『三年目の学祭は!(上)』✦マリエラ視点(三年後期)
本編32話あたりです
三年生の七月、後期日程のはじまり。
前期に上級悪魔の一件があってから学園全体の雰囲気がピリリとしたものになっているが、それはそれとして一大イベントの準備が始まる。
学祭である。
「それでは! D組の出し物を決めたいと思います。演劇か出店か、希望言ってくださーい」
教壇に立った委員長が言うと、クラスからは「演劇がいい」という声が多かった。
三年と四年は演劇か出店の二択だ。出店は物販でも食品でもよく、学祭一日目から二日目の午前中まで。演劇は学祭二日目の午後、学生全員参加で行われる芸術発表会にて上演する。そのあと合唱部やオケ部の演奏が披露され、学祭の閉会式にて各部門の最優秀賞が発表される。そのため、演劇は各学年最低ニクラス以上出場しなければならない調整が入る。
マガク部は今年も物販をするつもりだ。去年と同じく魔晶石作りで、魔法陣と素材の種類を増やす予定である。
ただ――今年もヴァンに優秀作品を作ってもらうよう、私が頼まないといけないんだよねー……。
去年かなりの利益を上げられたのは、ひとえにヴァンのおかげだった。彼がさらさらと魔法陣を魔改造して作りだした芸術作品は、ヴァンと競い合いたい生徒(そして教師)たちから大いなる注目を浴びた。トライアンドエラー、課金に次ぐ課金である。間接的に競い合える環境が良かったらしい。
よって今年も、学祭初日すぐ、ヴァンに何かしら作ってもらうよう依頼するのを頼まれた。私が一番適任と言われればその通りなので頷くしかない。
でも素直にヴァンが頷いてくれるだろうか。つる薔薇魔晶石をあんな使い方したのに。今も大事に部室に飾ってあるけど。
「それでは演劇ってことでいいかな!?」
委員長がそうまとめてくれて、マリエラはじめクラスメイトは「はーい」と返事をした。D組はおだやかな性格の人が多く、だいたいいつもこんな感じで平和である。
「それじゃあ劇の内容だけど……役者から決めるか、脚本から決めるか、どっちがいいと思うー?」
クラス演劇の場合、舞台に立つ人を先に決めた方が盛り上がりそうだ。皆もそう思ったのか、まず役者から決めることになった。
「んじゃ、自薦他薦お構いなく出していきましょ!」と委員長が言うと、待ってましたとばかりにクラスメイトたちが声を上げる。
「マリエラ様!」「だよな!」「あとソフィーちゃんは絶対!」「そうそう!」
ちょっと待って。
「み、皆さん? 私は裏方をしたいと思っています」
そんな晴れ舞台に私なぞが立たなくても。いつの間にやら女王様として悪目立ちしているのだ、皆が出た方がいい。
「何言ってんですかマリエラ様! 裏方なんて! わたしたち宝の! 持ち腐れ!」
可愛い顔したベリア様――ベリア・スコット子爵令嬢――が、ガタンと席を立って拳を握りしめながら言った。
「そうですよマリエラ様! 演劇部門最優秀賞を取れば食堂ランチのスペシャルコースが一週間タダなんですよ!」
「マリエラ様を好き勝手に動かせる素晴らしい機会……これを逃すなんてありえませんわ、あっわたくし演出します!」
なんかおかしな台詞が混ざってなかったか。
「まー、これは断るの無理ですよマリエラ様。観念してください」
前の席にいるロイ様が振り返る。珍しくにやりと少年のように笑った。その隣のダニエルさんも頷いて私を見る。
「おれもマリエラ様を推薦しまっす!」
皆、天下のシュベルト公爵家に気を遣って言っている……わけではない?
「え、えっと」
口籠もっていると、隣にいるソフィーさんが私の右手を両手で包み込み、きらきらの上目遣いをしてきた。
「マリエラ様。一緒に劇、出ましょう?」
「ぅっ。……分かりました。出ますわ」
ワーッと、クラスから拍手が上がった。「即落ち」「マリエラ様ってばソフィーさんに弱々なんだから」「だがそこがいい」など好き勝手言っている。聞こえてるぞ。
だって! ソフィーさんのお願いって何故か断れないから……!
