『二年の学祭』✦オースティン視点(二年後期)
オースティン視点。実は学祭があったんです~。
「部費が、欲しいです!」
二年の後期日程が始まった部活動初日。珍しく部員全員が揃ったチャンスにオレは時間をもらった。部屋のあちこちで好きなように座った皆を順繰りに眺める。皆、そこまでやる気がない。そりゃあ部費は多い方がいいよねぇ、くらいだ。
「部費が、欲しくはないですか!」
重ねて言った。特に反応は見られない。マリエラ様は『それで何が言いたいの』と首を傾げている。
「九月にある学祭で……オレは物販がしたいです!」
ああなるほど、という空気になった。なんとなく好意的な雰囲気に、内心胸をなで下ろす。一人の先輩が小さく手を挙げた。
「オースティン、物販する内容は考えてるの?」
「はい。オレの提案では簡単な魔晶石作りはどうかと」
魔晶石とは魔法を介して作る水晶石である。素材は安価で入手しやすく、作り方も簡単、組む魔法陣や魔法式によっては複雑なものも出来る。価値はあまり無いが、綺麗な石ころである。
「魔法陣を書いた紙や素材の下準備をしておいて、お客さんには魔力を流して作ってもらう。うまく作れない人には、オレたちが力を貸す。出来た魔晶石はお土産になる、そんな感じです」
「なるほどね、マガク部らしい物販だな。でも魔晶石だと一般客向けだけにならない? 生徒は魔晶石なんてわざわざお金払ってまで要らないだろうし。学祭中の貴重な時間だって取り合いだし」
「その通りです先輩。学祭の思い出を、売るんです」
オレは右手を自分の胸にあて、商売用の微笑をたたえて先輩を見つめた。オレは顔が良い。フィリップ殿下やヴァン殿とは違う、遊んでくれそうな美青年なのだ。
そしてマリエラ様とソフィーちゃんに視線をやった。我がアカデミーの女王様と美少女である。お分かりいただけただろうか。なかなかお近づきになれない二人と話せるチャンスなのである。
数人の先輩がハッとした。当の二人はよく分かっていないがそれでいい。
「うまく作れないお客さんには、こう、手の上に手を重ねて、魔力を流し込みますよね――?」
オレは近くにいた先輩の手を机の上にぺたりと置き、手の甲をそっと包むようにして自分の手を重ねた。至近距離で見つめると、先輩の肩がビクッとはねる。
「ご、合法的に……?」
「その人の魔力を流し込む場合、こうするしかありませんよね? 手伝う側の魔力も流れますが」
「そうだった……」
「仕方ないこととは言え、まるで共同作業ですよね――?」
顔を赤くした先輩がコクコクと勢いよく頷いた。オレの顔は男相手でも通用するのだ。
部屋を見渡すと、これはいける! と確信を持った先輩方のやる気に満ちあふれた顔があった。そしておのずと、全員の視線がマリエラ様に向かう。
「えっと……何ですか?」
「どう? いいかなマリエラ様」
「どうして私に訊くのです? 先輩方もどうして私を見て」
「物販することになったらさ、もちろんマリエラ様にも当日手伝ってもらわなきゃなんないけど。差し支えない?」
「そりゃもちろん、部員として手伝いますよ」
何を言っているのだとマリエラ様は困惑しているが、大事なことである。本人自覚なしで客寄せに使うとしても、言質を取るのは必要なのだ。
マリエラ様は自分がどう見られているかよく分かっていないが、皆の高嶺の花だ。食堂の一件からは女王様のイメージが追加され、倒錯趣味のシンパが増えてしまったが、本当は純粋に慕っている生徒が多い。臨海研修のクラーケン事件では即座に対応し、殿を務めて果敢に立ち向かったとも有名だ。
「……よしっ!」
オレが拳を握りしめると同時に、四年の部長がガタンと立ち上がった。
「学祭までに魔法陣、書きまくるぞ! 発注や費用計算等々はオースティンに任せる! クラスの出し物が忙しくなってきたらそっち優先で、無理せずいこう!」
はーい! と仲良く全員が返事した。
○
そして九月の初旬、アカデミーの学祭が始まった。期間は二日間、各クラスや部活動の出し物で賑わう。参加できるのは生徒とその保護者親族、彼らに配ってある同伴者チケット、十五歳以下に配る一般チケット保持者である。もちろん、保護者は同伴しても良い。
一年生はクラス参加なし、二年生は魔法や歴史についてのレポート展示と決まっており、出店や演劇等でクラス参加できるのは三年生からとなっている。
そのためフリーの二年生であるオレたちが、当日メインで活動することになるわけだ。
