』

『ああ、うん。なら良かった……』


 少し身を離して向き合い、じれったい沈黙が落ちる。

 リズベット様には「もうお前ら付き合えよ! っていう悶々とした雰囲気を出してくださいね!」と言われている部分である。上手にできているだろうか。


『……あの、ヴァン。今夜は妹たちの話をしようと思っていたの』

『俺もだよ』


 本当はあの二人の恋を成就してあげたい、ぶっちゃけ家同士の確執なんてもう馬鹿らしい、など本音をぶつけあって、私とヴァンは協力体制を敷くことになった。

 私たちは原作の悲劇を回避するための配役である。

 主人公二人が逢瀬できるよう手伝い、家門内部から変えられないか模索しつつ、時折二人で作戦会議を開く。場所は舞踏会中の裏庭だったり大衆居酒屋であったり様々だ。


『よぉにいちゃん。別嬪さんの彼女連れて羨ましいねぇ』

 酒屋の店主がヴァンをからかう。彼女なんかじゃないとマリエラが抗議する前にヴァンが『いいでしょ』と軽くあしらい、絶句する。

『ひ、否定しないの』

『……べつに。マリエラに悪い虫がつかないならちょうどいいじゃん』

『そ、そう』

 少しぎくしゃくしながら二人がお酒を乾杯すると、舞台の照明が落ちる。その間にマリエラたちは舞台袖にはけた。



「うーん! ラブコメパート良い感じですマリエラ様! ヴァン様ももちろん! 後半もこの調子でお願いしますよ!」

 リズベット様が目をキラキラさせて褒めてくれた。

 主人公のソフィーさんフィリップ様パートは切なさと純愛路線、私とヴァンのパートはラブコメ路線なのだそうだ。私たちがラブコメ……できますか? と訊ねたときはその場にいたクラスメイト全員から「できるに決まってる」と太鼓判を押された。何故そんな自信満々に言えるのだろうかと謎だった。



 後半は見せ場のひとつ、戦闘シーンがある。両家の力を削ぎたい富豪のオースティンにはめられ、モンターギュ家とキャピレット家の者たちが決闘を行い、乱戦になる。王宮の訓練にも参加しているロイとダニエルの白熱したバトルシーンだ。死人が出そうなところを、戦闘魔法に特化したソフィーさんと、ここでも天才魔法使い設定のヴァンが止める。フィリップ様と私も皆をなんとか鎮めるのだが、せっかく改善に向かっていた両家の空気が悪くなる。

 そこで四人は、ソフィーさんとフィリップ様の心中事件を起こすことにした。家門に引き裂かれた若く優秀な二人の死……を偽装して、とりあえず二人には駆け落ちしてもらい、おそらく内省するだろう間に両家の関係を強引に修復させるのである。


『ローナ! 私の大好きな妹……! どうして、どうしてこんなことに……っ』

『ジュリオ……ッ! こんなことなら、家門一同二人を認めて見守っているべきだった……!』


 死んだ(ように見える)弟妹を抱きしめる私とヴァン。二人の交際を認めていた私たちだけで葬儀を行うと言って皆を追い出し、町外れの教会に移動する。そこで二人は薬による仮死状態から醒めるのだ。


『ここの地下通路から逃げなさい。あらかた落ち着いたら戻ってくるといいわ。あとのことは私たちに任せて』

『そのときは大々的に結婚式をあげてやろうぜ。それじゃ……行ってこい!』


 私たちに送り出されたソフィーさんたちは下手へ退場する。そして私とヴァンは一仕事終わったと互いを見つめ合った。

 それじゃ、後始末頑張りましょ――と互いに握手して、私たちの出番は終わる。

 はずなのに。


『結婚しよう、マリエラ』

『はぁ!?』


 台本にないことをヴァンが言い出した。


『根回しはもう済んでる。ジュリオみたいなヘマを俺がやらかすと思う?』

『いやいやいやだからって何で私たちが結婚するの!?』


 てゆかヴァンあなた何言ってんの!? ちらりと舞台袖に目を向けたが、そこではクラスメイトたちがニコニコニヤニヤして私たちを見守っていた。どういうこと?


