『三年目の学祭は!(中)』✦マリエラ・ヴァン視点(三年後期)
~この一ヶ月後、触手トラップ♢ダイヤの部屋事件が起きます~
「ああっ! これが王都国立劇場の本格演劇だったらここはベッドシーンなのにッ! ねちっこい魔王の攻めでッ、マリエラ様はなすすべもなくただ身悶えるしかないのッ」
「リズベット様? あの、大丈夫ですか脚本」
背中を丸めガリガリとペンを走らせノリノリで書いている姿には不安しか覚えない。
「分かっています……ここがクラス演劇だと……服を剥くことはできないのだと」
私は遠い目をした。なんでこう……なんでこうなんだろう。
リズベット様の情熱により脚本はすぐ書き上がり、小道具や演出の魔法陣作成、衣装、演劇練習と日々は忙しくなっていった。
「魔王の焔によりドレスが焦げ千切れている姉妹姫! マリエラ様ぁどこまで露出させていいですか!? ボロボロの服には見えそうでギリギリ見えないチラリズムがいいと思いますが!」
「露出させないでください」
どうしてこう……どうしてこう……。
「うん、素晴らしいですロイ様。あと実はこの魔王、ヴァン・ルーヴィック氏をモデルに書いたんです」
「なるほどねリズベット嬢。確かに彼が一番魔王だよね。だったらこう――」
ロイ様は魔法で髪を黒色に見せ、体の重心を少し斜めして立つ。口元はニヒルに笑んで、全身で分かりやすく斜に構えた。
「フッ……下等な人間どもが。……こんなかんじ?」
「そうですそうです全方向小馬鹿にした感じ!」
「怒られますわよ」
ロイ様とリズベット様はキャッキャとヴァンのモノマネで楽しんでいる。
そんなこんなで学祭準備期間は過ぎていった。
◇ ◇ ◇
あのときのマリエラ可愛かったよなぁ~~~なんでカメラ持っていかなかったんだろ言っとけよなオースティンばかやろう。メイド服だけどメイド服じゃない、マリエラが普段なら絶対に着ることはないだろう純黒一色のフリフリした服装。フリフリしているけど幼稚じゃなくて気品があり、マリエラによく似合っていた。ツインテールも可愛かった。
フィリップもソフィーさんの格好をいたくお気に召して、今度二人きりのときに着て貰う約束をしている。言質を取るのが早すぎる。あのあとオースティンに言って服一式買い取ってたからな……俺も勧められたから買ってしまったけど……マリエラが着てくれるはずもない。そもそもどうやって着させる、どうして着させる。なんで買った、俺。
でも着てもらうんならハイソックスじゃなくてガーターベルト付きのニーハイソックスにしてもらおう。ぱっと見は薄いタイツにしか見えないけど、ドレスを剥いたら黒いレースの下着とガーターベルトに包まれたマリエラ……やばいやばいやばい似合う似合う似合う恥ずかしそうに睨んでくるんだろありがとう! ……じゃなくて。
てゆかマリエラ絶対俺のこと好きだろ。この前の発言でちょっとは自覚しただろ。悪魔にやられた背中の傷、俺が気にしないんだったら別にいいって、口から出てたよな? ってことはそういうことだろ?
……いや、自覚の有る無しはもうどうでもいい。世間で流行のわからセ……? とかいうやつで、全部全部思い知ってもらってもいいんじゃね? でないともう埒があかない気がするが?
