『貴方のここが気になる!』✦ヴァン視点、ほか(二年後期)
ヴァン視点、モブ令嬢視点
放課後、ソフィーさんとフィリップに呼ばれた俺は、活動日ではないマガク部の扉を叩いた。二人はポーカーをしていたらしく、ソフィーさんが苦悶の表情をうかべているのでフィリップが優勢だろう。フィリップはああいったカードゲームが凄まじく強い。
「来てくださってありがとうございます。今コーヒーを出しますね」
「ありがとう」
俺を見てすっと席を立ったソフィーさんが、部室の給湯コーナーへ行く。
マガク部の部室は一部の棚や机が乱雑に散らかっているが、びっしり埋められた本棚や、天井からぶら下がる様々な灯りのおかげか居心地の良い空間だ。常備されたコーヒーや紅茶はオースティンが宣伝も兼ねて用意しているものらしく、結構美味い。
そんなオースティンはひとり部活動をしていたようで、俺を見て片手をあげた。
「……もしかしてオレ、いない方がいい?」
内密の話だと思ったのだろう。俺も何故呼ばれたのか分からないのでソフィーさんを見やった。ソフィーさんはオースティンを見て頷く。「たぶん大丈夫です」たぶんって何だ。フィリップはニコニコしているし。
ソフィーさんとフィリップが並んで座り、俺はその向かいに座る。淹れてもらったコーヒーを一口飲むと、「それでですね」とソフィーさんが話を切り出した。
「ヴァン様はどうしてマリエラ様以外の女子にああなのですか?」
フィリップはニコニコしている。
「ああなの、っていうのは」
「物語の王子様みたいな、気障な台詞で褒めちぎるやつです」
まーねー。いつか言われると思ってた。マリエラには言われたことないけど。
離れた机にいたオースティンが作業の手を止め、意気揚々と俺の隣に座ってくる。
「それ、オレも聞きたい」
お前ね、と横目で睨んでもオースティンが怯むわけもない。ソフィーさんは理由を絶対知りたいようで、その意気込みが体から滲み出ている。
「きっかけはね、あれだよ。十三とか十四のとき、どっかのご令嬢を泣かしちゃったんだよね。それをたまたま母親に見られててさぁ」
●
王宮の庭園で催されるガーデンパーティー。フィリップが顔を出すということは俺も強制参加である。暇つぶし相手のマリエラも来るだろうから、すごく嫌という訳ではない。ただ、今日のようなパーティーだとフィリップの婚約者候補たち以外も来るため、少し面倒だ。少しって言うかかなり。ご令嬢の相手なんてどうしたらいい? 興味ないんだけど。
「こんにちは、ヴァン様。ジョスリン子爵家のマーガレットですわ。あの、少しお話してもいいですか?」
可愛らしく着飾った可愛らしい令嬢がまたやって来た。遠回しに断ろうとしても、全然気付いてくれないマーガレット嬢である。前回はそれでよく分からない話を延々と聞かされたっけ……。どうやって断ろうか考えていると、遠くにマリエラの姿を見つけた。ようやく到着したらしい。
「ごめんね。俺、きみの話に興味ないんだ。ほかを当たってくれる?」
これぐらい分かりやすく言ったら流石に分かるだろう。口調は優しく言ったし、よしマリエラのもとに――
「ふっ……う、え、ぇぇぇぇ……」
「えっ」
マーガレットがぽろぽろと泣き出した。初めは我慢しようと思っていたのだろうけど、一度堰を切るととどめなく涙を零す。
「え、えっ、なんで泣くの……?」
泣くほどのこと!?
女の子を泣き止ませる方法なんて知るわけないし、どちらにせよ何を言っても駄目な気がする。
もう諦めた心地で十数秒ほど彼女の泣き顔を眺めていると、近くにいた彼女の父親が引き取りにきた。「娘がすまなかった」とか言いつつ微妙に俺のこと睨んでいるし、周囲の目線も少し咎めてくるようなもので、正直苛々した。
彼女の話に付き合わなきゃいけないわけ? 俺の自由は? ほんっとに興味ないんだけど!
