『最後の学祭!(上)』✦マリエラ視点(四年後期)
四年生の七月。最終学期の始まりであり、最後の学祭の準備が始まるときである。
私たちA組の出し物は――
「はいッ! やっぱりここは演劇かと! だってこんなにメンツが揃ってるんですよ!」
「去年最優秀賞を獲った主要メンバーも勢揃い! リズベット様、脚本書いてくださいますよね」
「ええもちろん」
ということで、ものの一分で演劇に決まっていた。いいのだろうか。
リズベット様は両肘を机に突いて指を組み、それを口元に押し当てて真剣な顔をし始めた。もうすでに脚本家モードである。
「はい。では劇の内容をざっくり決めたいと思いまーす」
そう言った委員長は、ちらりとフィリップ様の方を見た。クラスメイトたちも同様に見、そのあとソフィーさんの方を窺う。
誰かがゴクリと唾を飲んで小さく呟いた。
「殿下が劇に出ていただくことって……可能なんですかね」
「え、僕? 出ていいの?」
フィリップ様は意外そうにして、軽い感じで了承した。
い、いいんだぁ……という安堵と驚きが教室中に広がる。
「じゃ、じゃあ、ソフィーさんと主役で、恋愛もの……とか見たいなぁ」
おそるおそる口に出したクラスメイトの言葉に、「わぁ」と嬉しそうな声をあげたのはフィリップ様で、「……エッ」と素っ頓狂な声を出したのはソフィーさんである。
むしろやりたいんですね殿下。
「二人が主役ってことは、マリエラ様とヴァンも出なきゃだよなぁ」
ニカッと笑いながらダニエルさんが言うと、「そのとおり!」とクラスメイトたちが追従した。
「待て待て待て」
「私は去年出ましたよ!?」
ヴァンも私も出演する気はなかったので慌てた。隣の席のソフィーさんが私の腕をひっぱり、うるうるした瞳で見上げてくる。口には出さない可愛らしい懇願に怯む。
「うぅっ……」
「マリエラはソフィーさんに弱すぎる!」
前の席に座るヴァンが手を伸ばし、私の両目を覆った。これ以上ソフィーさんと見つめ合っていたら頷いているからだ。
「あはは。お二人とも諦めては?」
ロイ様がそう言うと、フィリップ様がにっこりした。「せっかくだから皆で出ようよ」はい決定です。
「みみみ皆さんはそれでいいのですか!?」
「んふふっマリエラ様なんかそれ去年も聞いた気がしますー」「もちろん万々歳ですよ」「今から楽しみっす!」
本当に!? とクラスメイトを見回しているうちに、すでに黒板には委員長によって名前が書かれていた。もちろんヴァンもである。
「どういう演目したいかありますかー?」と委員長が聞くと、どんどん希望が出る。
「切ないけど甘いラブロマンスがみたい」「でもやっぱバトルシーン欲しいよな。見栄えもいいし、せっかくダニエルがいるんだから」「え、おれも出るの」「平民に身をやつした殿下とか」「ラブコメ要素も欲しいなー」「女の子の衣装は可愛いのがいい!」などなど。
大方意見が出そろったところで、静かに集中していたリズベット様が顔をあげた。
「ローナとジュリオの古典文学をハッピーエンドにアレンジしようと思う……どうかしら、皆」
『ローナとジュリオ』は有名な古典文学である。王国で権力を持つ氏族、モンターギュ家とキャピレット家は古くから反目しあっていた。歴史を遡れば戦を起こしたこともあるほど、両家の諍いは絶えない。そんななか、敵対する両家の直系であるローナとジュリオが偶然恋に落ちる。愛を確かめ合う二人は駆け落ちを企むのだが失敗、最後は勘違いで二人とも自殺するという悲恋ものである。
「有名なあれ? ハッピーエンドは見てみたいね」とフィリップ様。
「リズベット様のアレンジは去年も最高でしたもの。特に魔王のキャラと恋がもう面白くて」
ベリア様がそう言い、クラスメイトたちがヴァンの方を見た。「おいやめろ」とヴァンがドスの効いた声で言うとさっと顔を背ける。