しないけど。
「ヴァン?」
「なに?」
マリエラが一瞬意識を飛ばしていた俺を心配そうに見上げている。こんなこと考えてるなんて思いもしてないだろうな。もちろん現実のマリエラはメイド服など着ておらず、制服の上にマガク部のカーディガンを羽織っている格好だ。フード付きで色みはワインレッド、左胸のあたりに『マガク部!』と刺繍が入っている。去年は着ていなかったので、あの売上で購入したかもしれない。このフードに猫耳を付けてみたらどうだろうか……絶対いいと思うんだけど。
「大丈夫? あのこれ、今年の魔法陣」
「ああ、うん。おっけー」
学祭初日、開始して三十分後の今。マガク部が主催する『魔晶石つくりませんか? ~今年もあなたに思い出を~』の空き教室には少数の一般客と二十人程の生徒がいた。開始して早々なのにこの生徒数は結構多い。各クラスや部活の持ち場だってあるだろうに、この生徒たちはダッシュして来たと思われる。俺が実演するとどこかで聞いたからだろう。
魔法陣は三種類。どれでも良いが、一番単純なものにする。
「――うん。ペンかしてくれる?」
マリエラがさっと差し出してくれたペンを借り、魔法陣に書き込んでいく。マリエラが横から覗き込んできて、興味深そうに瞳が輝いていた。
魔晶石作りに関してはそもそもフェアじゃない。俺は国で二本指に入っていたジジイから教えを受けていたのだ。魔晶石は安価な素材で作れるので、課題にもってこいだった。作成の基本はシンプルなので応用が多種多様にきく。だから何度も何度も作らされてきた。
「今年は繊細さと質で勝負」
魔法陣に魔力を流し込む。魔法紙が震え、ビーカーの中の液体が渦巻いていき、次第に空中へと螺旋を描いていく。その中心からピキピキ……と硬質な音を立てながら一本の薔薇が現れ始める。
深緑色の細い茎に、薄い葉がつき、二十センチほど伸びると薔薇のがく、そして花びらが咲いていく。花は紫色から乳白色に変わっていくバイカラー。ごくごく薄い花弁は二十枚以上の八重咲きだ。
細く薄いだけでは駄目だ。強度があり、硬く、かつ割れないしなやかな粘り強さがいる。
俺は注ぎ込む魔力をもう一段上げた。バチバチと魔力の粒子がいくつか飛ぶ。
パキパキッと冷涼で打ち抜くような音が部屋中に響き、一本薔薇の魔晶石は完成した。
ビーカーの中へ落ちる前に右手で掴む。うん、まぁまぁ良い出来じゃない?
「はいマリエラ。どーぞ」
「あ、ありがとう……」
マリエラは大事そうに受け取り、ほわっと感動したような表情で魔晶石を見つめた。「すごい……」と呟いている。こんなんでよければいくらでも作るんだけどな。魔力なんて有り余ってるし。
「はい魔法陣。一緒に置いてていいよ」
「えっ、いいの!?」
俺が書き込んだ魔法陣を渡すと、マリエラ以外の生徒も皆驚いた。
こう言うとすごく上から目線だけど、参考資料にしてくれたらいい。俺はジジイから惜しみなくしごかれ……教えてもらったから。それは全ての魔法使いの卵たちに共有されるべきだ。
「ヴァン、ありがとう。それにこの薔薇、すごく綺麗ね……持つと割れそうなのに、実際触ってみると壊れない確かさを感じる」
「どういたしまして。マリエラが可愛い格好でお願いしてくれたから応えなくちゃねー」
「またそうやって揶揄う」
いやこれは本心なんだけど。
これでも頑張って言ってみたんだけど!
あのとき内心テンパってああ言っちゃったのが悪かったけど!