「……ヴァン? こっちに来なさい」
「げっ、母さん」
母も来ていたらしく、決して微笑んでいるわけではない笑顔を貼り付けて俺を呼んだ。最悪だ。そのまま無言で会場から離れる母さんについていき、生け垣の反対側まで回り込む。ようやく振り返った母は困った顔をしていた。
「ヴァン、女の子には優しくなさい」
いくら母の頼みでも嫌なものはある。でも泣かせてしまった負い目は多少……スポイト一滴分くらいだけどあるから、俺は顔を伏せた。
「いやだ。めんどい」
「女の子はね、優しくしない方が面倒なことが多いのよ」
「……よく分からない」
「魔法の世界は実力主義だわ。でもね、人間関係は……社交界は、そういう世界じゃないのよ。魔法ができなくても、女が結託するとそれはもう強いのよ。そんなの意に介さないでいることもできるでしょうけど、うまくやれた方が楽よ」
「……母さんは、何が言いたいの」
顔を上げると母はにっこりした。怒ってはいない。だが――
「ご令嬢をうまくあしらえるようになりましょう」
命令口調だった。
「え、無理」
「無理じゃない。今度参考資料持ってくるから、まずそれで勉強なさい」
「えー……」
そんな暇ないんだけど……。
後日、母は本当に王宮までやって来て、十冊程度の本を置いていった。
●
「……っていう」
「それでどうやってこうなったんですか」
「参考資料の本っていったいなに? タイトル覚えてる?」
ソフィーさんもオースティンも首を捻る。
「えーっとね、『紳士の掟』、『恋を叶える33のルール』、『心理学から学ぶ恋愛理論』だったかな……そういう本と、恋愛小説をいくつか。『放蕩伯爵の過ち』、『壁の花のご令嬢』、『銀の煌めきに誘われて』とかそういうやつ……」
「それ全部読んだわけ?」
オースティンが若干引き気味で聞いてきたので頷く。
「ヴァンは真面目だからね。結局ちゃんと読んで勉強しちゃうんだよね。僕『忘却の銀河に想いを馳せて』ってやつ好きだったよ」
面白がったフィリップも暇つぶしに小説を読んでいたのだ。オースティンは興味が湧いたようで「へぇ」と呟いている。
「それであの口調ですか……。でも、ちょっと褒めすぎじゃないですか? ほどよくあしらうはずが、泥沼に引きずり込んでいたりしませんか?」
その後に続くソフィーさんの言葉は『マリエラ様がいるのに――』だろう。いつもはふわふわ温厚なソフィーさんの目つきが、怖い。マリエラに関することになるとこの子も大概だよなと思う。
「それはね、たぶん大丈夫だと思う」
そうフォローしてくれたのはフィリップで、オースティンも「オレもそう思う」と同調した。
「ソフィーさんはマリエラの傍にいるから分かりづらいかもしれないけど、ヴァンのこれはね、相手が二人以上いるときしか言わないから」
そう。俺は令嬢と二人きりのときはほぼ無言になる。
「二割十割増しで褒めるとさぁ、そこで会話切り上げても怒られないんだよね。ほんと、楽になったよ」
十割増しってそれほぼ作り話じゃん、とオースティンがぼやいたが、誇張表現だと言ってもらいたい。
「……ではどうして、マリエラ様には何も言わないんですか?」
「そ、れは、さぁ。マリエラは俺の地だって知ってるし、そもそも俺からのそういう言葉は求めてない」
それに言えるわけないじゃん! フィリップもオースティンも苦笑いだ。
「うーん……確かに求めてないかもです」
ソフィーさんは納得したようだ。なのに何故だろう。胸のうちがモヤッとするのは。
「教えてくださってありがとうございました。ずっと疑問だったんです。すっきりしました」
「そりゃあ良かったよ」
◇ ◇ ◇
~ベリア・スコット子爵令嬢のひとりごと~
わたしはスコット子爵家の次女ベリア。可愛い顔をして生まれたわたしは蝶よ花よと育てられ、魔法の才にも恵まれたことから王立魔法学校に入学し、現在二年生。充実の日々を送っている。
「あ、ヴァン様だ」
「あらほんと。今日も変わらずおっとこまえ~!」
前方にいる高身長の黒髪は言わずと知れた天才魔法使いのヴァン様だ。彼と同学年で入学できたことすら奇跡だと思えるような、異次元の魔法使い。入学前には特等級魔法使いになられ、本来なら学校に来るような人ではない。理由はフィリップ殿下の護衛であろう。さぞ学校生活は退屈だろうな――と思っていたけれど、彼は心底楽しんでいるように見える。それは十中八九、今その背中を追いかけているマリエラ様のおかげだと思う。
「ヴァン様が駆け寄る先にはマリエラ様あり、ってね」
隣にいる友人がにやりとした。
マリエラ様が隣に並んだヴァン様に気付く。おはよう、とでも言っているのだろうか。ヴァン様は悪戯好きの少年のような笑みを見せ、マリエラ様に言葉を返している。わたしたちには絶対に見せない顔だ。
「ベリアはヴァン様に何て褒められた?」
「吸い込まれそうなほど澄んだ青い瞳が美しいですね、って」
今年催されたパーティーでのことだ。そのとき隣にいた姉には『艶やかな御髪がきらめいて女神のようですね』と褒めていた。二人とも良く言い過ぎだと思ったが、言われて悪い気はしない。
でもあれって、どちらも本当はマリエラ様に言いたいことなんじゃないかと思う。姉の髪は、光の加減によってはプラチナブロンドに見える。わたしの瞳は青色。目が合うとドキリとさせられる、あの碧眼と似た色。
「私は『きみの朗らかな笑顔は周りを明るくさせますね』、よ。ま、褒められると嬉しいわよね」
わたしはこくりと頷いた。
ヴァン様はよく褒めてくれる。でもそのうち、彼のルールに気付くのだ。
ひとつ。相手が二人以上のときに褒める。
ふたつ。女性が一人で男性が二人の場合は、傍にいる男性へ同意を得るように会話を振る。
みっつ。偶然二人きりになったときは、絶対に褒めたりしない。むしろ会話はなく、無機質な微笑みがあるだけ。
あれは彼の処世術なのだ。
でも彼に褒められることは皆嬉しい。
マリエラ様は分かっているだろうか。たぶん知らないだろうなと思う。
だって絶対ヴァン様かっこつけてるもの。
遙か遠い存在だと思っていた人が、実際は同年代の男の子と変わらないなんて。よく考えれば分かることなのに分からなかった!
マリエラ様も変な人。美しくて可愛くて、シュベルト公爵家の長女であるのに勉強ばかり邁進して浮いた話が何もない。婚約者候補の噂が少しくらいあってもいいはずなのに、まったく無い。ヴァン様が蹴散らしてんじゃないかとさえ疑う。そして何より、何故だかいつもトラブルの渦中にいる。クリームをかぶっても泥をかぶっても、多様な事故に遭ってもなお堂々と立つ佇まいは綺麗だ。
「あの二人ってどういう話してるんだろうね」
「さてね。案外、すっごくしょうもなかったりね」
あと二年のうちに、あの二人と同じクラスになってみたい。
だって絶対楽しいもん、観察。