「ではリズベット様の脚本が書き上がってから詳細決める感じでいいかしらー?」
はーいと皆声を揃えて返事をし、初回ホームルームは終わった。
「楽しみだね」
おっとり言うフィリップ様は本当に楽しそうだが、ソフィーさんは「ででで殿下とラブロマンス演劇……」と身悶えているし、ヴァンは顔をしかめている。
「マリエラ様はどんな役柄になるだろーね」
暢気に言うオースティン様も劇に出たらいいのに。
でも今年は『ローナとジュリオ』なので、どこまで露出させていいですかとか、首輪着けさせてくださいとかは言われないはずだ。
○
放課後、実践授業の片付けが長引いて向かったマガク部の部室では、ヴァンとオースティン様が二人でカタログらしき冊子を眺めていた。四年生の今では、部員でもないヴァンが部室にいることもすっかり見慣れた光景となっている。
「オレはこういうのもいいかなと思うんだよね」
「……ふぅん。確かにいいんじゃない」
「でしょお?! じゃあこれとこれと……これでいいですかヴァン殿」
「いーよ。契約成立」
オースティン様がさらさらとメモ書きして、二人は握手した。
「場所なんだけど、部室貸し切りにしようか?」
「いや、それは大丈夫」
ニコ……とヴァンが微笑むと、オースティン様が「へぇぇ」と目を細める。次いで私を生ぬるい目で見てくるので、なんだかよくない予感がした。
――結果。それは大正解だった。
数日後、高級ドレスが入っているような大きな箱をオースティン様から渡された。似たような重みがあり、赤色のリボンがかけられている。
「はいマリエラ様。これ持ってヴァン殿のご機嫌取り、よろしくお願いします」
「どういうことですか!?」
「学祭で出店するでしょ? 今年もヴァン殿に釣り魔晶石……優秀作品を作っていただくための、交換条件となります」
「いつ私が了承しましたか!?」
「了承してませんね。でもお願いします! それにマリエラ様も楽しいから! たぶん!」
「はぁぁあ!?」
ついには私の許可すら取らなくなっている! 流石に怒ろうかと気合いを入れると、コンコンと扉を叩く音がした。いつの間にか、部室の扉にもたれかかったヴァンがそこにいる。
「マリエラ、行こ」
そう言いながら手首を掴んで引っ張られる。持っていた箱は取り上げられ、ヴァンの手前に魔法でぷかぷか浮いていた。
「オースティン様、覚えてなさい!」
「あははー……流石に怒らせちゃったかなぁ。ごめんマリエラ様」
引き攣った笑みを浮かべるオースティン様に手を振られ、連れて行かれたのは最早ヴァンの私室、ダイヤの部屋だ。いつもと違うことが一つ、ベッドに藍色の天蓋がかけられている。
ヴァンは箱をベッドにおろし、嬉しそうな笑みを浮かべて私の頬を撫でた。
「その箱に服が入ってるから着て見せてよ。マリエラのファッションショーが今回のおもてなしです」
「……ヴァンが選んだの?」
「うん。お願い」
「……」
……だったら別にいいかなぁ。
と思ってしまった時点でもう乗り気なのは否めない。ベッド上の天蓋の中に隠れ、箱を開けてみる。薄紫色の綺麗なタイトドレスが入っていた。厚めでさらりとした極上の生地で、詰め襟のようなマンダリンカラー、袖は肩が隠れるくらいの短いもので、丈はすね辺りまである。着てみると太腿部分から大胆なスリットが入っていた。動きやすくはなるが少し官能的、そして上品なドレスだ。
実はもっと変な……ちょっとエッチな服を着せられるのかと身構えていたのが恥ずかしい。天蓋の下をそろりと抜け出してヴァンに披露する。
「どうでしょうか」
「……!」
無言で目を輝かせたヴァンに、構えたカメラでパシャパシャ撮られた。
「えっ! 写真を撮られるとは聞いてません!」
「……可愛いから残したい」
「か、」
可愛い? 今この人可愛いって言った? からかいの色もなく、普通に!