「マリエラ様とソフィーさんは出演決定ね。あと男子成分はいるわね。うーん、やりたい物語とかある?」
「はい! わたしはマリエラ様のラブロマンスものが見たいですっ! クラス演劇としてギリギリ演出な情事シーン、これで絶対獲れる!」
「却下ァァァア!」
思わず叫んだ。ベリア様ってば何を言っている。
「バッカ見てみたいけど、相手役誰がすんだよ。アレを敵に回すんだぞアレを」
「一時の夢を取って残りの学園生活ビクビクして過ごす……あれ? 割に合う、のか?」
「いやいやあのお方もこれがクラス演劇って分かるだろ。うん、分かるだろ……」
「なぁ、あの二人って結局どうなん? どうなってんの?」
男子たちがひそひそとざわついた。ところどころ聞き取れるが、アレって何。
不意に目があったロイ様はひどく愉しそうに笑った。
「あれはどう? 『月の女王、光の姫』童話アレンジすんの」
「あー……なるほど! マリエラ様とソフィーちゃんにちょうどいいかもしれない。ダニエルナイス!」
子どものころに読む有名な童話の一つである。人間の王宮を襲撃した魔王は美しい姉姫を攫う。かばわれた妹姫は奮起し勇者となり、仲間と共に姉を助けるため魔王城へ向かう。無事魔王を打ち破り、姉姫は女王となり、姉妹は末永く仲良く暮らす。めでたしめでたし。
「なるほど! 童話アレンジは良い案ね。問題は脚本書いてくれる人だけど――」
「ハイッ! 今のでだいたいのストーリー案浮かびました! マリエラ様へ恋慕する魔王、完全な悪ではない魔王を知り揺れるマリエラ様、派手な立ち回りするソフィーちゃんと魔王幹部ダニエル、最後には美しい姉妹の抱擁、どうですか!」
「流石だわリズベット。待ってました」
委員長とリズベット様の間でトントン拍子に話が進んでいく。リズベット様は物静かなご令嬢なのだけど今は興奮されているのかいつもと雰囲気が全然違う。
「えっおれ魔王幹部で決定?」
「ソフィーさんと派手に魔法バトルするのなら貴方になるでしょうよ」
「一緒に頑張りましょうね!」
ダニエルの出場が決定した。
「あとは魔王です。色気のある美男子にやってもらいたい――」
リズベット様がクラスを見渡し、ロイ様に目をとめた。まるで運命の人を見つけたかのように、うっとりと微笑む。
「ロイ様、お願いしますね」
「え」
「はい、決定――! とりあえず今日はこんなもんでいいかな。リズベットの脚本が出来上がり次第、どんどん詰めていきましょう!」
委員長の見事な手腕によってホームルームは閉じられ、皆それぞれ部活へと旅だった。
教室に取り残されたのは私とソフィーさん、魔王幹部かーと考え中のダニエルさん、そしてポカンとした表情を隠しもしないロイ様である。
「え、僕、魔王ですか!?」
「魔王ですわね」「魔王になりましたね」「やったな魔王!」
「……僕がアレを請け負うんですか!?」
だから、アレって何。
隣のC組に行くとまだホームルームが終わっていなかったのでそのまま廊下で待つ。しばらくすると扉が開いて、出てきた生徒に驚かれた。「わ、マリエラ様」とたたらを踏んだ彼ににこりと会釈して、教室の中をのぞく。あ、ヴァンちゃんといる。
声をかけようとするとヴァンがこちらを振り向いた。彼は一瞬目を見開き、すぐ廊下まで出てきてくれた。
「どうしたの」
「マガク部のことでちょっとお願いがあって。えーと、今いいかな?」
どうぞ、と頷いたので廊下の窓際に寄って、魔晶石の一件を話す。
「ふうん。別にいいけどぉ……」
無表情だったヴァンの顔が、何か企んだときに浮かべる笑みを形作っていく。
身構えたが、ヴァンが語る内容はおかしなものでもなかった。
○
「『別にいいけど、今度マガク部でおもてなししてよ。ってオースティンに言っといて』だそうです」
「おーん……オレに言っといてって言ったのか……へぇふぅんそう」
オースティンは頬杖をついて虚空を見つめた。あれは何か考えている最中だ。
「うん。決ーめた☆」
うーん嫌な予感しかしない。
○
そうして私は今、どうしてか、黒のフリフリなんちゃってメイド服を着ている。襟やシャツの装飾、スカート部分にはかなり贅沢にフリルとレースをあしらい、膝が隠れる丈のスカートはバニエでふっくら膨らんでいる。シャツもエプロンもドレスも大きなリボンのカチューシャも何もかも全てが黒色、ハイソックスは薔薇の刺繍柄が透けており、靴はチャンキーヒールの爪先が丸いものでストラップの留め具だけが銀色。