マガク部がある東棟は学祭中封鎖するので、物販用に空き教室を借りている。魔法陣を書いた沢山の魔法紙、それに置くビーカー、素材となる液体や薬草に鉱物を用意し、扉は開きっぱなしにして入り口には『魔晶石つくりませんか? ~思い出をあなたに~』と書かれた垂れ幕をかける。
初日からオレやマリエラ様、ソフィーちゃんが店番をすると噂を広めておいたので、お客の入りは上々である。
今回の魔晶石は注ぎ込まれる魔力や想像力によって色味や形が変わる仕様にした。おかわりも喜んで受け付けている。
予想以上に十歳以下のお子様の参加が多く、これを機会に魔法薬学へ興味を抱いてくれたら嬉しいと思う。
「どんな水晶石がよろしいですか? 色や形を思い浮かべてくださいね。私の魔力を注ぎながら、あなたの魔力も引き出します。しっかり集中できますか?」
「はい、できます!」
「いいお返事ありがとう。では、想像して――さん、に、いち」
マリエラ様が七歳くらいの少年の相手をしている。優しい声音でにっこり微笑み、少年は顔をわずかに赤くしながらびしっと姿勢を正した。
マリエラ様が手を添えて魔法陣へ魔力を注ぎ始めると、ビーカーの中の液体が渦を巻いていった。無色だった液体は次第に色を群青に変え、小さな煌めきがパチパチと踊ると液体はまた無色に戻り、ビーカーの底に群青の魔晶石が出来た。直径は四センチ程、菱形の形をしている。
マリエラ様は実験用トングで出来上がった魔晶石を取り出し、黒い紙箱に入れた。上蓋には銀色のインクで押した『魔法科学実験部』の文字がきらりと光っているはずだ。
「どうぞ。素晴らしい出来映えです」
マリエラ様から箱を受け取った少年は目を輝かせて自作の魔晶石を見つめる。マリエラ様に御礼を言うと、母親だろう女性に弾んだ声で自慢した。
こういう瞬間がたまんねぇんだよなぁと思う。マリエラ様も嬉しそうに母と息子を見つめている。そしてその光景を眺めて心を和ます男子生徒がちらほら。
マリエラ様って女王様とも呼ばれているけど、普通に優しくて面倒見の良いイイ子なんだよな。天下の公爵令嬢だけどそう感じさせない不思議な雰囲気もあれば、時折その高貴さが輝きを放つ。
もしものときの移住計画を聞いたときは本当に驚いたが、万が一にも億が一にもそんなことになったならギャラン商会に貰いたい。マリエラ様は優秀だし、真面目で勤勉、信頼できる従業員になるだろう。
ま、そんなことになんてならないけどね。ヴァンがいる限り、絶対。
「オースティン様~! 今日の記念に、一緒に作ってもらえますか?」
一年生がオレを呼んだ。もちろんいいよ、と彼女の手の上にぴっとり手を重ねる。貴族の挨拶として手の甲にキスすることもあれば、ダンスで手を取り合うこともある。だから手を重ねるくらいなんてことないはずだ、とオレは考える。だからこその企画だ。
一年生は嬉しそうに頬を染める。うんうん、可愛い女の子は好きだよ。
そしてオレたちをじっと見つめる男子どもの視線。その方法があったか……! と肩に力が入ったようだ。そうだよ、オレはそれを狙ってんの。
「あ、の、マリエラ様。よろしければ、今日の記念に――」
でもねぇ男子生徒諸君。マリエラ様にそんなこと言うとさ、マリエラ様限定防犯装置が動くに決まってんだよね――
「マリエラ、来てあげたよ」
部屋の空気がさっと変わった。重低音手前の響く声、ヴァンである。
ホント、いつもタイミングが良すぎてたまに悪寒がする。
「別に呼んでません」
そう言いつつ出迎えるマリエラ様に、ヴァンは楽しそうに笑う。彼はいつもどことなく退廃的な雰囲気を纏っているが、マリエラ様に対してはこういう無邪気な笑みを見せる。そしてマリエラ様は少し甘えているようにも見えるいじけた顔だ。
一緒に部活をして知った。マリエラ様って案外表情がくるくる変わる。
ソフィーちゃんと遊んで可愛らしい顔もよく見せてくれるが、やっぱりヴァンに対するものは少し違う。信頼に根ざした甘えがあるよな、と気付いたのは最近だ。自覚なんてないだろうし、誰も知らないだろうけど。
ヴァンはそっと男子生徒を――先ほどマリエラ様と思い出作りをしようとしていた――横目で見やり、一瞬だけ睨み付けた。可哀想な彼はひゅっと息を詰まらせる。
「ねぇ、魔法陣見せてよ」
そう言われたマリエラ様は魔法紙を用意し、ヴァンはそれを身を寄せながら見る。背の高いヴァンはマリエラ様に半ば寄りかかるような体勢で――ほんと距離近いなあの二人。マリエラ様もヴァンに対しては何でも許しているように見えてしまうから、……ほんと何なんだろうなあの二人。何なんだろうな!
