『ブーゲンビリア』✦ヴァン視点(二年後期)
ヴァン視点です。
二年生の十二月。昨日に後期日程の期末試験が終わり、今日は丸一日恒例の球技大会である。魔法を使用してはならない純粋なスポーツ大会で、生徒による実行委員会が運営する。その裏で教師たちは試験やレポート課題の採点をしているのだ。大変だろうな。
今回の種目は男子はバスケ、女子はバレーだ。各学年トーナメント戦をし、勝ち上がった四クラスで決勝トーナメントが行われる。
そしていま、俺たち二年D組の相手はマリエラが所属するB組。運動神経の化け物ダニエルがボールを片手に笑っている。普段呑気な彼だが、こういうときは目が笑っていない。
「やべっ、またあいつにボールがいっちまった……!」
ダニエルが突如ダッシュし、緩急付けながらドリブルで敵を抜いて華麗なレイアップシュートを決めた。一瞬である。
ホールの上二階からはこちらの試合を観戦中の女子たちから黄色い歓声が上がる。
「キャー!」「すごーい!」「またあの二番!」「「ダニエルさんかっこいー!」」
最後のは声を合わせたマリエラとソフィーさんだ。同じクラスで過ごしたろうこの一年間、あの三人は仲良しトリオのようになっている。それは重々知っている。
俺はなんとなく仲間のフィリップを見た。フィリップも俺を見て、ちらりとソフィーさんの方を見やった。
「ねぇヴァン、僕、すごく、このへんがモヤッてくるんだけど」
それ嫉妬な。
「俺もさぁ……なんか、負けたくない」
俺の呟きに、いつの間にか周囲に集まっていたクラスメイトたちもコクリと頷いた。
「「「B組がんばれ~~~!」」」
マリエラを中心とするB組女子たちが声を合わせて声援を送る。対戦相手は嬉しそうに彼女たちに手を振った。
臨海研修のときも思ったけど、B組って平和に仲良いんだよな。
「……勝つぞ」
決意を込めて言うと、仲間たちも低く深い声で「おう」と返事した。
結果、B組には惨敗した。
○
階下では女子がバレーボールの試合をしている。組み合わせは男女共通なので、俺たちD組対B組である。
隣にはフィリップと、周りには同じD組の男子たちが集まって応援していた。
「ってゆかダニエルのあれ、なんだよ。マークし過ぎたら味方にさっとパス回して、マーク外れたらスリーポイント決めるし、コートを縦横無尽に駆け抜けるし目の前から消えるしでもう訳わかんねぇ」
「運動神経いいのは知ってたけど、魔法なしでここまで!? おれらの心はズタボロだよ……」
「女子には勝って欲しいけど、劣勢だな……」
などと、観戦しながら自分たちの試合を振り返っている。
ずいぶん後ろ向きな発言だが、俺もこれは仕方ないと思った。ダニエルのあれは、駄目だ。反則級だった。
向かいの上二階にはB組の男子たちが女子の応援をしており、明るい声援を送っている。
「マリエラ様ナイス~!」「ソフィーさん流石ー!」「このままいけいけー!」だのと、非常にキラキラしているように見える。俺たちには。
事実、マリエラはリベロでアタックを拾いまくっていた。いつ習得したのか回転レシーブまでキメている。ソフィーさんは魔法なしでも火力満載のアタッカーだ。何よりB組全員がやる気に満ちあふれている。
「ねぇヴァン。マリエラすっごくがんばってるね」
「ソフィーさんはかっこいいねぇ、フィリップ」
「なんかさ……B組ってスポ根だよね。前から思ってたけど」
「いやあれマリエラとソフィーさんに引っ張られてるでしょ、雰囲気」
そして楽しそうである。
マリエラはまた全力で跳んでボールを拾い、ごつんと膝を床に打った。
絶対打ち身いっぱい作ってると思うんだよなぁ……。何事も全力で頑張るからなぁ……そこがいいとこでもあるけど。
そんなこんなで勝者はB組。D組の皆も頑張っていたが相手が悪かった。
○
昼休憩をはさみ、球技大会もそろそろ終わるころ。やることもなくなった俺はホールから離れた中庭のベンチで寝そべっていると、頭上に影が落ちた。
「ヴァン。こんなところにいた」
「あー、マリエラね。もうすぐ男子の決勝戦じゃん、クラスの応援行かなくていいの」
「ヴァンはサボり、って殿下が言うから探しに来たの。今ごろソフィーさんと一緒よ」
「サボりってか、負けたらもう自由参加じゃん……」
「うん。私がヴァンを探しにいく名目で二人っきりにさせたのよ。殿下がそうしたいんじゃないかって」
「なるほど? てか、よくここが分かったね」
何となくよ、と言ってマリエラは寝そべったままの俺の隣に座り、ポニーテールにしていた髪を解く。陽の光を受けて白金色の髪が虹色に煌めいた。さらりと揺れるその一束を、つい掴んでしまう。