そして髪型はツインテールだ――……。
「マリエラ様ぁ! 可愛いです!」
「うん、ソフィーさんも可愛いわよ……」
ソフィーさんが着ているのは私のメイド服を白とピンク調に変えたもの。髪型もツインテール。お揃いコーデというやつだ。とても可愛い。本当に可愛い。天真爛漫で愛らしいソフィーさんによく似合っている。
問題は私もしているということ。
どうしてこんなことに。
「いいですかマリエラ様ソフィーちゃん。ヴァン殿が来たら『おかえりなさいませ旦那様』だよ。お願いね!」
「オースティン様なんですかコレ」
「ヴァン殿が『おもてなししてよ』って言ったんでしょ。だから」
「意味が分からない……?」
拒絶するには躊躇ってしまうほどの綺麗な服なのも悪い。生地は上等なものだし、肌の露出が少ない。襟は詰め襟に近く、ノースリーブではあるが二重三重にあしらわれたフリルとレースが可愛らしく肩のラインを隠している。二の腕の半分あたりからある黒レースの手袋は繊細な美しさがあり、全体的に上品である。
「東方地区でメイドお迎え喫茶が流行ってるんだって。取り入れてみました」
「なにそれ……」
「お願いします! 大陸中から取り寄せたギャラン商会特選おやつ、いっぱいいっぱい献上しますので!」
オースティン様が私たちを拝み倒す勢いで頭を下げる。別におやつに釣られはしないが、ソフィーさんの瞳が輝いている。甘い物好きだもんね……。
「そもそも、こんなのでヴァン喜ぶかしら」
「絶対喜ぶと思う」
「えー」
本当に? オースティンは自信満々のようだが、私はとても懐疑的だ。だってあのヴァンだよ、絶対小馬鹿にすると思う。
コンコン、とマガク部の扉がノックされ、オースティンがひょいと覗きに行った。私たちに振り返り、こくりと頷く。ヴァンが来たのだろう。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
仰々しい動作でオースティンが扉を開ける。私とソフィーさんはぴたりと並んでお辞儀した。
「「おかえりなさいませ旦那様」」
迎えられたヴァンはポカンとして……すぅっと目を細めた。首を少し傾げ、黒髪がさらりと揺れる。口元に浮かぶのは皮肉げな笑みだ。
「……ただいま?」
ばっ、馬鹿にされた!
ツカツカツカと靴を踏みならしてオースティンに近寄り、言葉は発さずヴァンに向かって指をビシ! ビシ! と指した。
言ったとおりじゃん! 馬鹿にされたじゃん! 喜んでないじゃん!
「どうどう、マリエラ様。どうどう」
私の言いたいことが分かっているオースティン様は苦笑している。
どうどう、じゃないのよ!
「あれ~ソフィーもマリエラも可愛い格好してるね。これは、ただいま、って言うのが正解?」
暢気な声を出したのはヴァンの後ろにいた殿下だった。彼はほんわり微笑んでいて、ヴァンのような含みのある笑みではない。
「えっ、な、なんでフィリップ様もいらっしゃるんですか!?」
ソフィーさんは分かりやすく狼狽え、私の後ろにひっついた。あーん可愛い。
オースティンがニコ! と笑う。「オレがお呼びしました」
「聞いてません!」
「駄目だった? 僕はこんなに可愛いソフィーを見れて嬉しい。カメラ持ってくるべきだったと後悔してる」
「……だ、駄目じゃないです……ありがとうございます」
なんか一瞬で二人の世界になっちゃった。
そそそ、と離れてヴァンと向かい合う。半ば睨むように見上げると、ヴァンが相好を崩した。
「あはっ。そんな、恥ずかしいからって睨まなくとも」
「……マガク部のお願い、聞いてもらえますか」
「いいよ。じゃあコーヒー淹れてくれるかな。俺だけのメイドさん?」
ヴァンは女を落とすような色香を放ち、余所行き用の美しい微笑みを浮かべた。イケナイ事をするご主人様、みたいな雰囲気を出している。正直よく分からない引力がすごい。淫魔みたい。
でも、そっちがそうくるなら私だってできるもの。
下を向いて目を閉じて、すぅっと息を吸って顔を上げる。物語のキャラクターになったつもりで、恋い慕うご主人様を見つめる気持ちで微笑むのだ。
好きです、と。
「かしこまりました、旦那様」
ヴァンがビタッと固まった。私がこうくるとは思っていなかったのだろう。内心ほくそ笑んで優雅にお辞儀する。ヴァンにコーヒーを淹れるため、くるりと背中を向けた。
「いやーマリエラ様の勝ちかなー」
オースティンの言葉に、ヴァンの返事はなかった。
次回、学祭本番です~