「ヴァン、いま私のこと可愛いって」
「いや。……マリエラは、いつだって可愛い、けど」
ヴァンはカメラを一旦おろし、視線を斜めにそらしてから私を真っ直ぐ見て言った。不意打ちで素直に言うのはやめてほしい。自分でも分かるくらい顔に熱が集まっていく。きっと面白いくらい真っ赤っかだ。目を合わせていられなくて両手で顔を覆う。ヴァンが近づいてくる気配がする。
「ね、顔見せてよ」
両手首をそっと掴まれて、顔から外された。見上げたヴァンは優しくふんわり微笑んでいる。
「なに、可愛いんだけど」
「だって」
普段の学園生活からは想像もつかないようなトロリとした笑みを浮かべ、ヴァンが私の頬に右手を添える。見つめていられないほどの色気に目を瞑った。瞼に口づけが落ちてきて、続いて唇を塞がれる。優しく食まれながらヴァンの左手が後頭部に回り、口づけが深くなっていく。ヴァンの舌が侵入してきて絡め取られ、ヴァンの背中に手を伸ばして縋り付いた。ヴァンの右手が腰に移動し、ぐっと引き寄せられる。
「――ふっ、ん」
口内をまさぐられ、舌を擦りあせているだけなのに、どうしてこんなに気持ちがいいのだろう。呼吸の仕方も忘れそうになる。あむあむと角度を変えて食まれるのも、本当に食べられているような気分になる。
それと気になるのは……ヴァンのキスがどんどん上達している気が、する。
思い返せば最初のときも気持ちよかった、けど、最近はもう腰が砕けそうになる。何この人。こういう方面でも才能発揮してくれなくていいんだけど。
「なんか違うこと考えてない?」
唇を離したヴァンが額をくっつけて言った。
「……ヴァンさぁ、キスうまくなったよね」
ぱちぱちと目を瞬かせてヴァンは笑った。ちゅっと音を立てて軽いキスをされる。
「お褒めいただきありがとう。まだまだ若輩なので訓練中です」
「もう十分だと思うけどなぁ……」
「十分気持ちいいって?」と、言いながら下唇を食んでくるので軽く頭突きをした。
「あは。じゃあ、名残惜しいけど二つ目の服も着替えて見せてよ」
「まだあるの?」
ドレスが入っていた箱の中は上等な白い紙で敷き詰められていたが、めくってみると下段があった。ひどく繊細な黒のレース……の布きれ。手触りで上質なものだと分かる。掴み上げるとキャミソールの形をしている。しかし向こう側がよく見えるほど透けている。揃いの紐切れみたいなショーツもあった。しかもこれ、大事な部分が開いてないか。着たまま繋がれるとかそういう……そういう意図しかないような……。
「こんなの無理です!」
「ええー? マリエラ絶対似合うと思うんだけどなぁ。すっっっっっごく見てみたいんだけど」
「これはっ……結婚した男女が着るようなものじゃない……っ!」
初夜とか結婚生活のスパイスとか、そういうやつだ。
「――ふうん。結婚してたらアリなんだ」
ヴァンの低い呟きに、あれっ? と一瞬思ったのだが、「じゃあその下にあるやつは着てくれる?」というヴァンの台詞で霧散した。まだあるのか……と紙をめくってみる。
黒のハイレグ水着に網タイツ、大きなウサギ耳カチューシャ。これは知っている……バニーガールとかいう、カジノのショー衣装である。手に取ると水着のように見えて布地は高級、ボーンが入っているしっかりした仕立てであった。
「って、無理よ! どうして着なきゃいけないの!」
「えっ……無理? だめ? どうしても?」
「どっ、どうしても!」
「えっちな下着は着なくていいし、写真も撮らないから」
「それなら――って、どうしてヴァンが下手に出てやってる風なの」
「チッ」
「あっ! 舌打ちした! さてはこのえっちな下着はコレを着させるための伏線だったのね!?」
「ううん。あわよくば着てくれないかなぁと思ってた」
「あっそう……」
マジだったのか。
素直に認めるので毒気を抜かれていると、ヴァンがベッドの上に乗り上げてきた。正座して箱の中身を取り出していた私をいとも簡単に押し倒す。ぽすんと間抜けな音がして、両手を絡め取られてシーツに縫い付けられた。
「どうしても駄目?」
小首を傾げて聞いてくるヴァンは、ちゅっと耳元にキスを落とした。マンダリンカラーの襟元が広げられ、首元が晒される。魔法を使ったのだ。
「俺、すっごく見たい」
ちゅ、ちゅ、ちゅと首筋にキスが落ち、ツ――っと静かに舐め上げられた。「ひぁっ」鎖骨に吸い付かれ、舌がくすぐるように動く。
「ね、マリエラ。お願い」
じゅう、と吸われる感覚が熱くなった。痕を付けられてしまう!
「わわわ分かりました着ればいいんでしょ着ればぁ!」
「やった♪」
ほんっとマリエラってちょろいよねぇ――
そんなことを思っているのがバレバレなヴァンの、してやったり顔を睨みつける。
「そういうとこも好き」
「!」
耳元で囁いたヴァンは逃げるようにベッド上から退散して天蓋のカーテンを閉めた。
――今日はリップサービス大盛りなんじゃない。そんなにこれが見たいのか。
どきどきしながらバニーガールを着て見せると、ヴァンは歓喜に震えていた(たぶん)ので、そんなに喜んでくれるのなら着て良かったかもとこっそり思うのであった。
オースティンが薦めたのはチャイナドレスです☆