『マリエラって俺のこと好きでしょ。俺もマリエラが好き』

『えっ、いや……えっ!?』

『俺たちが結婚できないなら国を出るって脅してる。ほら、家門的にも国的にも、俺ほどの人材流出させんのは惜しいだろ?』

『それはそうでしょうね』

『俺でもジュリオでも、どっちかがモンターギュ家に婿入りしたらいいじゃん。あの子たちが帰ってきたら相談しよ。でも今は、とりあえずマリエラの言質を取っときたい。でないと家門のためっつって誰かと婚約しかねないし、アンタ』


 ヴァンが私の手をすくい上げ、甲に唇を寄せる。

『俺たちが結婚した方が、大好きな妹のためにもお得だと思うけど?』

 私たち二人にスポットライトが当てられ、舞台全体の照明が暗くなっていく。舞台袖のクラスメイトたちは楽しそうだ。謀ったな!


『ねぇマリエラ、俺のこと好き?』

 ヴァンが私の頬に手を添えた。甘い囁き声は拡声魔法で客席全てに聞こえているはずだ。


『好きって言って』


 少しかすれた声に蕩けた懇願。最早腰が砕けそうである。舞台上だからこそ何とかしゃんと立っているが、本当ならもうヴァンに縋り付きたい。客席からも声にならない悲鳴が聞こえている気さえする。


『す、好き……』


 何とか絞り出して言うとヴァンはうっそりと微笑んだ。頬に添えた手で客席から私の顔を隠しつつ、ゆっくりと距離が縮まっていく。このままじゃ舞台上でキスしてしまう。えと、本気? でも拒む気力なんてない。どこの淫魔だこの男。もう今すぐキスして欲しい。

 目を閉じる寸前、スポットライトの明かりが落ちた。

 そっと触れて押し当てるように唇が重なる。

 ぎゅっと腰を抱き寄せられ、魔法による浮遊感を感じた。




「すっっっっっっごく良かったですヴァン様マリエラ様!」

 ヴァンの魔法により舞台上から待機室に転移した私たちは、それからちょーっとだけキスを続けて舞台袖に戻ってきた。大興奮したリズベット様の大賛辞で迎えられる。クラスメイトたちの顔も心なしか若干赤い。