「でもありがとう」
口を尖らせるのをやめ、マリエラは柔らかくにっこり笑った。なんだか前より素直になってる、ような気がする。詰まるところ可愛い。
「ん」
用意していた厚手の布の上にマリエラが魔晶石の薔薇を置き、隣に魔法陣の紙も置く。デモストレーションに作った魔晶石を文鎮にして離れると、見ていた生徒たちが群がった。マリエラは苦笑、部屋の隅に待機していたオースティンはこれからの課金の予感にニンマリしていた。
「三色展開の指示がこの図式だけ……? 変換位置指定なし?」「魔力許容量全解放してる、ウケる」「うわなにこれ、どうやったらこんな質の魔晶石になるわけ」「化け物じみた集中力よ」「細かいところは全部想像力じゃねーか……」「そもそもこれにどんだけ魔力詰め込むの……?」
なんだか盛り上がってるようだが、習うより慣れろである。ジジイがいつも言ってた。
……俺がどれだけやらされたか。
「お兄ちゃんすごい!」
八歳くらいの女の子がわくわくした瞳で俺を見上げていた。「ありがと」
「わたしもお兄ちゃんみたいなの、作れる?」
希望に満ちた問いかけは、彼女の前に広がっている未来そのものだ。俺は自信を持って答える。
「たくさん頑張ったら、作れる」
頑張る! と頷く女の子に、マリエラは嬉しそうに微笑んでいる。
「そうだマリエラ。マガク部の店番いつまでやんの? 終わったら四人で適当にまわらない?」
「午前中で終わりよ。その後はソフィーさんとまわる予定だったから――そうね、四人でまわりましょ」
ちらり、とマリエラはソフィーさんとフィリップの方を見た。あの二人のためでしょう、と目配せしてくるので頷いた。
それもあるけど違うからな。四人でまわるって言いながら、最初っから二対二に分かれる予定だからな。
○
「それじゃ、二手に分かれるということで」
フィリップが当然の顔をして提案し、笑顔で手を振るソフィーさんを連れて行った。表向きは俺たちを二人きりにさせるため気を利かせよう、とでも言ったのだろう。並んで歩く二人の距離は、学友同士の適切な距離が保たれている。
「ヴァンはどこか行きたいところある?」
「なんか食べたいな。マリエラはない?」
「料理部がやってる猫猫レストランは行きたいの。美味しいんですって」
「んじゃまずそこ行こ」
場所は一階の空き教室。すぐ近くに調理室があり、そこから料理が運ばれるらしい。常に待ちが発生するほど毎年人気である。
「それにね、じゃん! 部員のリズベット様が優先チケットをくれたの。並ばなくても入れるから是非来てください、って」
「へぇ。そりゃ行かなきゃね」
リズベット嬢といえば、学祭準備期間が始まったあたり俺のところにやって来て「すみません。ほんの三分、観察させていただいてよろしいでしょうか。マリエラ様に関わることなので……!」とよく分からないお願いをしてきた人だ。無害っぽいのでどうぞと言ったら、本当にそうされた。「このご恩は報います……!」と握りこぶしを掲げて走り去って行ったので、面白い人だなと印象に残っている。
悪くない予感がするな。
猫猫レストラン前の廊下には待ちの十人ほどが並んでいた。なんだか申し訳ないなと思いつつ受付に優先チケットを見せると笑顔で中に案内される。俺たちは並んでいる人たちに小さく頭を下げた。怪訝そうな顔をしていたが、相手が俺とマリエラだと分かり慌てた様子で両手を交差するように振った。
室内は二人席と四人席になるように机をセッティングし、黒地に銀色の縁取りをしている重厚な布のテーブルクロスをかけている。木目の床に、アイボリー色の壁にはどこからか持ってきた絵画が多数飾られていて雰囲気がある。教卓があった部分には長椅子が置いてあり、黒板はハートや星形のバルーンが飾り付けられ、可愛くレタリングした『猫猫レストラン』をチョークで描いていた。どうやらカメラスポットらしい。
「マリエラ様とヴァン様、ようこそいらっしゃいませ! テラス席へどうぞ。断熱保温魔法をかけてあるので寒くないですよ」
教室の掃き出し窓を出ると、中庭を眺めるようにセッティングされた二人席が三つある。マントやコートがないと寒い時期だが、室内と変わらない暖かさだった。
「こちらメニュー表です」
「リズベット様、優先チケットをありがとうございます。お召し物も素敵ですね」