「……楽しいこと思いついた」
ヴァンは胸ポケットからペンを取り出し、魔法紙に色々書き込み始めた。
「多色展開できるように、ここに数式を直接書き込む……nは注ぎ込む魔力量ね。んでこっちに限定した許容量を解放する図を入れて――」
ヴァンの奴、魔改造してやがる。
マリエラ様は真剣に静聴している。楽しいんだろうなぁ……。
ヴァンとマリエラ様の二人が注目を浴びている裏で、フィリップ殿下がソフィーちゃんを確保していた。「今日の思い出に一緒に作ろうよ」と爽やかに誘い、ソフィーちゃんと手を重ねて作っている。出来上がったのは桃色の五輪の花だ。殿下はやっぱり抜け目ない……。
「マリエラ、体感してみない? 俺の魔法薬学の感覚」
「うっ……お願いします、わ」
したり顔のヴァンが、マリエラ様と手を重ねて魔法陣を発動させる。あれくらいの接触なぞ日常茶飯事のはずなのに、見てると何だかムズムズさせるものがあるのは何故だろう。オレってもしかして、なかなかの企画やっちゃったのかな……。
「!」
しかしそう暢気に思っていたのは一瞬だった。ヴァンの魔法紙がびりびりと震え、ビーカーの液体はすごい早さで渦巻きながら上縁を超えていく。パチパチ光る煌めきは大小様々で、パキパキビキキ……と巨大な氷が凍てつくような音がする。ビーカーの底から緑色の細い茎が数本顕れ、ゆるやかに螺旋を描きながらその中に紫の薔薇を咲かせていく。つる薔薇だ。五つの薔薇を咲かせると、螺旋を閉じるように茎が集約した。
出来上がったものはビーカーから大きくはみ出している。まるで彫刻品のような魔晶石だ。
素材の液体はほぼ無くなっている。どうやったのか分からないし、一体どれだけの魔力を注ぎ込んだのか……。
「どお? ほんとは藤の花にしたかったけど、ビーカーじゃ作りにくいからさぁ」
「すごいです……。あと、腕がビリビリしてます」
ヴァンはその芸術作品を無造作に掴み、マリエラ様に渡した。
「マリエラにあげる。じゃ、店番頑張ってね」
機嫌よさげにヴァンは去って行き、あとはポカンとしたオレらが残された。
分かってたけどさぁ……ヴァン殿すごすぎない? 何なのあれ?
マリエラ様はつる薔薇魔晶石を眺め、ぱっと閃いた顔をした。窓際の机、光の当たる場所にハンカチを敷いてつる薔薇魔晶石を置く。紙に何やら書いて、山折りにして簡単なプレートにした。
『本日の優秀作品 ――ヴァン・ルーヴィック』
「うん!」
一人頷くマリエラ様に皆ポカンとしていたが、オレは分かった。マリエラ様は商才がある。その後、黒板に『腕に覚えのある方は魔法紙に書き加えても構いません』と書いたのだ。
本来なら魔晶石など作りに来ないような層を引き込むことになる。
――数時間後。
魔法薬学を得意とする生徒や教師たちが机にかじりついていた。ヴァン超えの魔晶石を作るのだと意気込んでいる。
マリエラ様はフフフと微笑み、まるで女神のような佇まい。
「……ッ、くっそ、ヴァン・ルーヴィックはどーやってあんなもん……!」
四年生の押し殺した叫びが悔しさを物語っている。彼はもう一度と課金した。
案外、ヴァンはマリエラ様にいいとこ見せたくって……いた、一緒に魔晶石作りたかっただけかもしんないね。
なんて、そんなこと言えないけど。