「ん? ああ、ポニーテールって長時間してると疲れるの。でも跡になっちゃってるから結おうかな……ヴァンはどんな髪型が好き?」
マリエラは髪を触られていることなんて気にせず、俺と目を合わせて訊いてきた。
まぁこの程度で意識するような女じゃないよな……。
「俺が髪いじってもいい?」
「できるの?」
俺が起き上がるとマリエラは背中を向けた。さらりとしたその髪を手櫛でときながら、どうしようかと考える。三つ編みにして花を差し込んで飾ったらいいかな。
「そういやマリエラたち三位入賞おめでと。頑張ってたね」
「ありがとう。ヴァンが見てくれてたの、私からも見えてたわ」
「マリエラがあんなに動けるとは思ってなかった。ね、怪我とかしてない?」
「してないけど、実はあちこちぶつけてたみたい」
「だろうね」
実はでもなんでもなくて、見てたら結構ぶつけてたよ。
「ソフィーさんすごいでしょ! そんなに背が高いわけでもないのにジャンプ力がすごいの。ドジも多いけど、そもそも運動神経抜群なのよね」
「反射神経もよさそうだもんな。B組ってなんか運動神経いい奴多い気がする」
「ああ、ダニエルさんが特に飛び抜けてるから」
そう、ダニエル。今日一日で彼はファンを増やし、それはもうキャアキャアと騒がれている。もうすぐ始まる決勝戦は珍しく観客でいっぱいだろう。予選敗退したクラスは昼休憩時点で自由解散なので、いつもならこんなに生徒は残っていないのだ。
俺はフィリップが決勝トーナメントも見ると言っていたので残っていただけ――で、マリエラの試合を見ていたわけだ。
「ダニエルさ、運動神経いいって言っても限度があるだろ。あれはもう……駄目だろ」
そう言うと、マリエラは小さく肩を揺らして笑い始めた。
「なに」
「だって、ヴァンがそれを言うの? 私たちが日頃ずーっとヴァンに思ってることなのに」
「あー……」
まぁ、そうか。
「前期は卓球だったから、そこまでよく分からなかったのよね。サッカーになんてなったらもうすごいんじゃない」
誰も止められないダニエルのドリブルが浮かんだ。
「もう出場停止にしよ」
マリエラがまたくすくすと笑い出す。
「ヴァン、すごく悔しそうな顔してたよね」
「えぇ?」
していた。てゆかD組全員していた。今さらながらマリエラにはあまり見られたくなかったな……。
「試合中の必死な顔も、悔しそうな顔も珍しかった。いつもの余裕そうな顔よりも全然いいんじゃない。かっこいいって思ったよ」
「はぁあ!?」
あれがかっこいいって何? 俺が拗ねてるとでも思って言ってんの?
マリエラの表情が見れないから読めない。
「ね、できた?」
「待って仕上げする」
今の時期だったらブーゲンビリアかな。右手で次元の穴を出現させて、実家の庭へと繋ぐ。綺麗に咲いた桃色の花を摘んでは編み込んだ髪に挿していった。うん、よく映える。
「いいよ、できた」
「ありがと! これってもしかしてお花飾ってくれてる? どこから?」
「俺の実家の庭の花。魔法でちょちょいと貰ってきた」
「はー……遠いのに凄すぎるわ……。そういえばダニエルさんが初出場したときの御前試合で、私のボンネットに藤の花飾ってくれたでしょう。あれってどうやったのかずっと気になっていたの」
そんなこともあったな、とぼんやり思い出す。あれは確か王宮の庭の一つに咲いていた藤の花だ。なんだかマリエラを思い出すなぁと庭師にお願いして二房貰ったものの、どうしようか悩んで時を止める魔法をかけていた。
「あれは事前に用意してあったやつ。王宮にある俺の部屋から引き寄せた」
「事前に用意? わざわざ?」
「……わざわざ」
ぱちりと目を瞬かせ、マリエラが数秒黙った。当時のことを思い起こしているかもしれないが、俺はなんだか背中に汗が出てくる。
俺の気も知らないで、マリエラは無邪気に笑った。
「ありがとう! あれね、寮の部屋の壁にかけて飾ってるの。流石ヴァンの保存魔法、今も変わらず綺麗よ」
「えっ、寮の?」
壁に飾ってんの? 今も?
「あっ! そろそろ決勝戦始まっちゃう。行くわよヴァン、こうなったら二年B組が優勝するんだから」
「たぶん優勝すると思うけど」
俺を急かしながら駆け足になるマリエラを追いかける。
ブーゲンビリアが飾られた白金色の髪は、陽の光を浴びてきらきらと輝きながらはねている。確か花言葉は『あなたは素敵』とかそういうやつだったかな。
うん、似合ってる。
学校生活の一幕でした。




