『王宮は年中恋人探し中』✦ヴァン・オースティン視点(四年前期)
災厄バトル後、41~42話の間です。
災厄は去った。もうあの声も聞こえない。全身が鉛のように重く、今はアドレナリンが出ているから平気なのだろうが体はズタボロである。でもマリエラを摂取できたおかげで気力はフル元気。病は気からって言うじゃん。だからいける。いけるったらいける。
災厄と戦った俺たち七人は王宮に連れて行かれることになり、ジジイや王宮魔法士たちの力で大型魔法陣を発動した。
王宮に着くとまず、災厄に取り憑かれた俺は個別に連行された。王宮の第二区画、特等級魔法使いが使う研究室に連れ戻され、出迎えてくれたのはもう一人の特等級魔法使いルワンダさんだった。藍色の髪をシニヨンにまとめた、気の強そうな女人である。見た目は四十歳くらいだが、実年齢は六十代。ありあまる魔力を独自の魔法で若返りに使っている。
「ヴァン! 無事で良かった! あんたが災厄に取り憑かれたんだって? この国終わらなくてほんと良かったよ」
「あー……ルワンダさん、どうも」
「どれ、ちゃんと見せなさい」
俺より背の低いルワンダさんに両頬を包まれ、目を覗き込まれた。
デイルのジジイには反抗心が湧き上がるのだが、ルワンダさんに対しては全くない。幼い頃から厳しくも優しい人で、清々しいほど公平。ただ、怒らせると怖い面を持つ。俺はそこまで怒らせたことはないが、ジジイがやらかしていたのを見たことがある。
「ああ……やっぱり、だいぶキテるね。魔力の核にヒビが入ってる。相当無茶したんだろ」
「まぁ、無茶しないといけなかったんで」
「よくやった。流石、私たちのヴァン坊」
「そろそろ坊って呼ぶのやめてくれませんか……」
「はは。外の世界で、あんたを子ども扱いするのなんて私たちくらいしかいないだろ?」
「うーん、最近はそうでもないような」
学園の教師陣はたまにウザくて生暖かい視線を寄越してくるし、同級生も微笑ましい目で見てくるときがある。何が言いたいんだろうな?
それらを思い出して微妙な顔をすると、ルワンダさんが嬉しそうに笑った。
「良かったね。学校、楽しそうだ」
「ん。まぁ……はい、思っていたより楽しいです」
「なぁヴァン、ずっと思っとったんじゃが、儂とルワンダとで態度全然違いすぎるよな?!」
今さらなことをジジイが言うので、俺もルワンダさんも呆れた。
「むしろなんで同じでいけると思っていた?」
「私がいなかったらこの子が死んでいたかもしれないこと、何回かあったでしょうが」
ルワンダさんが低い声で言うと、ジジイは「あっ」と声に出した。忘れてたんかい。
ジジイは楽しくなってくると周りが見えなくなるタイプであり、かつ研究者としても突き詰めるタイプであり、探究心の奴隷であるため安全圏など軽く飛び越える魔法士だ。ジジイがこの年まで生きているのは奇跡だと思う。その矛先が一応弟子ということになっている俺にも向いているので、幼い頃は本当に何度か死にかけた。ルワンダさんがいなかったら死んでいたかもなぁと遠い目になる。
「それで、だ。ヴァン坊。今すぐ集中治療にかかる。私が造ったこのカプセルに入って眠ってもらうよ」
ルワンダさんは背後に鎮座する大きな繭のようなものを手の甲で叩いた。青色でつるりとした光沢を帯びたそれはポヨンと弾力のある動きを見せる。なにあれ。
「この部屋に入ったときからそんな気はしてました。でも今すぐですか?」
「そう、今すぐ」
「いやあの、ちょっとあいつらに伝言しときたいことがあるんですけど」
「んなもん後でいい。あんたね、結構状態酷いんだからね?」
ルワンダさんが両手をパンッと打つと、俺の体がふわりと浮いた。抵抗しようにも今の俺の状態で敵うわけもなく、そのままカプセルに突っ込まれる。弾力のあるそれはボヨンと俺の体を受け入れて取り込み、生暖かい海に漂っているような感覚に包まれる。続いて引きずり込まれるような睡魔に襲われ、カプセルの膜の向こうで二人が微笑んで手を振っているのを見たのが最後。
いや……待って……マリエラたちも王宮に滞在するんでしょ……
こんなとこ、年がら年中恋人だの結婚相手だの欲しくて欲しくてたまんない奴らの巣窟なんだよなぁ!!! 特に忙しい部署は出会いがここしかないから……
学園だとそういう意味でマリエラにちょっかいをかける輩なんていないけど、ここは、絶対、いる! しかもマリエラど直球にこられると対処の仕方狼狽えそうだしな~~~特に騎士団の奴らは押しが強いし。
マリエラが俺以外を見るとかは全然心配してないけど? マリエラにそういう風な虫が寄ってくんのが超絶嫌なんだよ。だから――分かってるよな? 頼むぜオースティン。
◇ ◇ ◇
「うわぁぁぁ今ゾクッってきたぁあ!」
「いきなりどうしましたオースティン様」
「いやなんかあの……突然重苦しい期待みたいな悪寒がして」
「大丈夫ですか? オースティン様はフィリップ様たちと違って武闘派じゃありませんし、そうとう無理されたのでは。改めて思うと……果敢に立ち向かわれてすごいです」
心配そうに見つめてくれるマリエラ様こそ凄いんだけどなぁ……と思いつつ、もう無理かもしれないと諦めそうな流れを変えたハプニングを思い出した。
あの状況で嘘みたいにキレイなポロリである。一瞬まるで時が止まった。
そんでさぁ……よくよく考えてみたらさぁ……マリエラ様のあのポロリがなかったら多分ヴァンは正気に戻ってない訳よ。ソフィーちゃんも謎の奮起できなかった訳よ。ということは。
世界はマリエラ様のポロリに救われた……ってコト?