部員全員が着ているリズベット嬢の服は黒地の長袖ワンピースで、立ち襟のスタンドカラー部分だけは白色。襟部分を思わせる白のリボンが付いたセーラーハットをかぶっている。シックさと遊び心があり、なかなか良いと思う。マリエラも着てくれないかな。髪は三つ編みで横から垂らすのとか良いと思う。
マリエラは海老のクリームパスタを、俺はステーキを頼み、評判通り美味しい料理に舌鼓を打った。
「とても美味しかったですリズベット様。料理部の腕前は流石ですね」
「いえいえ、ありがとうございますマリエラ様。では当店名物、最後の仕上げにどうぞこちらへ」
と、とても良い笑顔でリズベット嬢が示したのはカメラスポットになっている長椅子だ。うん? と傾げるマリエラを立たせて教室に戻り、背中を押して椅子に座らせている。リズベット嬢が俺に目配せしてきたのでマリエラの隣に座った。
「写真を撮ってくださるサービスをしているのですか?」
「そうです。それで、これです!」
リズベット嬢が取り出したのは猫耳カチューシャだった。マリエラの白金色の髪と似た色の、ふわふわの猫耳がついている。
「はい?」
「猫猫レストランですから、これを付けて写真を撮ります」
リズベット嬢は自然の摂理ですがなにか? という至極当然な顔をしてマリエラに猫耳を渡した。
「えっ……エッ?」
本当ですかとマリエラは室内にいる客をぐるりと見渡した。助けてと言っているような目だった。
「そうですよね皆さん。食べ終わった皆さま、こうやって写真撮ってましたよね?」
リズベット嬢が妙に生き生きと大声で宣った。客たちはこくりと頷く。中には目線を泳がせている者もいる。
「ほ、本当でしょうか……」
マリエラは疑っている。
うん、嘘だろうな。希望制だろう。
「ま、いいんじゃない? せっかくの学祭だし」
「ですよねヴァン様。はい、こちらをどうぞ」
リズベット嬢が俺にも黒の猫耳カチューシャを押し付けてきた。
「はっ!? 俺もすんの?」
男の猫耳なんて可愛くもなにもないだろ――という俺の意見は『貴様が猫耳つけるだけでマリエラ様の猫耳が見れるんだぞ些事です』という眼光に黙殺される。まぁそのとおりだが。
俺たち二人ともカチューシャをして顔を見合わせる。俺もマリエラと同じ微妙な顔をしていることだろう。
「……変じゃないですか?」
「マリエラは似合ってるよ」
とても可愛いと思う。
「マリエラ様! ポーズはこうですよ!」
一人テンションの高いリズベット嬢が、両腕を持ち上げて手首を曲げて見せる。猫チャンのポーズであろう。
「はいっ!?」
「こうなったらやらないと終わらないよコレ」
「……ヴァンもそう思います?」
諦め半分やけくそ半分でマリエラがポーズを取った。恥ずかしいのかちょっと震えている。
「ありがとうございますマリエラ様可愛いです! さぁヴァン様もですよ!」
「えっ俺も!? 誰も得しねーよ!」
カメラを構えているリズベット嬢に思わず言い返したが、横からマリエラがキッと見上げてくる。
「ヴァン、早く!」
一刻も早く終わらせたいのだろう。さっきから店内の客にチラチラと見られているからな。
仕方ないので左腕を垂直に持ち上げ、軽く手首を曲げた。なんかこういう置物土産みたことある。
カシャッカシャッとシャッター音がして、はぁ、と思わずため息が出る。オッケーが出てすぐさまカチューシャを外した。
「十分もあれば現像できますが、待たれますか? あれでしたら今日のクラス会合時にお渡しします」
「あとでいいわリズベット様。その……ありがとう」
「いえいえ! こちらこそありがとうございました!」
この数分で疲れ切ったマリエラに対し、リズベット嬢はとてつもなく良い笑顔である。そして俺に視線を寄越し、口角を上げてニンマリ微笑んだ。
……これがお礼ってことか。
マリエラの猫耳を見たいなぁと思った矢先だったので、タイミングが良すぎて怖いくらいだが、グッジョブである。
俺はリズベット嬢に向けて神妙に頷いた。
夕方。届いた写真には、恥ずかしそうにしながらポーズを取るマリエラと、ほぼ無表情の俺がきちんと写っていた。
品質保持と保護魔法を重ねがけし、引き出しの中にある缶ケースにしまう。学校生活で撮られた写真がいくつかあるが、マリエラとの写真はほぼないことに気づいた。
……。
撮ってもいいよな?
それと、今度アルバムを買ってこよう。
可愛い がなかなか言えないヴァン氏である。
次回、学祭二日目~
おかしいな、三年の学祭一話で終わる予定だった。