「それより聞いてないですよあんな台本! 私にだけ秘密にしていたのですか!? それともヴァンのアドリブですか?」

「マリエラ様にだけ秘密です。ヴァン様には『ここでプロポーズしてください』とだけお願いしました。だからまぁ、ほかはアドリブですよ。凄かったですね色気……」

「台詞は、アドリブ……」

 ちらり、とヴァンを見ると何でも無いようなお澄まし顔をしている。

「流石ヴァン様です。最初は嫌がってたけれど演技もすごくお上手です。見ちゃいけないもの見てる気持ちになりました」


 そう言って舞台袖最前線に戻っていくリズベット様を見送る。

 真横にいるヴァンが背中を丸めるようにして私の耳元に囁いた。

「だって演技じゃないからね」

 ぶわっと体中に熱がともる。振り向けばヴァンは得意げに笑っていた。なんだか悔しくなったので横腹を肘でつついた。

 舞台はソフィーさんとフィリップ様のラストシーンだ。


『兄さんたちに頑張ってもらってる間、ちょっと長い新婚旅行に行かない? 実は投資で一山当ててさ、軍資金は十分あるんだよね』

『いいですね! 手土産にたくさんコネクション持って帰りましょう!』

『その頃にはあの二人もちゃんとくっついてるだろうし……ほんと手間がかかるよ』

『ふふふ。帰ってきたら合同結婚式を挙げてもいいですね』

『ローナ……これからもずっと、末永く、よろしくお願いします』

『こちらこそですジュリオ様。共に頑張りましょうね。大好きです!』


 そんな、明るい未来を予感する終わりで幕が下りる。

 これからこの国の先頭に立つ二人が手を取り合い、歩いて行く。

 舞台は大成功で、私たちは演劇部門最優秀賞を獲った。



       ●



「うぇ、母さん!?」

「見ましたよ、演劇。とても良かったですね」

 舞台が終わった後の控え室。親類が顔を出しに来るのはよくあることだが、まさか俺の母さんが来るとは思ってなかった。

「あのミステリアスな美女がヴァンのお母上!?」

「ちょっ、出よう」


 頬を染めて興奮気味のオースティンは無視し、母さんを連れて廊下を出る。今は女子が先に着替えているので、俺はまだ衣装のままである。


「フィリップ殿下が教えてくださったの、劇に出ること。ヴァンも教えてくれたら良かったのに。恥ずかしかったの?」

「分かってんでしょ」

 母さんはくすくす笑った。

「安心しました。ヴァンが学園に行くって決まったときは、実はどうなることかと思っていたのだけど、とても楽しそう。母は嬉しいわ」

「うん」

「マリエラさんにも会いたいのだけど」

「今着替え中。それに突然はびっくりするからやめて」

「あら、そう」


 母さんは小首を傾げると、ニヤァ……と笑みを深くした。


「ヴァン、あなた、ああいう感じで恋愛しているのね」

「……!? なにが!? あれは劇だけど!?」

「うふふふふっ、ふふふ……!」

「なに! なにその笑い!」

「いやもう、面白……嬉しくって……!」

「!」


 俺はすみやかに母さんを追い出した。

 母さんはずっと笑っていた。



       ○



 さて学祭翌日の早朝。

 彼らも俺が来ることは分かっているだろう、その扉を豪快に開ける。


「今年もおはようございまーす。調子はどう?」

「やややややっぱり来たなヴァン・ルーヴィック!」

「お前らね、去年のことは俺に感謝すべきだからね。でないと廃部だったから」

 写真部による写真闇市、準備の朝である。今年は去年より一人減って部員は七人。隣のクラスの部長が怪訝な顔をした。

「なんのことだよ」

 フィリップのことは知らない方が幸せである。俺は沈黙した。


「はい、ということで検閲しまーす」

 例によって写真の束を空中に浮かせ、マリエラとソフィーさんの危険な写真がないかチェックする。今年は露出の面では心配ないはずだ。変なアングルから撮ってさえいなければ。

 たくさんの写真を眺めて、思う。


「……今年は良い表情を撮ろうとしたの?」

「ああ、まぁ、な。去年ヴァンがやって来て、少し反省したんだ。自分たちが撮りたいものってそういうものだったのか、って」

「ふうん」

 カメラ目線のものもあれば、一瞬の輝きを切り取ったような隠し撮りもある。去年のものと比べて全体的に――


「なんか、良いんじゃない」

「ほんとか!」

 部長はじめ部員七名が表情を綻ばす。

 写真も問題なかった。隠し撮りはまぁ……グレーだがもう伝統ということで目を瞑ってもらうしかない。


「それとヴァン、これ渡そうと思って」

 部長が裏に伏せて渡してきた写真を表に返す。そこには演劇のラストシーン、俺がマリエラにプロポーズを迫っている場面だった。

「なんかこれ……これは表に出せないなって……。ヴァン、お前すごいな……男の自分でも正直落ちそう……」

 マリエラに迫ってるとき、俺ってこんな顔してんのか……。恥ずかしいを通り越して呆然とする。

部長からはどう見えてるのか分からないが、ただただマリエラに逆上せ上がってるだけじゃん……。

 ……でも蕩けてるマリエラ可愛いな。


「ありがと部長。それとなに、試してほしいわけ?」

「冗談でもやめてくれ!」

 さっとカメラを構えた下級生を制し、部長は叫んだ。


観覧生徒1「あの二人何やらされてんだ……」

観覧生徒2「あの二人何やってんだ……」

観覧生徒3「リア充爆発しろォオ!」

観覧生徒4「あqwせdrftgyふじこlp」


~ベリア・スコット子爵令嬢の呟き~

「マリエラ様とヴァン様と同じクラスになれて、想像以上に毎日がとても楽しい!!!」


演劇の描写を、三人称にするか、モブ観客一人称にするか迷ったのですが、そのままマリエラ視点で書きました。なので読みにくかったかもしれません…


『好きって言って』のシーン、筆者のわたくし、漫画でとても見たいと思いました。

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