「オースティン様?」
「ぇあっ!? いや、はい、褒めてくれてありがとう。オレ的はね、マリエラ様こそ凄いと思うけどね。マジで」
マリエラ様は小さく笑って「いえ私は戦いになると後方支援しかできませんので」と言う。
詠唱の長い支援系魔法を流れるように次々と重ね掛けしていくのは見事なんだけどな。ここぞというところでラッキースケベ発動して流れを変えるなんて神業なんだけどな。
王宮についてからオレたちは念入りな健康診断を受けた。今のところ全員異常なしだが、後から後遺症が出てくる場合もあるので毎日診察があると説明される。あとは自由時間で、ダニエルとロイは魔法軍で鍛錬をするそうだ。マリエラ様は魔法研究室の見学をするらしく、オレもついていくことにした。タダでそんなの見せてくれるなんてこれを逃せば二度とないだろう。
研究室はいくつかあり、そのなかでも比較的安全だという第一魔法薬研究室に案内された。治療薬の製造、研究がメインで、作った魔法薬は魔法軍や国内の医療施設に卸されている。
「よろしくお願いいたします」
「やぁ! ようこそ、アカデミーの生徒さんたち!」
研究員の人たちは快く迎え入れてくれて、王宮での仕事についての雑談を交えながら製造工程もご教授してくれた。非常に勉強になる。
男女構成比は七対三で男の方が多く、見るからにマリエラ様をキラキラした目で追っている人もいた。
美しいもんなマリエラ様。そしてMっ気な奴もSっ気の奴もそそられる何かが、彼女にはある。本人は不本意だろうが。
……あっ。
オレは唐突に理解した。さっきのゾクゾクの正体。少しだけ歩いた王宮内で、出仕している人たちからチラチラと見られた視線。
王宮にいたらマリエラ様狙われるわ。
そういや王宮って年中婚活中って聞いたことあるわ。商会でもその路線で戦略練ったこともあった。
さっきの執念に似た悪寒はヴァン、お前だろ……。
分かりました分かりましたオレ頑張ります。
「ねぇマリエラ様、そのチョーカー破損しなくてよかったね」
「はい? ええと、そうですね」
突然チョーカーの話を振ったのでマリエラ様は困惑気味だ。首元に手を当てて感触を確かめている彼女に、研究員の一人が話しかける。
「大事なものですか? 良い生地と極上の魔法石を使っていますね。純度が高い……いやこれは天然でなく封入か……アッ」
マリエラのチョーカーを覗き込んだ彼は不意に言葉を切って、同僚を手招きした。何々とやって来た二人もチョーカーを覗き込んで「……ぇ」「……ぅわ」とドン引きした様子である。
「マリエラ嬢、これは……誰かから貰ったものですか?」
深刻な顔をして研究員が訊ねる姿に、オレは目論見が予想以上に上手くいく確信を得た。でも何であんなに深刻そうな顔をしているのか、それ以上のことは考えないからなヴァン!
「ヴァンです。ヴァン・ルーヴィック……」
物々しくも感じる雰囲気にマリエラ様も動揺しているようだ。なのでオレも一言添える。
「マリエラ様の彼氏だよね」
部屋中がしぃんとした。
三拍おいてマリエラ様のご尊顔が真っ赤に染まる。そして「こんなところで言う必要が!?」と小さくオレに抗議するのだが、あるんだよな、その必要が今あるんだよな!
「アッ、あのヴァン・ルーヴィック氏ですか。なる、ほど、彼氏。ささ、流石の出来ですね。ハッハッハ」「へ、へぇー……あの天才魔法使いですかぁ」「それ、手作りの魔法具かもしれませんねぇー……」
マリエラの傍に寄っていた研究員たちが、小さく一歩後退した。分かる、分かるよ。
これで無事、きらきらのマリエラ様に首輪をかけた主……じゃなくて彼氏があのヴァン・ルーヴィックだと、光の速さで噂が回るだろう。
オレは一仕事終えたのである。
そうして四日目の昼、食堂にて。
ヴァンがやっと回復して、ようやくオレたちの前に姿を見せてくれた。ヴァンが結構な無茶をしていたのは分かっていたので、元気そうな様子を見てホッとした。オレたち皆、口にはあまり出さないがかなり心配していたのである。
なのにあいつ、マリエラ様以外のことには脇目も振らず、急いでやったことが公衆の面前でのキスである。牽制の他の何物でも無い。しかも甘い顔をしているわけでもなく、スンとした無表情だ。どういう感情なのそれ? マリエラ様は羞恥に頬を染めて震えている。
「オースティン、首尾は?」
お前ね、ほかに言うことがあるだろ。……とは思ったけど、治療で眠らされる直前もずっとマリエラ様の心配をしていたんだろうなぁと想像がつくと、可愛いやつめと思ってしまう。
そういえば、こうやって分かりやすくマリエラ様への執着心を見せるのは、彼女の目の前では初めてなんじゃないかと気付いた。マリエラ様も気付いたようで、さらにブワリと茹で蛸のように顔を赤くする。オロオロとまるで迷子の子どものように戸惑っているのを見ていると、この人ほんと可愛いんだよなぁ……な~んて思っちゃったのがヴァンにバレたらややこしいので無表情を貼り付ける。
ヴァンももっとそういう本性をマリエラ様に見せたらいいのに。
かっこつけだから無理か。
マリエラの一番上のお兄ちゃんは知らせを聞いて一目散に駆けつけていますが割愛~




